273話:マーケット準備3
諍いのある先輩もいれば、自分の利益優先の先輩もいる。
それで言うと、留学前に声をかけて応じてくれた六人の先輩たちは協力的だった。
あと、馬獣人のエニー先輩。
ネクロン先生の助手その二みたいな立ち位置でウィレンさんと一緒に対応してくれる。
「エッセンスの作り方が一番上手いと聞いて興味はあったけど、いい性格だ」
「年下に怒られるなんて、あの二人が子供すぎるのよ。こっちが恥ずかしいわ」
そう言って興味を示すのは上級生の二人。
ハドリアーヌの小貴族だという人間の男性、メル先輩。
竜人で王族に連なる女性のテルーセラーナ先輩。
気取っている雰囲気はあるけど、王侯貴族では珍しくない。
「身分があると見栄を張らなきゃいけないってのがどうも面倒だねぇ」
「焦る乞食はもらいが少ないっていうのをそのまま体現してるな」
協力ならするという態なのが、就活生の二人。
羽毛の生えた小柄な竜人である、ロクン先輩と、皮肉っぽく笑うエルフのウルフリート先輩はどちらも平民出身の男性だ。
焦るのは喧嘩をしていたオレスとジョー。
そしてラトラスに袖にされたワンダ先輩だった。
「アズ、何をするつもりだ?」
「組み合わせを考えるに、食物で絵を作るのですか?」
ヴラディル先生とウェアレルに聞かれる。
確かにその二人だけど、今回は違う。
セフィラをアップデートしてる時に、やってみたいと思ってたことがあったんだ。
ただどこから説明したものか…………まずは絵かな?
「ステファノ先輩、この紙のここの端、この範囲に、右足を踏み出した人間を簡単にでいいので描いてください」
「ふむふむ」
興味を持ったらすぐに動いてくれるなぁ。
そして続けて別の紙の端に左足を上げた同じ人。
さらに左足を踏み出した同じ人を描いてもらい、最後に右足を上げた同じ人を。
その四枚を三組描いてもらう。
後はインクが乾くのを待って、ぺらぺらと指で捲ればパラパラ漫画のできあがり。
「うわ、何これ! 僕が描いた絵が動いてる!?」
思いの外大きな声でステファノ先輩が喜んだ。
それにつられて先生たちまで寄って来て覗き込む。
もちろん僕のクラスメイトも行けば、先輩たちも集まってしまった。
「簡単に言えば目の錯覚です。連続させることで動いていないものを動いていると思わせる。そうだな、イア先輩も絵描けますよね? ステファノ先輩の絵の足元に花を描いてください。そして、少しずつずらして…………」
歩く人物の足元に、一枚ごと後ろに送り出されるように位置を変えた花を追加。
それだけでより描かれた人物が前へと進んでいるように見える。
というか、みんなしてパラパラするから、早くも紙の端がよれよれになって来た。
ネクロン先生とかじっと見据えて動かないし。
いや、これもしかして水中で大きさの変わるビーカー見据えてたヘルコフとイクトみたいな感じか。
どうしてそうなるのかわからずに自分の目の錯覚をどうにか調整しようとしてる?
「えっと、目で見て頭で処理する中で動いて見えてるだけなんで。よほど動体視力良くないと止まっては見えませんよ?」
って言った途端、獣人系が揃って魔法を使った。
身体強化で目を良くしたらしい。
「…………いや、これ動いて見えてるほうが楽しいわ」
いつの間にか魔法覚えてたネヴロフの感想にラトラスとエニー先輩も頷く。
それはそうだろう。
「それでこれをどうする、アズ? 売り物としては弱いぞ」
ネクロン先生の指摘は想定内だ。
「はい、これは連続して絵を見せることで動いているように見えるというのを実践しただけ。つまり、もっと多くの絵を描いて繋げれば、一つの物語を動かすことができます」
「やりたい!」
ステファノ先輩はまだステイして。
「ただこの小ささだと見る人数に限りがあります。なので、できる限り多くの人が一緒に観れるよう工夫するんです。そのために小雷ランプを使います」
「あ…………」
ここまで説明すれば、ウェアレルは気づいた。
というか、散々セフィラで絵を投射することしてるから想像がついたんだろう。
僕は窓辺によって、日が差すところに影を出す。
「光に当たった影は実物よりも大きく像を結びます。だったら、小雷ランプで光を当てて、より大きな像を結ばせる道具を作ってはどうでしょう?」
言ってしまえば映写機だ。
ただしやるのはパラパラ漫画程度のもの。
低予算って考えると、手回しだし、フィルムもないから影絵ていどかな。
「あまり時間はないぞ。一から作るにしても短縮できることは短縮しろ」
「はい、糸車辺りが参考にならないかと考えています」
ネクロン先生はまたじっとパラパラ漫画を見て、僕の影を見る。
そこにトリエラ先輩がおずおずと手を挙げた。
「あの、私は? 役立てそうなこと、ないんだけど?」
「いえ、お客が来るかはトリエラ先輩の腕にかかってますから」
「え、えぇ?」
ようは客寄せをしてもらう。
そのためには売り上げを過去に出している確かな腕が必要だった。
「故郷でゼリー寄せ作ってたんですよね? 色をつけた甘いゼリー作りません?」
「…………あ、熱を冷ますのに今からの季節はいいかも。それに色がついてて甘いなら、貧乏臭くもないし」
よしよし、エッセンスの色付けもしてたから話がわかる。
ラクス城校という王侯貴族が集まる学校の名前で出すなら見た目は大事だ。
そして甘い菓子は上流階級の特権だったりするので、甘いだけでもお高い。
だから平民のトリエラ先輩の実家が作るゼリー寄せはおかず系だろう。
この世界、甘くしたゼリーってないかもしれない。
あったとしても、エッセンスで色付けするなんて今までなかったはずだ。
「珍しい食べ物で客を呼んで、誘ってもらいます。入り口で引き入れられるかどうかはトリエラ先輩にかかっています」
「…………子供限定じゃないなら、ホットワインあり?」
ラトラスが商売っ気出して来た。
「錬金術絡められる?」
「うーん、火のエッセンスでつけた火でなんてやってもなぁ」
「じゃあ、火に色つければいいじゃない」
ラトラスが肩を落とすと、イルメが炎色反応を使うよう指摘する。
火を操る魔法があるし、見世物としてはありかもしれない。
「普通の釜だと火の色なんて見えないがどうするんだ?」
「そこは即席で石でもレンガでも組んで見えるよう作ればいい」
貴族な発想のエフィに、旅の経験があるウー・ヤーがなんでもないように言う。
「動く絵かぁ。なんの話にしようかなー?」
「待て、まずどれくらいの時間かを決めてからだ」
早速手元で絵を書き出すステファノ先輩を、キリル先輩が止める。
その横でイア先輩が別の懸念を呟く。
「あ、影ってことは色なしなのかな。うーん、それはそれで表現考えないと」
「せや、光を当てて映すいうことなんやろ? 光通すもんないとなぁ」
「確かに、光を透過させる素材をまず考えないといけないな」
ヒノヒメ先輩とチトセ先輩も話に加わり、そうしてわいわい意見が出始める。
それを馬のエニー先輩が細長い耳をくりくり動かして聞き取りメモ。
そこからウィレンさんが大きく書き出して壁に掲示。
「売るのなら竈を五つバーンとやるべきでしてよ」
「集客どれくらいかもわからないのに馬鹿」
「お金に物言わせる話じゃないんだよなぁ」
ここぞとばかりにワンダ先輩が声を上げると、同学年が手厳しい突っ込み。
「画期的、なのか? これやって注目されたとしてどうするんだ?」
「面白くはあるんだが、それでどうしたと言われたら、どうなる?」
喧嘩してたはずのオレスとジョーには、就活生が無遠慮に指を差した。
「注目度を稼ぐ価値がわかってない時点で田舎者なんだよ、お前たちは」
「そういうセンスがそもそも下級生に劣っていると自覚して謙虚におなりなさい」
どうやら本当に慣れてるらしく、扱いが雑。
たぶん僕が言わなくても、周りが折を見て止めてくれてたかな。
まぁ、最初にガツンと言って次がないようにできたと思えばいいか。
うん、ワゲリス将軍に言われたことを実践したってことにしておこう。
そうして話し合いはなんとなくまとまっていく。
どうなるかと思ったけど、サボるつもりの人はいない様子だ。
これなら方向性決めるだけで大丈夫そうだった。
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