264話:錬金術科の新顔4
「それで、何があったんだ? アズ」
荒ぶるネクロン先生を横目に、ウー・ヤーが聞いてくるんだけど、なんでインク壷開けてるの?
「乗った船で食中毒が起きたんだよ。それで、トリエラ先輩にもらった保存食。あれが下痢止めに効きそうだったから船員に試してもらってから、乗客に回してもらったんだ」
「あれ、腹持ち良くさせるって言ってなかったっけ。薬だったの?」
ラトラスは聞きながら、何やら手元でペンを動かしてる。
「腹持ちを良くするために、お腹の中に留まるよう工夫されてて。ちょうど状況とか合ってたから、薬代わりにしたんだ。で、試してもらった船員が、ネクロン先生のお父さん」
「誰がお父さんだ! 気色悪い!」
怒られた…………。
っていうか、手紙知らんふりしてあの船乗りエルフ自分が書いてるんじゃん。
「それで、手紙にはアズがなんとあるのですか?」
イルメは気にせず、手紙を持つウィレンさんに声をかけた。
「水に中って死にかけたところを救われたみたい。そしてこちらで航海の安全を願って女神の首を食べたとかなんとか? それにあやかって船を作る時にはそういう名前をつけようとしてる?」
「女神の首? なんだそれ?」
「あぁ、あれか。アズ食ってたな」
ドン引きのエフィの隣で、ネヴロフが懇親会のことを合点して物騒なこと言ってる。
「そのまま海の藻屑にしておけば良かったんだ、あんの海賊」
「それ、廻船ギルドの人に言ったら怒られません?」
聞いたら鼻白んだ様子でネクロン先生は僕を見る。
「命の恩人に便宜を計れと書いてある。あいつを海賊と呼ばないことで義理果たしたことにするぞ」
「はぁ、別にいいですけど」
受け入れたのになんで舌打ち?
困っているとウィレンさんがなんでもないように言う。
「海の男が立ち寄った港の女に手を出して子供産み捨てなんて珍しいことでもないから気にしないでいいわ。ネクロン先生も、父親捕まえてお金むしり取って学園に入学したんだしもう溜飲は下げてる。ただただ嫌いなだけよ」
とんでもないこと言ってる。
そう思ったのに、ネヴロフがもっととんでもないことを言い出した。
「あ、そう言えば馬の先輩に聞いたけど、ツィーミール島って海賊の島なんだってよ」
馬って? って思ったらラトラスが補足してくれた。
「就活生にツィーミール島出身の人がいて。その先輩が来年には島に戻って塾引き継ぐ予定だったんだって。それ聞いた学園が、講師としてネクロン先生雇ったって」
僕が会ったことない錬金術科の獣人先輩らしい。
そういう経緯で錬金術してる学生もいるんだなぁ。
相変わらず手を動かしてるラトラスを見てると、イルメが僕を突く。
「それで、便宜はどうするの?」
「いや、いらないよ。学外の人の戯言だし」
「お前は今、教室から出て行けと言われていただろう」
エフィが呆れた様子で便宜を図ってもらえと。
「そこはもう少しネクロン先生の教育方針聞いてからかな。やりたいことをやっておけというのはわかる。けど、こうして錬金術科に所属しているんだから、錬金術の授業を受けたいのが、僕の在籍理由でもあるしね」
「ふん、貴族の道楽か。確か長男だったな」
学生の基本情報として、何番目の子供かは知らされている。
そこは王侯貴族の通う学園だから重要だ。
長子相続だし、継嗣とその他兄弟となると身分差ができるからね。
公爵家の五男と男爵家の継嗣だったら、爵位に準じる扱いを受ける男爵家継嗣のほうが偉くなる。
公爵家でも五男ともなれば、貴族籍はあっても爵位を受けられないことも珍しくはない。
ましてや、本妻と妾の子が入学するなんてこともある学園だ。
どちらが先か知っておかないと教師のほうが困る。
ただ僕の場合、その辺りのカバーは用意してあった。
というか、ただの事実なんだけど。
「僕は前妻の子なので、家を出されることが決まっています。修道院送りにされるくらいなら、ネクロン先生のように私塾開くのも面白そうだと思っていますよ」
「長子は長子だろう? 家を継ぐよう血縁者の中で意見は上がらないのか? 乱すとその分軋轢も生まれるだろう」
貴族ではないけど準じる身分の生まれのウー・ヤーとしては驚きの状況らしい。
「母方の実家の力の差があってね。変に争ってギスギスするより、僕は趣味をしたいんだ」
ラトラスだけが半端な笑みを浮かべてるのは、モリーに何か聞いてたかな。
これはディンカーの時にも使った言い訳だし。
ただ僕にも予定があるからそこはネクロン先生に言っておこう。
「ただ長子は長子なので、弟が幼い内は僕が表向きやらなきゃいけないこともあります。留学に行ってる間に溜まった実家の対処もあるので、午後からしか授業には出られません」
ネクロン先生はムッとしてるけど、どうやら授業予定は別にあるらしい。
「午前はこいつらに教養を教える必要がある。どうやっても予習しておかないと授業について行けないから朝から課外もしている」
礼儀作法は元より、貴族的な詩作や舞踏と言った授業の補てんをするそうだ。
生まれは海賊と腐す親の元でも、卒業生だから貴族的教養を教えることもできるらしい。
「卒業後に錬金術師として食っていくなら、確かにヴィーじゃな」
「ヴラディル先生の何が問題だとお考えですか?」
「あいつは魔法使いとしては一流だ。その上で錬金術に手を出した。その時点で半端にしかならん。さらには学生から卒業してすぐに教師。しかも当時の錬金術科の教師がすぐに辞めたせいでほぼワンマン。錬金術師という存在に対して知らなさすぎる」
錬金術師を名乗ってどんな職に就くか、何をすべきか、食べて行くには。
そうした視点が抜けているそうだ。
そんなネクロン先生の批判にウィレンさんがフォローを入れる。
「あの先生は学問として体系化しようとはしてるよね。教員をする中でけっこうな研究を纏めてるし。まったくだめってわけじゃないでしょ、ネクロン先生」
「ふん、結局はそれを発表する場もなければ、認められもしていない。現状、学者としてすら半端だ。どうも城のほうから仕事を回されているらしいが、教員という食い扶持さえ半端にするだけだろう」
うーん、反論できない。
どうやらネクロン先生は生まれの苦労もあって現実的らしい。
錬金術科で学ぶなら、それが卒業後の進路に繋がるべきだと思ってる。
そして上位の学舎がない以上、卒業後に目指すべきは錬金術師としての就職だ。
「貴族は結婚してようやく一人前と言われる。だが、市井では十歳頃から生涯の職を身につけるために働く。そして身について食べられるようになってから結婚して一人前だ。貴族側の社会で求められていない以上、錬金術師として市井で活動するしかない。今から卒業後を考えるなど遅すぎるくらいだ」
僕は参考にエフィへ聞いてみた。
「エフィは卒業後、魔法学科にいたらどういう進路だった?」
「俺か? 卒業後はレクサンデル公国の騎士団の魔法部隊に士官として入隊。長くても七年もすれば騎士の叙勲を受けて指揮官になる。結婚は、相手の家の意向もあるが、卒業して二、三年経てば確実か?」
妙に具体的なのは、そういう道を歩んだ人が身近にいるんだろう。
帝国の貴族的には珍しくない進路だと思う。
僕の父も卒業後に軍隊入りして、何年か勤めてから結婚してるらしいし。
そして一つ疑問に思うのは、ルキウサリア側から打診があるはずの仕事。
封印図書館については、ヴラディル先生も言ってないようだけど、図書館の錬金術関連書籍の捜索は聞いていておかしくない。
ただ発言を思えば仕事として認めていない様子だ。
その辺り聞こうとしてネクロン先生見ると、指を一本立てて止められた。
「アズ、お前が考えなしでないことはわかった。就学については好きにしろ。俺の授業に出てもいいが、お前の世話はしない。その上で、就職について相談があるなら受ける。ウィレンに言え。時間を調整する」
そして他のクラスメイトを見る。
「全く、予想どおり面倒な奴がいたものだ。授業時間が減る一方じゃないか。お前たちも姑息に時間稼ぎをするな。すぐに昨日の課題を提出しろ」
どうやら授業を始めるらしい。
というか、ラトラスとウー・ヤーがこそこそしてたのは課題か。
ネヴロフは言われて思い出したような顔してるし、提出するレポートの文字数が明らかに少ない。
何処で錬金術知ったとか、なんで私塾開いたとか聞きたかったけど。
みんなの邪魔するわけにもいかないからしょうがない。
そう思ったらネクロン先生は、ネヴロフのレポートを叩き返しつつ僕を指す。
「一枚埋める程度の文章力は他の教科でも必要だ。せめて体裁は整えろ。それと、お前が模索していた水道橋について、アズに聞け。ロムルーシで水道関係の遺構を調査している」
すごい勢いで振り返るネヴロフだけど、水道橋って僕がアーシャ名義で温泉の配水考えるよう言ってたやつだよね?
もうそれ、答え合わせみたいなものなんだけど、秘密にしてるししょうがないか。
僕も伝声装置で軽く進捗は聞いてたし、伝えたいこともあったからそこは話を振る手間が省けたと思っておこうかな。
定期更新
次回:錬金術科の新顔5




