271話:マーケット準備1
ロムルーシへの留学から戻ると、学園では冬の催しの準備が始まった。
学園でマーケットを催し、稼いだお金を学生活動に使うとか、冬越しに困る貧困層へ寄付するとからしい。
そんな基本的な説明をヴラディル先生がしてくれる。
「売るものは食料品、生活雑貨、装飾品。演奏会を催したり、演劇小屋を建てるな」
「学園全体でやるから、七日分の売り物の用意と目標金額の回収はいいとして、なんだこの、学舎の格を落とさない内容ってのは?」
ネクロン先生が手元の資料を見て疑問の声を上げるんだけど、卒業生のはずだよね?
それに対してウェアレルが困ったように笑った。
「私たちの代には、実家の不用品だと言って歴史的価値もある金銀財宝を並べたバカ、こほん、失礼。度を越した者がおりました」
言葉の気安さから、もしかして同窓というか、九尾って呼ばれる誰かだったり?
「俺たちが入学する前だと、平民の学舎乗り込んで、前日に売り物を全て買い叩いたとか、親の開く賭場の入場券売ったとかが問題になったそうですね」
「他にも学園で売られたという看板が欲しい商人と組んで、賄賂を貰っていた学生もいたそうです」
ヴラディル先生とウェアレルが、妙な決まりの理由として学生の不正を上げる。
平民のほうも真面目に寄付金集めるよりも、貴族子弟に不正を持ちかけて自分の懐に入れる例があり、巻き込まれる同じ学科の学生が泣くということもあったそうだ。
そのため、学舎の格を落とすなと決まりが作られたという。
「なるほどな。平民ではそんな拘りないが、王侯貴族はそう言われると無視できない。上のほうが下からの誘いも断る形にさせるためか。五十年も経てばこういう制約が増えることもあるか」
ネクロン先生からとんでもない言葉が聞こえたけど、もしかして卒業してから五十年経ってるの?
「なんにしても、昔よりここは人数が減ってる。だがマーケットの規模はでかく、それに合わせて学舎ごとの目標金額も増えてる。去年、一昨年は何をした?」
ネクロン先生の質問に、先輩たちの目がトリエラ先輩に集まった。
「トリエラが入学してからは、食料品を売ることをしてました。冬の間の保存食づくりを試行錯誤することで錬金術の実験も兼ねて」
ヴラディル先生がいうには、肉クッキーや下痢止めボーロがそうらしい。
あれらは新しい食を作る実験と共に、マーケットのための準備だったんだね。
「その前はどうしてた、エニー?」
「錬金術科の生徒がそれぞれに作ったものを適当に並べて売ってたぜ」
「つまりガラクタか」
「俺らも入学してから適当にともかく数だけだせって言われて。けど蛇や蜘蛛を象ったジョークグッズはけっこう売れてた」
答えたのは赤兎馬、もとい、馬獣人のエニー先輩は、ネクロン先生との近さから忌憚なく答える。
そして他の就活生から否定もないってことは、実際ほとんどが売れなかったようだ。
「ここ十年は目標金額に届かず、トリエラの頑張りで売上自体は増えたくらいです」
ヴラディル先生が世知辛い実情を告げる。
ネクロン先生は渋い表情で、ウェアレルも溜め息を吐いた。
「ちなみに今年は何考えてるの、トリエラ?」
エルフの就活生イア先輩が聞く。
「アズくんに持たせた焼き菓子が、美味しくて薬になるっていうことなのでそれで。麦芽使って甘みを出せるから、砂糖も抑えられるし」
どうやら下痢止めボーロを売るつもりだったようだ。
「確かにお菓子を作るにもまずお高い砂糖を買う必要がありますね。材料費をかけてしまえば値段に響く。そうなると安っぽいものじゃお金持ちは買ってくれない」
ラトラスが商人らしく頷くと、エフィが異議を唱える。
「アクラー校に追いやられていても錬金術科はラクス城校の枠だ。その分目標金額は高いし、学校名を見てやって来る客もそれなりを求める。安い菓子は逆に嫌がられないか?」
錬金術科の面倒な立場がより重しになっているらしい。
そこに上級生が訳知り顔で口を挟んだ。
「人を使うのも貴族として必要な素養だ。下の者を使う形なら格が下がることもなく、そんなことを考える必要はない。こっちは呼ぶ客のリストでも作っていればいい」
「はん、呼べる人脈もないくせに口ばかりは達者だな。それとも、レクサンデル大公国に名を連ねる下級生頼りか? 偉ぶることしかしないヨウィーラン貴族らしい」
何故か人間の先輩二人が喧嘩を始めた。
たぶん前に言われた、出身国同士が睨み合う国の貴族子息なんだろう。
エフィが編入してようやく二十人になったのに、そんなごく少数の中で対立とか。
「大口叩くなら、自分だけで目標金額捻出してから言え。他人の邪魔をするな」
ネクロン先生は言いながら、聞かずに喧嘩する二人へ手に握り込める程度のボールを投げる。
風の魔法で操って、一人の頭にヒットさせると、綺麗に跳ねてもう一人の頭にもヒット。
それをネクロン先生はまた風を当てて方向転換させ、そのまま弾ませて手元に戻した。
その綺麗な動きも目を奪われるけど、それよりボール自体が興味を引く。
(あれって、ゴム?)
(弾性に富んだ物体)
(そう、あれ色々使えるんだ。何処で手に入れたのかな? こっちでも作れるかな?)
イルメがいるから、セフィラは僕の手に短く反応を示す。
この世界で初めて見たゴムに目を奪われてると、ネクロン先生が話を進めた。
「今までのやり方は駄目だ。目標金額に届いてないんだからな。新しく考えろ。これは学習の一環でお前らのやることだ。…………お前はちょっと黙ってろアズ」
なんでか名指しされたけど、目で追っていたボールを投げられた。
もちろん喜んでキャッチして調べてみればやっぱりゴム玉だ。
表面に劣化が見られるのと、刺激臭がするのは製造技術の問題かな?
「く、一番案を出してくれるアズを封じられた。後は本業のラトラスか」
なんでかウー・ヤーが難題に直面したような反応をする。
それにチトセ先輩とヒノヒメ先輩も困った様子だ。
「こちらはもう四年目。今さら目新しい案も出ないんだが」
「そやねぇ、新入生たちからやりたいこと聞いてみてえぇんやない?」
そこにネヴロフが発言していいと見て根本的な疑問を投げかけた。
「マーケットって、何?」
思えばネヴロフは山の上の村で生まれ育った。
買い出しだって、大人が大事なお金を持って危険を承知で下山するしかない。
ネヴロフは下の町の市場さえ行ったことがない可能性がある。
そしてわかりやすく侮るのが喧嘩してた貴族二人。
他の貴族らしい身なりの先輩はネヴロフの問いに答える気もない。
そうやってみると、教えるトリエラ先輩、イア先輩は平民出身で、他にも教えてくれる竜人とエルフもそうなんだろう。
僕も耳を傾ければ、学園のマーケットがとてもにぎわうことや、王侯貴族の使いがやって来ることもあるそうだ。
そこに交じって説明する伯爵令息であるキリル先輩は、本当に面倒見がいいんだろう。
「売り物自体を高く設定できないのなら、演芸のように披露することは?」
イルメなりに考えていうけど、それは音楽や演芸を専門にする学舎もあるためそちらに客を取られると言われる。
これという案もない中、貴族らしい女子生徒が責めるように口を開いた。
「あなた、ディンク酒を売る商会の者なのでしょう? ディンク酒を売る機会ではありませんの。何故言わないのです?」
言われたラトラスは相手が貴族と見て困った顔をする。
「ラトラス。たぶん商売がどういうものかわかってないから、本気で言ってるよ。売り物を作る、売れたらなくなるってこと自体が勘定できてない。店に行けば必ずあるし、注文すればそれで商品が揃うと思ってる」
ゴム玉を調べながら助言すると、ラトラスもまずディンク酒は製造場所が帝都であること、すでに売れる予定ができてるものばかりしかないことなどを説明した。
「そもそも七日分も出せないし、数本出したところで、すぐに売れてその後は空の棚。そんなの商売としては失敗でしかないです」
ラトラスの説明にウェアレルも頷く。
「錬金術を使った酒という点では相応しい売り物ではありますが、まず売り物を揃えることができるかどうかも考えなければいけません」
音がするほど反応する者が多い中、ネクロン先生も驚いた様子でラトラスを見た。
「今はそんなのもあるのか。酒には興味なかったが今度飲んでみよう」
なんか腕に当たると思ったら、ラトラスの尻尾が巻きついてる。
見ればラトラスを狙うように見すえる先輩たちがいた。
どうやら売れる錬金術として目をつけられたらしい。
反応してるのは僕が初対面の人ばかりだから、留学中にクラスメイトを見てくれてた先輩たちは知ってたみたい。
これはあえて言わなかったとかかもしれないし、促した僕が悪かったかな?
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