277話:虫捕りダンジョン2
準備を整えてダンジョンへ向かう。
まずは跳ね上げの橋を渡って、砦に見えるダンジョンの内部へ。
入ると、外観に見合う玄関広間があり、左右に人員が駐在するらしい部屋と一応上に登る階段がある。
けど目的は正面奥の下り階段だ。
「石も分厚く堅牢だな。ここは元から砦なのか?」
ウー・ヤーの疑問に、ディオラが答える。
「いいえ、ダンジョンを造るにあたって建造された砦となります」
「つまり、内部から魔物があふれた際に閉じ込めるためなのね」
イルメ曰く、人工ダンジョンでは石造りの堅牢な建物を造って内部に閉じ込める形にするのはよくあることだそうだ。
そしてここもそうした目的で入り口が砦になっている。
僕たちは奥の階段を降りて一度足を止めた。
ダンジョン内部は、外観の砦と同じく石で整えられた通路が続いているようだ。
「ラトラスは地図とタイムテーブル管理をしてくれる? この暗さでも平気だろうし」
「うん、全然。まだまだ明るいけどアズはもう暗く感じてるのかぁ」
ラトラスは猫系なだけあって、瞳孔が動くし夜目も利く。
階下へ降りて行く構造のこのダンジョンは、通路が整えられてるけど燃料もただじゃないから、照明あってもすでに薄暗い。
しっかり石で装飾までされてる様子に、ネヴロフがきょろきょろと落ち着きがない。
「ここはもうダンジョンなのか?」
「浅層は誰でも入れるし、だいたい素材も取り尽くされてるそうだからな」
「試しに来て、一体倒して帰るという者もいます。浅層は魔物自体少ないんですよ」
事前情報があるソティリオスと、経験者のウェアレルが教える。
エフィは周囲を確認して、次の行動のために声を上げた。
「手が入っているとはいえ通路は狭い。隊列を組む必要があるぞ」
確かに通路の幅はすれ違える程度だけど、剣を振ったりすると狭い。
地図を見るに、戦闘できる広間が用意されているので、そこまで警戒して進む必要がある。
浅層は比較的安全だからこそ、練習のために隊列を組んで動くことになった。
「わかりやすく、攻撃の射程でわける?」
僕は、武門の出身であるエフィとウー・ヤーに意見を求める。
「守りができる者はいないからそうなるか。後は経験の差で前後を振りわけよう」
「魔法を主にするなら後ろに行くが、今回は前に立って陽動に回るべきだな」
エフィもウー・ヤーも剣と魔法が使える。
けど今回は戦闘技術があるということでヘイト役として前に出てくれた。
「俺、臭いで通路の先の様子わかるし前がいいんじゃね?」
ネヴロフも前で前衛が三人に決まる。
そして弓を持ったイルメが手を上げた。
「私は今回取り回しを意識して短弓を持って来てる。魔法の補助も入れて攻撃に回るわ」
「では、一応心得があるので、私も攻撃の補助を受け負おう」
ソティリオスは剣だけど、魔法も行けるので、攻撃も補助もできる範囲に並ぶ。
「ラトラスも真ん中が良くない? 戦える場所の案内しないと」
「わ、わかった。確かに声届く範囲にいたほうがいいよね」
これで中衛はソティリオス、イルメ、ラトラスの三人。
「では私は回復魔法が使えますから、魔力の温存に努めます。怪我をされた時には下がってください」
「僕も実戦経験はないから後ろで。荷物持ちをしておくから、薬類は持つよ」
ディオラと僕の位置が決まると、しんがりはウェアレルだ。
浅層だとそうないけど、背後に魔物が現われることもあるという。
何よりこの中で一番魔法の射程が長いから、後ろからでも前衛を助けることが可能。
三人ずつ邪魔にならないようにさらに動きなども打ち合わせることになったので、後衛では僕が前、ウェアレルが後ろで、自然とディオラが真中になった。
経験者というか、戦うことを基本に教育されたウー・ヤーとエフィがいるお蔭で順調。
ウェアレルも口を出さないし、どうやら間違ったことはしてないらしい。
「それで、ここから虫探しでいいのかな?」
「いないならまずウー・ヤーたちが言うとおり、動く練習と思って階段まで移動しよう」
「バッタの魔物は浅層って呼ばれる範囲ではどこでも出るらしいぜ」
僕がラトラスに聞くと、ナビとして直近の順路を教えてくれる。
そこにネヴロフが調べたレポートを見ながら教えてくれた。
探すのは透明な翅を持つ虫の魔物。
蛇の抜け殻も代用できそうだったけど、季節的に狙いはバッタしかいない。
「大きさは猪ほど。移動の際にはギシギシと特有の音が鳴るのでわかるそうです。また、隠れていても近くを通ると驚いて飛び出すことがあるのでお気をつけを」
ディオラも知ってることを教えてくれるけど、後衛からだとあまり聞こえてなさそう。
そうしてわちゃわちゃとしつつ、止まったり曲がったりしながら進む。
階段を目指して歩くだけでも慣れない行動で確認が必要なことも多い。
気にせずにやりそうなことも、エフィが細かく確認をしていた。
たぶんソティリオスとかディオラとか、上の家の子女がいるから緊張もあって、これ以上悪い状況にならないように考えてるんだろう。
(ん? 手が…………敵性生物を感知)
手に熱を感じたら、セフィラがそう警告の文字を浮かび上がらせていた。
ネヴロフを見てもまだ気づいていないようだ。
(僕たちと遭いそう? なんの魔物?)
返答は、四足で体高の低い魔物。
ムジナと呼ばれる魔物が、二つ先の右手曲がり角の奥にいるという。
場合によっては遭遇する位置だけど、こっちは集団だし魔物のほうが逃げる可能性もある。
ネヴロフが気づいてくれればいいけど、後衛の僕が気づくのも不自然だ。
近くにディオラもいるし、イルメも中衛にいるから、ウェアレルにセフィラで知らせることもできない。
「いや、言っていいのか」
「どうしました?」
「あ、ディオラ。ちょっと先生と相談があるんだ。場所を代わってもらえる?」
僕の身元はばれてるので、もう直接交代をお願いした。
声を潜めるために口の前に人差し指を立てて。
するとディオラはなんのためらいもなく場所を入れ替えてくれる。
そしてすれ違う瞬間に囁いて来た。
「実は昨日、求められるならばお助けするようにと言われております」
誰に、何を、とは言わない。
たぶんルキウサリア国王から、僕の学園生活をってことだろう。
ありがたいような、逆に目立ちそうなような。
けど今回はちょうどいい。
「ありがとう」
「は…………い」
声を大きくしそうになって、ディオラは一度口を閉じた。
けどなんだかウキウキした様子でダンジョン用に持ってきた杖を両手で握り締める。
落ち着いて話したい気もするけど、今はウェアレルだ。
「どうされ、どうしましたか?」
「次の角右にムジナ」
端的に伝えれば、それだけでウェアレルは察して杖を握り直す。
けどウェアレルの尖った耳が反応してピンと立った。
「待った、敵だ」
「爪の音がした」
ネヴロフに続いてラトラスも耳をそばだてて言う。
どうやら長い爪を持つ魔物が石床を歩く音が、獣人たちには聞こえたらしい。
「そうか、奥行くと風の流れが固定なんだな」
ネヴロフは臭いで気づけなかった理由にムッとしつつ、棍棒を握り直す。
剣の心得がない生徒は、最初は棍棒が安全で確実だそうだ。
そしてここは地下だし、人工物だから空気を流す穴が人為的に設置されてる。
だから地上と違って風の流れる方向は固定されていて、風下にいたらしいムジナの臭いは流れて来なかったようだ。
もしかしたらこの地下で暮らす魔物は、そうした臭いにも気をつけて風下を取った可能性すらある。
「各自武器の用意を。呪文も備えておいてくれ」
「邪魔にならないよう間隔を取るんだ」
エフィとウー・ヤーの助言でそれぞれが構える。
僕も一応持ってきた杖を握るけど、距離的に補助か救助に専念したほうがよさそうだ。
そしてほどなく、僕にも石床を爪で擦る音が聞こえる。
現われたのは、人と変わらないサイズのイタチ顔にずんぐりした体型の魔物だった。
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