閑話55:ネクロン先生
学園の錬金術科講師になってそろそろ半年が経つ。
マーケットなんかは五十年くらい前の頃と変わらない行事だ。
「目立つチャンスだろう。なのにお前ら、やる気がなさすぎる。どうなってるんだ?」
研究室には就活生をしている赤い馬の獣人のエニーと、俺が使った道具を片付ける助手のウィレンがいた。
どちらも海賊の島ツィーミールの出身で、島での教え子だ。
「もうじたばたした後だからなぁ。就活生まで粘ってだめなら帰るってのがお決まりみたいになってて。一人焦ってたジョーは図書の仕事で気ぃ抜いてるし」
「レーゼンとイトーが帝都での就職目途、イアも就職先決まってる。で、貴族のメルと王族のテルーセラーナは帰国の意向だったけど、図書整理に残るよう声かけられてるね」
両手を上げて見せるエニーに、ウィレンが就活生の状況を指折り数える。
島の外へ出てみたいという理由でついて来たウィレン。
助手と言って学内を動き回っているが、今まで関わることもなかった身分の者と交流するのが楽しいようだ。
「あ、ネクロン先生。メルが島に興味あるって言ってるし、ちょっと噛ませてもいいか?」
「下手に権力者と繋がると、アホみたいな理由で介入されるぞ」
「それがさ、メルの実家が捨てたい小さくて使い勝手は悪いけど、港にできる飛び地持ってるんだって。メルがそこぶんどったら、隠し港として賃料要相談って言ってるんだよ」
メルは確か、ハドリアーヌという港を持つ国の貴族だったな。
錬金術科に来てる時点で、家では優遇はされてないだろう。
貴族ってのは家を離れるにも金が要るから、その資金を捻出できる方法探ってるってところか。
「廻船ギルドの奴らに口出しされる足がかりにされないよう、精々気をつけろ」
「やっぱり先生、噛む気はないんだね。島に戻るつもりもないの?」
「そうそう。島の利権だけはがっちり掴んで離さずにいるのにね」
エニーとウィレンがいうとおり、ツィーミール島の産業に関する利権は俺が握ってる。
一から作ったんだから当たり前だ。
その上で、産業の根幹を握る技術と原料の権利も別の島ごと持ってた。
「三年目で卒業年度のはずの奴らも気が抜けてる。そんなんでこの先どうするんだか」
「いやぁ、ネクロン先生ががつがつしすぎてる気がするなぁ」
「確かに。っていうか、ネクロン先生の時は就職どうなってたの?」
血筋の面倒さを知らないエニーとウィレンは気楽だ。
「五十年前は生徒数百人程度。他に比べて重要視されないのは今と変わらない。俺が生まれる前から錬金術は落ち目だ。集まるのなんて学園卒業の看板が欲しい奴ばかり。ごく少ない仕事先への推薦をもぎ取ろうと、ギスギスしてたな」
少なくとも、口喧嘩を眺めて諭すようなぬるいことはしない。
さらに上げ足を取って油を注いで、教員からの心証を悪くすることで相手を貶めるほうに動いただろう。
「それはやだな。今は少ないから変に馴れ合わないし、声かけたら手伝ってはくれるし」
「今よりも錬金術科程度なら入学できると思っていた奴らが多かっただろうな。その上で錬金術に興味はないが、学習意欲はある者が入学していた」
名目だけ欲しい者を除外しようとした、ヴィーのやり方が間違ってるとは言わない。
少なくとも今在籍してる奴らは錬金術師を名乗る最低限は押さえている。
問題は、五十年前にはかすかに残っていた錬金術師の雇用もなくなっていることだ。
それで言えば国から仕事を回される、指名されて雇用機会を貰えたのは貴重。
「ネクロン先生はどうして入学しようと思ったの?」
「学力的に錬金術科でもギリギリだったからな。だが、親から搾り取るためにラクス城校を目指した結果だ」
ウィレンに答える俺も、錬金術科程度ならと入学した口だ。
結果として就職はできずに旅に出た。
その中で、錬金術師として腕を認め雇用を持ちかける者もいたが、ツィーミール島を見て誰かの下に就く気はなくなってる。
有名な海賊の島は、身勝手な海賊どもが女子供を捨てて、気が向いたら拾う反吐が出るところだった。
腹が立ったから海賊から搾り取るために産業を整えて、今じゃ海賊どもが金を落とすための島に変えてある。
「ネクロン先生、父親嫌いすぎじゃない? 学費出してくれただけましだよ」
「うん、うん。絞ろうにもうちみたいに死んでちゃ意味ないし、悪くないでしょ」
「だが良くもないぞ。二度目に遭った時には海賊勧めてきやがった」
エニーとウィレンは俺の言葉に笑って否定しない。
海賊まがいの商売をやる男どもは、港の女なんていくらでも作る。
遊んで子供ができても、自分の子じゃないと平気で言う。
知ったところで海に逃げてそのまま二度と帰らない奴も珍しくない。
そうして無責任に作って捨てることもすれば、殺して奪うことにも使う。
それが廻船ギルドの海賊稼業。
「俺が生まれて六年音沙汰なし。現われたと思ったら寝た女のことなんか忘れてる。もちろん俺がそうだとはすぐには認めねぇ」
「ネクロン先生はどうやって認めさせて学費まで出させたんだ?」
聞くエニーの親は娼婦で父親自体誰だか特定できない。
ウィレンの親は夫婦そろって海賊だったせいで船と一緒に燃えた。
「母は商売女じゃなかった。しかも向こうは海賊だとは言わずにつき合って寝て、そのまま船出すってなって逃げやがって。だから相手はあのクソ親父一人。その上文字が書けたから日記も書いてた。それ突きつけて思い出させたんだよ」
で、俺はその一連の無責任な言動を覚えてる。
あんなのが父親なんて恥ずかしい上に、認知しても海賊やめやがらねぇ。
一人親は苦しいと縋る母を置いてまた船で逃げやがったし。
「次に来たのが十二の時だ。だから捕まえてふんじばって、海に帰りたきゃ有り金全部置いて行けってな。より金出させるためにラクス城校目指すってなことも適当に言ったら、本当に学費出しやがって」
「それで出してくれるなんて、海賊のくせに稼ぎすごいね」
ウィレンが言うとおりだが、それはそれで腹立つ。
何せ海賊として奪い殺したとしても不自然すぎる大金だった。
そんな金があった答えは、十三でわかったが。
クソ親父が海に逃げ帰った後に、身なりのいいエルフが集団で現われたんだ。
何かと思ったら親父の親類とその部下で、どうもあいつ自身がいいところのご落胤。
そしてエルフ特有の神聖視される能力持ちだそうだ。
ひと所に留まらないのはその親類から逃げるためで、俺のことが漏れて確かめに来た。
ところが俺はそんな能力ないんで、その後は完全に無視だ。
「ま、俺が錬金術を知ったのは竜人の師匠から教わったからだがな」
ちょっと露骨だが話を変える。
海賊の稼ぎが多いならろくな仕事じゃないと思うだろう。
「え、ネクロン先生師匠いたんだ?」
「錬金術って人間の技術のはずでしょ?」
「あぁ、考えたのは人間だ。そして衰退するほどの失敗をしたのも人間だそうだ。八百年前、このルキウサリアで大いに錬金術が発展したが、失敗して世界滅ぼしかけたんだと」
話してもあまり本気にはしていないようだ。
こういうおおげさな話はよくあるからな。
だが、実際本当なんだろうと俺は思っている。
「で、生き残った奴らが四方に散って、技術を伝播。弟子作ってさらに伝播させて東の地に逃げようとした。南から東を目指した錬金術師は、竜人の王族に捕まって飼われたことで断念したらしいがな」
ただその弟子は大陸中央に逃げ帰ったとか。
飼われた錬金術師はさらに弟子を作って竜人に錬金術が伝播したが、今では錬金術師を名乗る者はほぼいない。
錬金術の技術と知識を使った医師や茶師、香司という職業に細分化してる。
エルフで一人親で、海賊の子供の俺を弟子にする物好きは、錬金術師を名乗り続ける物好きしかいなかったって話だ。
「…………封印、解かれてんだろうな」
「何、ネクロン先生?」
「大したことじゃない」
聞き返すフィレンに、俺は手を振ってみせる。
そう、もうずっと昔に諦めた贖罪の旅の話なんて大したことじゃない。
ここで錬金術自体を消すつもりがないなら誰かが開くしかないんだ。
そしてルキウサリアの国の動きを考えれば、すでに封印は解かれてるだろう。
「なんで講師受けたんだ、ネクロン先生? 塾を譲るってのは言ってたけど、おいら故郷の竜人の国に帰ると思ってた」
エニーが言うことも考えなかったではないが、もう母もいないし今さらだ。
「お前が手紙でニノホトからわざわざ錬金術学びに来た生徒がいるというから、今の学園で何やってるか見てやろうかって気になってな」
師匠は東への逃避を諦めた者の話を語り継ぐだけで、俺に継ぐことは求めなかった。
だがニノホトから錬金術科に学生が来ていると聞いて、なにがしかの成果があって来たかと気になったのだ。
ルキウサリアに来てみれば、まさか封印図書館のほうが開いてるとは思わなかったが。
「この卒業間際に帝都の大使館を頼って移動ってのは、何処からか声かけられた結果だろうが。この半年そんな活動してるようには見えなかったんだが」
封印を開いたのはニノホトの二人かと思ったが、来年にはルキウサリアを離れて帝都へ行くという。
帝国第一皇子の口利きらしいが、それにしても接点がない。
錬金術を趣味にしてるという第一皇子の論文から察する実力を考えれば、八百年前の技術に関して帝国が動いたってことか?
小国が暴走するよりもまずいことになるか、大国だからこその自制が働くか。
そこは帝国と皇帝の力量次第で、俺が気にするだけ無駄な話だ。
できれば師匠が語ったような世界の終わりなんて繰り返さないでほしいもんだな。
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