268話:惚れた腫れた3
「っていう感じだったよ」
僕はヒノヒメ先輩とチトセ先輩との会話の様子を、屋敷で話す。
聞くのはウェアレル、ヘルコフ、イクト、ノマリオラ、ウォルド、テレサの六人。
「本来の目的はルキウサリアの錬金術の度合いを測ること。そして僕がルキウサリアにいる時といない時を知ってるから、確実に僕が起点だということも察してる」
「その上で、今はイクトどのに目移り状態と?」
「やめてくれ」
苦笑するウェアレルに、イクトがげんなりしてしまっている。
けどヘルコフはあまり問題とは思っていないようだ。
「それで殿下の目くらましになれそうならいいだろ」
「いえ、主要国の姫君との婚姻の話なのですから、そのような認識では問題があるかと」
ウォルドは真面目に忠告するんだけど、イクトはそこ以前の問題らしいんだよね。
「あちらの姫君はもうすぐ学園からも籍を失くす身の上。その後のことはどのような身の振り方をされるかが重要なのでは?」
「あ、そうか。就活生というのももう今年だけ。それにロムルーシに逃げるというのもご主人さまが代わられたから」
ノマリオラの冷静な指摘に、テレサは手を打つ。
「一応、残るために図書館の仕事引き受けるつもりはあるらしいよ。けど、すでに国に戻りたくないって他の貴族の就活生がやってて、そんなに人いるかわからないから、別口で仕事を探すことも考えてるって言ってた」
そもそも衰退した錬金術に関する書籍なんて残っている数は多くない。
というか古い所には整理もされず残ってるけど、それ以外、整理の人手が十分な図書館ではすでに廃棄された後だ。
亡くなった錬金術科関連の人の遺品も、大抵は整理されて処分しているし。
だから書籍の整理もルキウサリアでの滞在を伸ばせるのは数年のことで、職業というには期間限定。
ネクロン先生が取り上げなかったのもそのせいなんだろう。
さらに言えば、封印図書館を活用するために錬金術師を集めるにしても、主要国の王族なんて危なくて使えない。
「それでも、ニノホトに帰る気がないのは本当らしいよ。イクトが僕と一緒にルキウサリアを去るとわかってるから、帝都で働ける場所を今から探すのもありって言ってた」
「そこまで…………」
イクトが距離詰める算段を確実にされてることで引きぎみになってる。
ヘルコフはイクトを気にせず、話を進めた。
「それ、ニノホトのお姫さまは封印図書館のことはいいんですか?」
「入学体験から今日まで二年くらい静穏だったし。封印図書館は開いたかもしれないけど、すぐさまの暴走なしってところかも」
「逆に要警戒とはならないのでしょうか?」
ウォルドは慎重に、ヒノヒメ先輩たちの裏を勘ぐる。
「向こうからすれば百年くらい前に贖罪の旅が終わってる。けどこっちは八百年も前のことなんだよ。その間に錬金術が廃れて封印図書館とも関連づいてないのはわかってるはず」
「そうであれば、下手に事実を告げて掘り起こされるわけにはいかないと、あえて触れない方向も考えられるわけですね」
ウェアレルも教師として面識があるからこそ、正面からぶつかるだけの相手ではないとわかってるようだ。
セフィラが読み取った本心としては、焦りなし。
もしかしたら封印図書館については国外へ出るいい訳や、イクトに声をかけるためついでの用事を口にした可能性さえある。
「女性としては、結婚して地位を安定させるっていうのも大きな魅力なのかもね」
「あぁ、なるほど」
そこでイクトが落ち着きを取り戻した。
若い女性に一目惚れだと迫られたことで思いの外動揺していたため、理解できる打算があると思えば冷静になれるようだ。
「だったら、結婚をしたくて、そんな時に好みの殿方が目の前に現れたなら、確かに運命的なものを感じてしまうかもしれません」
ちょっと夢見るようにテレサが言った途端、イクトの表情がまた渋くなってしまった。
あまりな反応に、僕はこの中で一番早くイクトと出会っているヘルコフを手招く。
「イクトって、女性関係で失敗したことでもあるの?」
「いやぁ、心当たりと言えば、貴族になる時にできた婚約者が、多額の借金抱えて家ごと没落して放置されたくらいですね」
聞けば成り上がりもののイクトの後見人でもあったそうで、相手が家ごとなくなって派閥も何もないイクトだけが遺されたそうだ。
それでも宮中警護に就職だけはできてたからやってたら、顔見知りの軍人が皇帝になって、僕の警護にという流れだそうだ。
「そう言えば、イクトどのの狩人時代の話では、よく助けたお嬢さんに粉をかけられるというようなものがありましたね」
「え、僕そんなの聞いたことないよ、ウェアレル」
どうやら子供相手とその手の話は避けられていたらしい。
というか、そうして一目惚れといわれるの初めてじゃないようだ。
「なのになんでヒノヒメ先輩は…………あ、それこそお姫さまだからか」
狩人として粉かけられる女性はそんなに身分が高くない。
ところが生粋のお姫さまが一目惚れと言い出した。
しかも魔物を倒したとか助けたとかもない、ただの試食会で。
さらに貴族相手との打算前提の婚約が反故にされている経験上、求婚に打算があると考えるけれど、何一つない本当にただの一目惚れ。
お姫さまがそんなことするか? なんて疑問ばかりが先に立って混乱。
そのせいでヒノヒメ先輩が理解不能な人物に見えてるのかもしれない。
「では、良い餌があるのですから、錬金術科卒業生二人をご主人さまの利となるよう仕事を与えてはいかがでしょう?」
ノマリオラがいうそれね、うん、考えなくもなかったんだよ。
「でも、イクトの問題だしなぁ」
「いえ、いっそ使ってください。相手にお断りの意思を告げることさえ憚られる相手なので、アーシャ殿下の利になるのならばそのほうが仕事と割り切れます」
イクト的には故郷の雲上人とでもいう存在。
いくらこっちでは貴族だからって、手が届く相手じゃないという認識らしい。
だから、側に寄られても困るけど、そこに僕の利益になる存在という仕事上の位置づけができればいっそ気が楽になるようだ。
「朴念仁」
「姉さん!」
ノマリオラの正直な感想を、テレサが窘める。
「…………レーヴァンだったら笑ってあしらいそうだよね」
思わず言ったら全員が頷いた。
いや、イクトはすごく不服そうな顔してるだけだ。
「ご主人さまはニノホトの姫君の活用法をお持ちですか」
「ノマリオラ、言い方。まぁ、確かに錬金術の腕惜しいと思ったし、良い生まれというのも今の僕には他に求められない優位性だ」
使えるかと聞かれたら、ヒノヒメ先輩とチトセ先輩は使える。
けど、第一皇子だから命令するなんて権限はないし、そもそも他国の王侯貴族。
僕と懇意だとかなると、逆に迷惑がかかる可能性が高い。
「イクト、イクトをだしに使っていい?」
「ご随意に」
別に結婚しろなんて言わないし、イクトが心底嫌がるようなアプローチをするようならヒノヒメ先輩を止めるつもりもある。
けど、今はわからな過ぎて困ってるだけだったら、お互い理解を深める期間を作って、その間に働いてもらえないかと思ったんだ。
「その後に定住するか、次の仕事の足がかりを作れてるかは、先輩たち次第だ」
僕が方針を決めたことで、側近たちは耳を傾ける姿勢を取る。
後はヒノヒメ先輩たちと会うことを決めて、その準備と落としどころを指示する。
そしてヒノヒメ先輩をこの屋敷に呼ぶことになった。
「そちらのお席へどうぞ」
「まぁ、ニノホトの文化にご配慮いただいてもうて」
招いたヒノヒメ先輩を室内へ案内するのは屋敷の執事。
勧められた席を見て、ヒノヒメ先輩は笑う。
用意したのは薄布を重ねて御簾の代わりにした中に据えた椅子。
さすがに畳とかは用意できなかったからね、お互いに姿がはっきり見えないようにするだけ。
これはヒノヒメ先輩のほうの文化を重んじたように見せかけて、僕の顔を隠すためだ。
「第一皇子殿下が参られます」
教師なんだけど、ウェアレルが完全にこっち側として対応する。
僕はヒノヒメ先輩の後に入室し、御簾から十歩も離れた椅子に座った。
そこから執事が今回の集まりの趣旨を説明し、足を運んでくれたことを感謝。
ウェアレルと交代すると、ウェアレルは僕の代弁として語りだす。
「まずは従者であるチトセ・ワカヒト・イトーどのにお礼を…………」
今回呼んだ表向きの理由は、魚料理のレシピのお礼。
ウェアレルが代弁してるのは、もちろん僕は声を出すとばれるから。
その上で、すでにセフィラがヒノヒメ先輩がイクトのことしか見てないと教えてくれた。
いいのかな、それで。
いや、これでもうヒノヒメ先輩に裏はないと確定したと思えばいいのか。
考えてみれば十七歳の恋する乙女。
勘ぐりすぎていたみたいだ。
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