267話:惚れた腫れた2
僕は翌日も登校した。
午後の授業を終えると、クラスメイトと別れて就活生の教室へ向かう。
留学前には講師が来るまでの間、クラスメイトの学習を助けてくれるようお願いした。
今はもうネクロン先生がいるから登校してなくてもいいはずだと思ったんだけど、けっこう来るようになってるらしい。
だからヴラディル先生が上級生と就活生を受け持って、ネクロン先生が僕ら新入生を受け持つ割り振りにもなってる。
そんな話を、ネクロン先生の跡継ぎだという馬の先輩に聞いた。
授業でウィレンさんと一緒に助手してたんだよね。
(赤兎馬みたいな人だったな)
(説明を求める)
(前世の有名な赤い馬ってだけだよ)
見てわかる筋肉質な赤い馬の獣人だったんだよね。
どうもネクロン先生、錬金術で私塾を開いただけじゃなく、海賊の島自体に産業を興して就職先まで作ってっていうとんでもない地元名士だった。
就職先がないなら作るを実践した上で、もう離れても大丈夫なくらい産業として回せるよう整えていたらしい。
「失礼します。チトセ先輩いらっしゃいますか?」
「あらぁ、アズやないの」
僕が声をかけると、ヒノヒメ先輩が応じる。
チトセ先輩もいるけど、他の就活生はいないようだ。
「どないしたん? そや、ロムルーシどうやった?」
「はい、偶然ですけど昔の錬金術師の遺構を見たりしました」
「面白そうだ。詳しく聞かせてくれないか?」
なんでもないようにチトセ先輩が興味を示すんだけど、セフィラ曰く反応あり。
ロムルーシ行きは結婚から逃げるとか言ってたけど、実際は違うのかもしれない。
「それはまた今度。先生のほうにレポート出してます。長くなるんで、その内教材としてレポート回されるそうなので読んでから」
「それは楽しみやわぁ」
「そうか。じゃあ、どんなのかくらいは今の内に聞けないか?」
ヒノヒメ先輩は退くけど、チトセ先輩は探りたいらしい。
「魔物を家畜化しようとした実験場と、放棄された工房でヴラディル先生が復活させたのとは別の小雷ランプがありました」
事実を告げると、セフィラは反応的に確信を得られずにいるという。
話の振りは反応見るためだけだし、次の話題に行かせてもらおう。
「それで、その家畜化しようとした実験場で、硝石を得られたのでチトセ先輩からいただいた入れ物に入れて持ち帰ったんです。そのお礼を言いに」
「硝石を? そんな希少なものを、すごいな。怒られることは?」
「いやぁ、場所がすごい糞害の起きてる激臭の中だったので。獣人の人たちはそれどころじゃなくて」
「上手くやったんやねぇ」
硝石は火薬の材料で、つまりは消耗品。
戦争をするならいくらあっても足りないし、だから硝石が産出される場所は厳しく管理されてる。
「少しわけてもらうことは?」
「チトセ先輩からいただいた入れ物で持ち帰ることもできたので、危険な用途でなければ。やっぱり火薬自作するんですか?」
硝石は水溶性だ。
自然界にあると雨で流れてしまうので、朽ちていたとはいえ、牛舎に残っていたのは幸運だった。
「手投げだから威力は知れているし、本気で怪我をさせても問題だからな。自作して調整している」
とか言いつつ、セフィラ曰く、本気で殺傷能力持たせた武器も持ち合わせているそうだ。
これは本格的に留学のためだけじゃないな。
もちろんわける硝石も武器にされても怖いから、おすそ分け程度。
「そう言えば、エフィが増えてました。それでヒノヒメ先輩には魔法で敵わなかったと。名前の通りですね」
「あれ、氷は火に弱いとは思わんの?」
「まさか。正面から同規模の火と氷ぶつければ、怪我するのは火の魔法を放ったほうですから」
火は霧散するけど、氷は溶け残ればそのまま礫よろしく物理攻撃になる。
火は燃える芯の部分がなければ自然に消えるんだから強さで言えば氷だ。
「世間で火に弱いと思われてるのは、高度すぎて薄い氷しか張れない魔法使いがいるからじゃないですか?」
「あらぁ、ようわかっとるわぁ。うち幼い頃から氷作る魔法しか使えへんの。やからお氷室さまやとか、氷の姫やとか呼ばれてん」
「それで言うと、チトセ先輩は千歳という名に意味が?」
硝石を自前の入れ物に移していたチトセ先輩が目を上げた。
「うちが千歳守という役職を受け継ぐ家だったから、千歳の坊ちゃんやら千歳の倅と呼ばれていた。そこから馴染みは千歳と呼んで、成人してからも千歳守を名乗るようになってるからもう個人の名前のように使われてる」
つまりはあだ名なのか。
それで言えば氷の姫もあだ名だ。
ニノホトの文化的には、個人名よりもあだ名のほうが日常的に使うってことか。
そうなると、イクトのニノホトの名前であるイクザエモンも、あだ名なのかな?
ま、そろそろ本題に入ろう。
そう思ってたら、ヒノヒメ先輩がずいっと近づいて来た。
「アズ、うちもな、聞きたいことあるんよ」
「な、なんでしょう?」
答えたらパッと笑って。
「帝国貴族の落とし方教えてくれへん?」
「はい?」
「ちょ! 見境くらい持ってください!」
チトセ先輩が止めるけど、これはこっちから探るよりも乗ったほうがよさそうだ。
「えぇと、留学交代したからには、結婚関係に不満があったことは知ってます。でもそう聞くってことは、誰かお相手が?」
「そうなんよぉ。年上の海人っていうんはうちの好みなんやけど、身分差ありすぎてもなんやし、異文化に理解がのうてもな、夫婦生活困るんよ。けどあのお方は…………」
「アズ、まともに聞かなくていいからな」
またチトセ先輩に止められた。
けど気にせずヒノヒメ先輩は目の配り方だとか、足の運び方がただものじゃないとか。
うん、イクトのことなんだろうね。
「あれは、病気だ」
「不治の病ってやつですよね?」
ちょっとふざけたら、チトセ先輩は苦い表情になってしまった。
「相手に問題でもあるんですか? ヒノヒメ先輩が言ってるのが本当なら願ってもない好条件では?」
「帝国貴族ならわかるだろうが、第一皇子の側近だ」
「あぁ、えぇ、まぁ…………」
やっぱりそこがネックかぁ。
そんな話をしてたら、ヒノヒメ先輩がまたにじり寄って来た。
「なぁ、どんなんが帝国貴族を口説く常識なんやろ?」
「え、えっと、上からの紹介、だと思いますけど」
「やったら第一皇子にお話させてもろて」
「えぇ、そこいきます?」
「他に伝手がないにしても、無理ですからね」
驚く僕に頷きつつ、チトセ先輩が止める。
(チトセ先輩の本心は?)
(本末転倒と)
そりゃそうだ。
イクトが漏れ聞いた言葉から、ニノホトの錬金術に関係していると思う。
そしてヨトシペが知っていた八百年前の天才の技術を継いだ錬金術師たちの贖罪の旅。
行きつく先がニノホトで、神職が封印しているとか。
それを考えればヒノヒメ先輩とチトセ先輩がわざわざ錬金術科に入学したのは、封印図書館の現状を調べるため。
そして第一皇子がルキウサリアに現われてから動きが出て来たことを考えれば、第一皇子こそ探るべき相手になるはずだ。
(なのに、イクトに求婚するために第一皇子に近づこうって)
(封印解除者に対して敵対的であると推測。排除しますか?)
(それは勿体ないんだよね。ウェアレルから錬金術科の生徒の成績や個人的な研究内容見せてもらったけど、市井の錬金術師よりましだし)
半年の間に、錬金術科の全員がエッセンス作りを習得したそうだ。
その上で配合や薬を生成したり、新たな配合を実験している生徒もいるとか。
個人では、チトセ先輩はウー・ヤーと一緒にアダマンタイトの構成成分を談義。
ヒノヒメ先輩は小雷ランプから魔力を込めることで動く冷蔵庫のようなものの試作。
それとは別に二人とも薬の調合は安定的にできる。
「ヒノヒメ先輩の希望と、チトセ先輩の懸念はわかりました。まずお二人は、国に帰らずどうなさるつもりですか?」
なんだか面接官みたいな問いが出て来たけど、ヒノヒメ先輩は気にせず両手で頬を包んで身をくねらせる。
「そら、結婚してぇ」
もう止めることも諦めたチトセ先輩は、処置なしと首を横に振ってしまったのだった。
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