265話:錬金術科の新顔5
ネクロン先生の授業が終わると、教えないというとおり僕には課題は出されなかった。
採点の手間さえかけないつもりらしい。
「アズー、課題教えてぇ」
「アズー、橋ってどうやって作ると安い?」
「課題は自分でやろうね、ラトラス。で、ネヴロフはそれ僕に聞くことじゃないと思うよ」
しかもここまだネクロン先生の研究室だよ。
「課題は自分で取り組め。出せばいいってもんじゃない。そこ二人は特に文章を書くことに慣れろ。理論的に考えることを覚えろ。正解不正解以前のレベルだ。まずは数をこなせ。あと、聞くべきは橋の作り方じゃなく、水利だ」
「ロムルーシの宮殿の水利システムなんてよく知ってたね。しかも今じゃもう動いてないんでしょ。アズはどうして知ってたの?」
留学のレポートを片手にウィレンさんが聞いて来た。
たぶん海賊の島の出身というからには海賊が親なんだろうけど。
はすっぱな感じがする程度でネクロン先生よりも口は悪くない。
ただ貴族令嬢が多い学園では確実に浮くだろう気安さがあった。
「観光名所を紹介する、古い本を見たことがあって。そこに書いてあったんです」
「面白そうね。手元には持ってないの、アズ。こちらも新しい謎かけがあったわ。見る?」
「自分は港町の様子教えてほしいな。そこの魚を食べる機会があったんだ」
イルメとウー・ヤーも半年の間に話したいことがあるらしい。
けどそこにエフィが神妙な顔で声をかけて来た。
「すまん、待ってくれ。ネクロン先生も。…………アズ、俺と手合わせをしてくれないか?」
「えっと、それはどうして? っていうか、僕魔法は得意じゃないよ」
「俺は魔法を使うが、アズには錬金術で対処してほしい。魔法への対策を考えたのは、アズだと聞いてる」
真剣に頼んでくるエフィからネクロン先生を見ると、近くの窓を指す。
「そこから見える範囲でやるならいいぞ」
どうやらここから動く気はなし。
それにラトラスも呆れる。
「それ、監督って言えるんですか? 魔法使って私闘駄目だから見てもらうのに」
「私が一緒に外へ出て止めるわ。せっかくいい稼ぎなのに、まだ辞めたくないし」
けっこう現金なウィレンさんだけど、他に文句を言う人もいないようだ。
これは応諾するしかないか。
「今すぐってなると、僕は大したことできないけど?」
「どれくらい待てばいい?」
「うーん、僕も魔法使うから、エフィも錬金術使っていいとか?」
「…………そうか、それで俺に勝てると思うんだな」
本当にやる気みたいだし、だったらこっちも事実を告げよう。
「うん、勝てるよ」
「上等だ」
エフィは、いっそ笑うと勇んで外へと出る。
僕たちはネクロン先生だけを置いて外へ。
校舎の窓を見れば、ちゃんとネクロン先生の姿を確認できた。
「安全面を考慮して何を持ってるか、聞いてもいいかな?」
言うとおりちゃんとするつもりのウィレンさんに、僕は手持ちの物を取り出して見せる。
「文具、杖と、エッセンスとエッセンスを使った薬。後は…………硝石」
「なんでそんな物を持ってるの?」
僕が取り出す茄子のような形の密閉容器を見て、ウィレンさんが目を瞠る。
「いやぁ、ロムルーシで手に入れられて。保存容器に使ったこれ、先輩からいただいたものだったんで見せようかと思って」
硝石と言えば火薬に使うこともできる鉱物で、希少品でもある。
燃やす前に、牛の魔物の厩舎の残骸に付着してるのをセフィラに回収させてたんだ。
そしてちょうど火薬保存用だった容れ物に保存できた。
火薬の原料だけあってまともに手に入れることはできないし、エフィ相手にこれを使う気はない。
「こっちも杖、粘性を加えたエッセンス、それと…………霞扇」
「え、いいなぁ。どうしたの、それ?」
「…………氷魔法を得意とするニノホト出身の先輩にも手合わせしてもらって、健闘賞と言われた」
氷の姫の名前は伊達ではないらしい。
エフィに勝ったのか。
「だがこれは使わない。仕込まれた毒は俺が作ったものでもないから」
「僕、桶に水用意しようと思ったんだけど、自分が作ったもの限定にする?」
「いや、やり方を見たい。好きにしろ」
エフィは扱えないから使わない方針。
けど僕はやれるなら何でも使っていいそうだ。
それならお言葉に甘えて、さらに握り込める大きさの石もちょっと調達。
水を入れた桶の陰で一工夫として、石に凍りつくエッセンスの薬をかけておく。
ウィレンさんは気づいたけど何も言わない。
「あと、使っていいならちょっと協力お願い。ハンカチ持ってたら貸して?」
言って出すのはイルメ、ラトラス、さらにエフィまで貸してくれる。
ネヴロフが持ってないのはいいけど、ウー・ヤーが貸してくれたのは、ハンカチというには細長い手ぬぐいだった。
これはこれで使えそうだ。
僕はすぐに水桶の中にハンカチ四枚と手ぬぐいを浸す。
そして桶の縁にハンカチを並べつつ、またエッセンスの薬を仕込んでおいた。
準備が終わってウィレンさんを見ると頷いて指示を出される。
「それでは杖はしまったまま、道具からは三歩距離を。合図で…………始め!」
合図を受けると、エフィは杖を抜き、僕は回避行動を選んだ。
その間にエフィはこぶし大の火の魔法を五つ放ってきた。
半年前より早いし多い。
僕も回避しながら杖を抜き、水を操る魔法と風魔法を連続で放つ。
どちらも大した威力はないし、継続時間も短い。
派手で威力のある魔法が好まれる中では見向きもされない魔法だ。
それでも魔法を受けて濡れたハンカチが、水をまき散らしながら辺りを飛ぶのはとても邪魔だろう。
「こんなの…………うわ!? 的確に顔狙うのか!」
「ハンカチは何枚あったでしょ?」
火の魔法を放とうとするエフィだけど、集中力を乱すハンカチのせいで上手くいかない。
そこに僕は凍らせるエッセンスの薬で、冷やした石を投げる。
なんとか放たれた火を冷気で弱めつつ、石は突き抜けてエフィのほうに飛んだ。
さすがに当たると危ないから、エフィは石を回避する。
その隙に嗾けたハンカチ三つを、器用に避けたけど四枚目が襲った。
「ぶえ!?」
いい感じにビターンと、エフィの横面にハンカチが当たった。
濡れたハンカチが顔に張りついて、次の魔法は不発。
さらに適当に飛ばしまくる濡れたハンカチのせいで、続けての魔法も失敗。
ただ、それでエフィは活路を見出した。
「くそ、こんなの掴んでればいいんだ!」
顔に張りついたハンカチを片手に握り込んで僕が操れないようにできたエフィ。
だけど、一枚水とは別にエッセンスをしみこませたものを握ってるんだよね。
「熱!?」
「火傷しない程度だから、安心して」
それでも不意に熱を感じれば人間は反応しちゃう。
その隙に、火のエッセンスを手ぬぐいに染み込ませて飛ばす。
長さがあるせいで、手ぬぐいはエフィの顔に巻きついた。
「あつー!」
「はい、終わり」
長くて取るのに時間がかかるその間に、僕は距離を縮めて後ろに回った。
エフィに杖を突きつける形を取れば、ウィレンさんは頷いて手を挙げる。
「そこまで」
「く…………。ここまで手も足も出ないのか」
悔しがるエフィに、ウィレンさんは所感を告げる。
「まず勝敗の定義が違ったかな。これが殺し合いならアズも別のやり方じゃないと勝てないよ。けれど無力化が鍵。だったら火の魔法に固執するのが間違いだ。威力は高くても魔法の打ち合いじゃないんだから」
僕が言うことを、ウィレンさんが全部言う。
「当たらないと意味ないってことね」
「自分たちは魔法勝負をそのまましたな」
イルメとウー・ヤーにも心当たりがある固定観念だったようだ。
その横で、ネヴロフがだいぶ身長差のできたラトラスを見下ろす。
「だったら、ラトラスも行けるんじゃね?」
ネヴロフの無邪気な気づきに、まだまだ元気なエフィと目が合ったラトラスの尻尾がちょっと毛羽立つ。
「いやいやいやいや」
「よし、大した魔法も使えなかったし、俺はまだ行ける」
「えー!?」
僕が石や桶の片づけをしつつ離れると、エフィの狙いがラトラスに向いたようだ。
そしてそのまま二回戦に突入したのだった。
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