280話:虫捕りダンジョン5
白いバッタの魔物を探して、七階でようやく実物を見た。
十階まで下りる間にさらに三匹と遭遇し、合計四対の翅を手に入れている。
それ以上十階にバッタはいないと結論づけた時、ウェアレルが言った。
「どうやら上で倒したムジナは下から上に餌を求めて移動したようです。食い漁られてバッタは隠れてしまっているのでしょう」
「だったら今日はここまで。手に入れた翅を持ちかえって、加工を考えよう」
僕が言うと誰も反対しない。
バッタは軽い分防御力も弱く、攻撃力もさほどない初心者向けだった。
けれど大型犬サイズで動くので、対応するにも体力がいる。
さらに一メートルくらいある翅を持ちかえる必要もあり、今日はこれで打ち切り。
帰りは行きよりも弛緩するほど、魔物の足音すらなかった。
「あの、今日はありがとうございました」
まだダンジョンの中だけど、ディオラが声を潜めて僕に言う。
セフィラに聞いても、比較的耳のいいラトラスなんかも聞いてはいないそうだ。
「こちらこそ手伝ってもらって助かったよ。それにすごく詳しいし。ディオラはすごいな」
「そ、そんな。たまたまです。けれどお役に立てて良かった」
照れた様子で俯きつつ喜ぶ姿が、テリーを思い出す。
褒められ慣れてないような反応というか、うーん、ディオラは別の感情があるんだろうけど。
まだ子供らしさが残ってるから、そういう風には見れないんだよね。
僕がちょっと罪悪感を覚えていたらディオラがさらに続けた。
「今年の錬金術科は違うというのは、アー、アズさまがいらっしゃったからですね」
「アズでいいって。時間が惜しかったからちょっと乱暴にしちゃったし。弟たちには秘密」
「では、ア、アズ…………。あ、でも。そうですよね、ダム湖のほうも対応なさっていますし。それに留学まで…………。今回もきっと私が想像できないことをなさるのでしょう」
「それほどじゃないけど。マーケットの間、見に来ることできそう?」
当たり前に聞いたら、ディオラは驚いたように僕を見る。
次の瞬間頬を赤くして何度も頷いた。
「はい、錬金術は話を聞くばかりで、見るのは初めてです。それに一度見た古い錬金術の粋を思うと、アズはいったいどんなことをと思っていました」
おっと、これは思ったよりも期待値が高いな?
古い錬金術の粋って、封印図書館だよね。
あれレベルは難しいけど、がっかりさせたくもない。
女の子が喜ぶもの?
ライア、はスタンガン的な魔法使っちゃうからちょっと違うと思うな。
いや、何か考えよう。
いっそ手紙で書き送ったことのある実験をやって見せる?
あ、科学館みたいな体験コーナーあってもいいかも。
「期待に応えられるよう、頑張ってみようかな」
「はい、楽しみにしています」
話している内にダンジョンを抜ける。
本当に隠れてしまっているらしく帰りは一体の遭遇もなく終わった。
僕たちは馬車に乗って学園のある街に帰り、それぞれの学舎へ向かうために別れる。
「ソー、今日は手伝ってくれてありがとう」
「あまり役に立ったとも言えないが。こちらもいい経験をさせてもらった。今度時間があれば、今回の経験も踏まえてゆっくり話したい」
「経験って何かしたか? あ、魔物倒すの初めてだったとか」
ソティリオスの言葉に、ネヴロフが身分に構わず友人の距離感で声をかける。
その気安さにソティリオスも気取った様子もなく肩を竦めて見せた。
「そうだな。普段は周りが私の手を煩わせまいと前に出るからな」
「そう言えば、自分たちは普通に頭数として使ってたな」
「あら、チームで戦う時には役割がないほうが居た堪れないわ」
今さら身分を思い出したウー・ヤーに、イルメが特別扱いする気がなかったと告げる。
ソティリオスは笑うけど、エフィは呆れ顔だ。
「お前ら、後でユーラシオン公爵令息とお近づきになりたい者たちにやっかまれても知らないぞ」
「この場合、平民とか他国の人間やっかむより、俺たちの立ち位置奪おうとご令息のほうにアタックするって」
ラトラスの指摘に、ソティリオスも想像がついたようで溜め息を漏らした。
そんなやりとりを見ていたディオラは、微笑ましそうに目を細める。
「学生らしいソーさんを見られたのは、皆さんのお蔭ですね。普段よりもずっと楽しそうでした。私も楽しい時間を過ごさせていただき、ありがとうございます」
「お姫さま虫捕り楽しかったの…………もが」
さすがに不敬すぎることを言いそうなネヴロフの口を、ウェアレルが塞ぐ。
そしてソティリオスとディオラと別れてアクラー校の教室へと戻った。
「それじゃ、まず一枚を切り出して絵を描いてどう映るかを試すことからだね」
僕らはさっそく計画を立てて、翅の一枚は絵を描く実験に使ってもらう。
絵を描いたり光量を調整したりと実験の結果、はがきサイズを投射することになった。
前世のフィルムより全然大きいけど、そこは使うものが違うからしょうがない。
その大きさでフィルムを巻き取るホイールや回転軸の作成を始める。
そして、機器作成とは別に問題も発生していた。
「スティフ! だから描き込みすぎるなと言ってるだろう。作業時間を考えろ。一枚に力を入れたところで一瞬で次の絵なんだぞ」
「だってキリル、透明なんだから色もっとさー」
「そうそう、ここだけ。ここに赤入れれば映えると思うの。それにこれをちょっとよ、ちょっと」
ステファノ先輩にイア先輩も乗っかって、作業を増やそうとしてる。
「イア先輩は作業速度がスティフよりも遅いんですから。三色だけです。増やすかどうかは出来上がりの時間によるんですからね!」
僕は様子を見に来た上級生の教室で、注意して回るキリル先輩を見ることになった。
アニメーションを作るため、絵を描ける先輩たちが集まってるんだけど。
その中でキリル先輩が脱線しようとする人たちを引き戻して指揮してるらしい。
「お疲れさまです。えっと、進捗はどうですか、キリル先輩?」
「あぁ、絵心があるってことで集めたが、その分拘る奴が少数いてな。だが他は黙々と描いてるからなんとかなりそうだ」
その少数だろうステファノ先輩とイア先輩。
黙々と作業に没頭してる中には、貴族であることを誇って喧嘩してたオレスがいる。
口よりも手先のほうが器用なのだとキリル先輩はいった。
上級生ではエルフの平民ウルフ先輩がいるだけで、後は就活生のヒノヒメ先輩。
あ、静かで見落としてたけどジョーもいる。
どうやらこっちも口より手が器用で、黙っていれば喧嘩しないらしい。
「すまないが、アズ。トリエラのほうを見てくれ。あっちは竜人が二人いて大変らしい」
キリル先輩に頼まれ、何かと思ったら行ってわかった。
「もっと金を彷彿とさせるつやを出せないの?」
「金色に近いほど素晴らしい。もっと色を濃くできないのか?」
まともだったテルーセラーナ先輩とロクン先輩の竜人二人がかりで、ゼリーを作るトリエラ先輩を妨害してる?
「竜人は黄金に目がないというが、黄金に似た食物にまで執着するとはな」
手を止めずに状況を説明してくれるチトセ先輩。
どうやら竜人のさがらしい。
僕はイルメがいないことを確認して、セフィラに以前見た帝室図書館にあったレシピを一つ教えてもらう。
アーモンドパウダーに蜂蜜などを混ぜて、卵黄で黄色味を出す古い焼き菓子だ。
黄色にばっかり集中されても困るからレシピを提供して、そっちも売り物として竜人二人に作ってもらうことになる。
「アズくんありがとう。これで黄色以外が作れるよ」
トリエラ先輩がすでに疲労困憊な気がするけど、大丈夫かな?
「それで、あと姿が見えないのがエニー先輩とワンダ先輩なんですが?」
「エニーは絵も料理も苦手だから、材料を運んだり、先生方に教室使用の予定を報告したりしてくれてる」
ハドリアーヌ貴族出身のメル先輩が、砂糖を計りながら教えてくれた。
そしてその後、無言で部屋の隅を差す。
そこには何故か何かの粉にまみれたワンダ先輩が膝を抱えて座り込んでいた。
「ワンダちゃんは不器用だけどやる気は強いんだよ。けど、よく転ぶし、ひっくり返すし。力もけっこう強いから、ゼリーと相性悪くて」
「邪魔だから隅で大人しくするよう言ってからずっとあれだ。何故か火を素手で触って火傷もしてる」
トリエラ先輩とメル先輩が、隅で膝を抱えてる理由を教えてくれたけど、どうしてそうなったかは謎らしい。
実質三人でゼリーを作ることになったチトセ先輩は、溜め息を吐きつつワンダ先輩について教えてくれる。
「ゼリーを花に見えるよう並べると言った発想は悪くないんだが、それに器用さがまったく追いついてなくてな」
まぁ、錬金術も化学も知らないのに化粧品作ろうなんて考えついたのは確かに発想力だ。
ディスプレイ担当でもしてもらったほうがいいのかも知れないけど、今の惨状を見るに飾った端からひっくり返しそうでもある。
これはディオラの期待を裏切らないためにも、まだまだ工夫が必要なようだ。
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