274話:マーケット準備4
錬金術科としてマーケットに売り物を出して売り上げを出さないといけない。
そこで僕が提案したのは、カラフルなゼリーで客寄せして白黒アニメーションまがいを上映することだった。
内容と絵はステファノ先輩とイア先輩を中心に、一分のアニメーション作ってもらう試作から。
ゼリーや竈はトリエラ先輩とチトセ先輩を中心に、色と形と材料費を考えてもらう。
「光を透過するなら硝子だが、そうなると重量と動かす道具の構造が問題だな」
「アズが言った糸車は、一定の速度で回し続けることが前提の機構ってことだよな」
エフィとラトラスが影を映した窓を例に話し合う。
僕たちは映写機の作成を任された。
というか僕が言い出しっぺだからね。
「硝子だと割れたり重量を支えたりで金属部品使うし。そしたら確実に時間がかかるよ」
「紙が使えればいいんだが、こっちの紙は厚手だからな。難しい」
僕がいうとウー・ヤーも悩む。
品質のいい薄い紙は確かにお高いし、数を揃えるとなると輸入にお金と時間がね。
僕たちの話を聞いて、いまいち想像が追いついてないネヴロフが首を傾げた。
「クリスタルのゴーレムでもいれば良かったのか?」
「結局はガラスなら重いわ。それより、リベレンがこちらでも見つかればいいのだけれど」
「えっと、何それ?」
ネヴロフのゴーレムの時点で僕にない考えだけど、イルメがもっと別の聞いたこともない単語を口にした。
「やっぱりこちらにはいない魔物よね。トンボに似た肉食の凶暴な虫よ。翅が透明で弾力があるの。一つの羽根でちょうどこの窓くらいの大きさがあるわ。ガラスを買えない人たちが窓代わりに張るそうよ」
イルメが指すのは細く縦に長い窓だけど、これが翅って本体のトンボ何メートルあるの?
いや、今は問題解決を考えよう。
小さな虫でも翅は透明で、羽ばたいても折れないし軽い。
何より普通の虫より大きい魔物だというなら、それを使えればガラスより軽いはずだ。
「トンボじゃなくてもいい。蝶や蝉、コオロギでも翅が透明なら使えるかも」
僕は前世のフィルムをモデルに考える。
軸に端を固定して、二つのホイールに巻き取る形を紙に描いて説明した。
「あぁ、帯を巻き取るような感じか。それなら糸巻きのような装置で行けるな」
「上下に据えて、片方を回すことで動かすのか。そして小雷ランプは別に足をつける」
ウー・ヤーが手を回すのを見て、エフィも想像できたようで頷く。
「でも量が必要なの変わらなくない?」
「そこは一つの大きさを小さくすればいい。その分結ばれる像は荒くなるから、距離も考えないといけないけどね」
ラトラスの疑問に答えると、ネヴロフがまだ首を捻っていた。
「うーん、想像できねぇし、ともかく一度ガラスでやってみようぜ」
「そうね。その像の荒さと大きさを考えないと素材を集めても駄目でしょうし」
イルメの言葉を皮切りに、僕たちはまずガラス板を調達することにする。
学園を中心に都市が作られてるので、街に行けば工房があった。
そして手に入れたガラス板に、ステファノ先輩が絵を描いてくれる。
「部屋を暗くして、壁に白い布をかけて、まずは光を当てるだけ」
僕は説明しながら白い布に、ガラスに描いた絵を投射。
描かれているのはよりによって僕が首を食べさせられた女神像だ。
はがきサイズのガラス板にしっかり書き込まれてる。
「けっこう大きく映るんだな」
「だがすでにぼんやりしている」
ネヴロフとウー・ヤーに言われて、僕は用意していたものを設置してみせた。
「あら、紙の筒を当てただけでずいぶんはっきり見えるのね」
「霞んでいた目がすっきりした感じがするね、これもう少し調整できない?」
イルメとラトラスは光を収束させただけでも違い出ることを不思議がりつつ調整を試みる。
光を強めたり、筒の角度を変えたり、僕たちは試行錯誤を繰り返した。
最終的に筒の大きさや小雷ランプの光の強さについてメモを確認する。
「一歩で絵が四枚となると、この大きさで相当な数の絵を描くことになりそうだよ」
メモを見るラトラスが言うとおり、急いで素材を調達しないといけない。
「冷えて来たし、早い内に翅のある虫の魔物が近辺にいないか探そう」
「なんの話をしているんだ? というか暗いな」
エフィが言った途端、ソティリオスがやって来た。
僕はすぐに小雷ランプを消したけど、途端に部屋が暗くなるので、みんなで塞いだ窓を手分けして開ける。
「また何か実験の途中で来てしまったか? 邪魔するつもりはなかったのだが」
「まぁ、一区切りついたところだったから大丈夫。ソー、今日はどうしたの?」
間の悪さに肩を落とすソティリオスを教室へ入れて聞く。
マーケットは学園行事だから、ソティリオスのほうもマーケット準備をしているはずだ。
「マーケットで、昨年の錬金術科は随分難儀したと聞いた」
「心配してくれたの?」
「あぁ、またアズロスが何かすると思ってな」
ちょっと、言い方。
そしてなんで全員頷いてるの?
いや、藪蛇になりそうだから気づかないふりをしよう。
「ソー、当日まで秘密だよ。心配しなくても、留学中に知ったことは活用できるほど深めてないし、使わないから」
暗に秘宝の技術は漏らしてないと言っておく。
あと注意もしておこうかな。
「それと取り巻きみたいなの連れて来たほうがいいかも? 先輩に紹介を望んでる人がいるんだけど、僕留学から戻って顔見ただけの人なんだよね」
「帝国貴族はアズロス以外、いやハマート子爵家もそうか。だが他はいなかったはずでは?」
「ユーラシオン公爵家なら帝国の外でも通りがいいからじゃない?」
そこは外交に強い家だからね。
エフィは実家が帝国貴族であり、大公国貴族でもある。
とは言え、現状家からは距離取ってるし、ソティリオスに近寄る様子はない。
それで終わろうとしたら、ネヴロフが悪気なく笑って教える。
「なんか使うとか言ってるの聞いて、アズが怒ったんだよ」
「そ、そうか」
ちょっとやめてよ。
ソティリオスも照れないで。
こっちが恥ずかしくなる!
「あちらも礼儀知らずではあったんだが、アズがなぁ」
「それでもアズは牽制に留めていただけいいじゃない」
「友人のために道理を曲げず、その上で泥を被れるのは人士だ」
エフィは苦笑いするんだけど、イルメとウー・ヤーが妙なことを言い出す。
そしてラトラスが僕に向かって親指を立ててみせた。
「普通に恰好良かったよ、アズ」
「やめてよ、恥ずかしい」
って言ったらソティリオスのほうがもっと恥ずかしがってしまった。
「まぁ、ともかく、変なのに絡まれたら、無視しておいて…………」
「いや、うん、わかった…………」
いつまで照れてるのさ、もう。
「あー、えー、そうだ。この近くで虫の魔物とかって知らない?」
僕の露骨な話題転換にも、ソティリオスは苦笑しつつ応じてくれる。
「ルキウサリアのこの周辺は定期的に騎士団が巡回して討伐している。魔物と相対するなら学園のダンジョンだろう。洞窟型で下層へと降りると聞いた。虫の魔物もいたはずだ」
そう言えばダンジョンがあったんだ。
しかも虫の魔物もいると言質が取れたのは良かった。
「素材が欲しいなら早い内がいいだろう。他の学舎からもマーケットの素材用に狩り出す者たちがいるはずだ」
「ソーのほうはそういうことしないの?」
「教養学科は家の不用品を出して並べるのと、冬の保存食を家単位で用意するくらいだな」
「わー、目標金額より手出しのほうが多そう」
「いや、寄付金として別に公爵家の名前で出すから、そちらのほうがどう考えても多い」
「あ、はい」
別世界の話ですね。
エフィも口元だけ笑みを浮かべて何も言わない。
貴族に準じる家のイルメとウー・ヤーもそんなものだろうという感じ。
ラトラスは金が物を言う様子に耳ペタで、ネヴロフはよくわかってなさそうだ。
そんな話をしていると教室にノックの音が響いた。
誰か先輩、にしてはノックする礼儀正しさを持つ人に思い当たらない。
そう思ってみると、そこには橙色の髪を揺らす女子生徒の姿。
何故かルキウサリア王女のディオラが錬金術科の教室に姿を現していた。
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