263話:錬金術科の新顔3
レポートを提出した翌日、僕は午後の授業に出席した。
「え、教室移動あるの?」
「そうだぜ。なんかちっさい先生は移動面倒だからお前らが来いって」
ネヴロフの言葉に気になる単語があったから、近くのラトラスに聞き直す。
「講師の先生、小さいの?」
「細身だけど普通だと思うよ。なぁ、イルメ。エルフでもあれくらい普通だよな?」
どうやら講師はエルフらしい。
ウェアレルに聞けば教えてくれるんだけど、面白そうだし取り繕うの面倒だから、問題ないなら教えないでと言ってある。
「えぇ、中肉中背というには細身だけれど、普通だと思うわ。ラーフィアブドという名前の響きから、大陸南の出身みたいよ」
「なのに北の島で私塾? ちっさい以外になんて呼んでる?」
予想外の出生に聞くと、ウー・ヤーが応じた。
「ネクロン先生だな。小さく見えるのはにょきにょき成長したネヴロフだけだ。名前の呼び方で国柄が出るみたいだが、そのまま名前。南がどういう風習か、アズは知ってるか?」
「愛称はない感じで、親しいとあだ名じゃなかったかな? エルフも名前長いけど、竜人の国では名字が長かったはず」
僕が知る南の出身者は、帝都の商人モリーだ。
帝国軍に入ってたから、帝国風にモリーと愛称を名乗ってる。
商売に合わせて長ったらしくて発音しにくい苗字も、帝国風に改めて使ってた。
確か国許でのあだ名は、ミルハタールだって聞いたことがあったな。
由来は白い髪が塩みたいだかららしい。
異文化すぎてよくわからない感性だと思った覚えがある。
「呼び方を気にしなくていいなら良かった。それで、ヴラディル先生から助手がいるって聞いたけど?」
「それは海人の女性で、ウィレールという者だ。ウィレンと呼ばれてる。私塾のあったツィーミールという島の生まれらしい」
エフィの言葉から、たぶん平民なんだろう。
貴族らしく名前でそのまま呼ぶかどうか迷うな。
というか、愛称にするならヴラディル先生もヴィー先生って呼ぶかどうか。
うーん、思ったより半年のブランクが響く。
「あー、面倒くせぇ」
広めの研究室で待っていた赤い目をしたエルフのネクロン先生は、開口一番そう言った。
場所がら大学のゼミを思い出すけど、ここまでやる気のない先生は初めてだ。
「ネクロン先生。留学行ってた子も来てるんだからまずは自己紹介から」
「それが面倒くせぇんだよ」
助手だというウィレンさんに言われて、ネクロン先生は適当に手を振る。
ウィレンさんは黒に近い紫の髪に、青紫っぽい肌色で、ネクロン先生より身長がある。
ネヴロフがちっさいというのは、すぐ側に身長高い人がいるからかもしれない。
そうしてうだうだとするネクロン先生を放置で、ウィレンさんは僕に声をかけた。
「アズ、こちら講師のネクロン先生。ツィーミールで錬金術の私塾を開いていたのは聞いてる?」
「はい、よろしくお願いします」
僕が応じるとウィレンさんは驚いたように目を瞠る。
「貴族よね?」
「木っ端ですけど」
答えたらエフィが信じられないような顔をしてきた。
「お前、なんでユーラシオン公爵令息には偉そうなのに…………」
「別に偉ぶったつもりはないよ。ソーは同じ学生だ。けどネクロン先生は講師で、ウィレンさんは助手という教える立場だ。学生としての対応でしょ」
言ったら、ネクロン先生が不服そうに口角を下げる。
「貴族ならふんぞり返っておけ、わかりやすい」
「必要な場でならそうします。ですがここはそうではないと思ったのですが」
「やっぱりこいつ面倒臭い」
言って、ネクロン先生はぽいと紙束を机に放り出す。
それは僕がヴラディル先生に提出した留学のレポートだ。
怠惰に机に肘を突いていたネクロン先生は、椅子に深々と掛け直した。
「火は何故燃える?」
「そこに燃えるという反応をする物体があるからです」
「水は何故流れる?」
「流体として静止状態のない性質だからです」
「風は何故吹く?」
「温められると上昇し、冷却されると下降するからです」
「土は何故固まる?」
「それはちょっと難しいな。土自体が性質の違うもの同士の集合体ですが、固まるというなら、降り積もって上に重なって行き、下が圧を受けて押し固められるからでしょうか」
今聞かれたのは、四元素について。
あまり意味のある問答には思えないけど、ネクロン先生は盛大に溜め息を吐いた。
そして出口を指差す。
「お前は出ていけ」
「何故でしょう?」
「一人学習進度が違いすぎる。一緒にやるだけ他の学習の邪魔だ」
クラスメイトたちは驚いて何も言えない。
助手のウィレンさんもネクロン先生を見て驚いてる。
「すごいすらすら答えてたけど、そこまでなの、ネクロン先生?」
「教えるまでもなく理屈を自分なりに理解して言ってる。理解させるところからやるこいつらとやってるだけ、停滞だ。時間の無駄でしかない」
「一緒に学ぶことで気づきもありますよ」
僕が言うと、ネクロン先生は心底呆れた顔をした。
「大金払ってなれ合いするだけ無駄だろうが。お貴族さまの社交したいなら錬金術科に来るな」
ごもっとも。
どうやらこのネクロン先生、現実的なタイプらしい。
「卒業後は貴族として家に戻るなら、学生の内にしか錬金術はできない。だったら、ここにある設備でやりたいことをやり尽くせ」
「やりたいことはありますが、卒業して錬金術をやめるつもりはないので」
「続けられると思うな。錬金術じゃ食っていけないぞ」
すごく実感のある言葉だ。
実際、世の錬金術師を思えばそうなんだろう。
ヴラディル先生は卒業と同時に教師になった。
それに比べてネクロン先生は学園の外へ出て、自ら私塾を開いている。
ずばずばいうのはそれだけ苦労があったのかな?
「一度試しに授業を受けさせてください。知らないままでいるよりも知って納得したほうが後ろ髪も引かれない、し…………」
言ってたら、ネクロン先生が突然机の上にあったものに気づいた様子で、今まで以上に険しい顔をした。
そして次の瞬間、目についたものを掴んで盛大にゴミ箱に叩き込む。
びっくりしてると、ウィレンさんは何ごともなかったかのようにゴミ箱から一通の手紙を拾い上げて机に戻した。
というか、その封書見覚えあるんだけど?
「あの、それ…………ハドリアーヌで預かって来た手紙」
「あぁん!? こんなごみ持ってきたのはお前か!」
「えー?」
「気にしないで、アズ。ネクロン先生と仲の悪い父親からの手紙ってだけだから」
突然切れるネクロン先生に、ウィレンさんが即座に内情を暴露。
すると今まで口を挟めなかったクラスメイトたちが声を上げた。
「手紙だってただじゃないのに勿体ない」
「封切ってないよな。内容気にならないか?」
商人らしくお金を気にするラトラスと、故郷を離れてるせいか手紙自体を楽しみにしてるネヴロフ。
素直な二人の後に、エフィが貴族らしい指摘をする。
「そもそも大人として封も切ってないのは不躾すぎるだろう」
それに頷きつつ、ウー・ヤーとイルメも思ったことを口にした。
「血族としての連絡事項があるかもしれないのに」
「仲が悪いから捨てるなんて子供じみてるわ」
そう子供に指摘されて、さすがにネクロン先生も言い返せず口を引き結ぶ。
逡巡していたかと思うと、盛大に舌打ちをして乱暴に封を破り中を見た。
そして即座にゴミ箱へ叩き返す。
「お前のことじゃねぇか、アズ!」
「えぇ? こ、心当たりないんですが?」
僕が戸惑っている内に、ウィレンさんがごみ箱から拾って中身を確認する。
「おや、アズに命を救われた? へぇ、自分の船を…………女神の首喰号?」
ウィレンさんも疑問を顔に浮かべて僕を見る。
すごく耳に残る単語だし、思い浮かぶ船乗りエルフの顔がある。
「あの、それって、その手紙を届けるよう頼んだ船乗りのエルフ?」
「えぇ、その方であってると思うわ。ネクロン先生の父親よ。本当に命を救ったの?」
「余計なことをして!」
「えぇ?」
親子関係はともかく、どうやらネクロン先生はあの船乗りエルフの息子らしかった。
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