261話:錬金術科の新顔1
半年ぶりに登校すると、予想外の新顔が増えていた。
ラクス城校魔法学科の新入生、ハマート子爵令息のエフィだ。
第一皇子にやり返されて以来、どうやらいじめられっ子の立場になっていた。
それでもへこたれない気の強さはあったはずなんだけど。
「念のために聞くけど、魔法学科から追い出されたとか?」
「それはない。言い出したのはテスタ老だ」
なんでだよ。
その手の報告なにも受けてないよ?
ヨトシペの身体強化を呪文にする相談とか、半年の成果の報告とかの話しかしてなかったはずなんだけど?
「何がどうなって編入することになったの?」
「その、また錬金術科に再戦する時もあるかと、対策のため魔導具に関して知見を得ようとしていたんだ」
教室の椅子を集めてそれぞれ座って話を聞くに、エフィは向上心旺盛なようだ。
僕たちが道具を使ってたから、エフィのほうも道具で対抗しようと考えた。
けど使ったことあるのは、手に持てる程度のものばかり。
僕たちが持ち込んだ樽ほどの大きさなんて触ったことない。
「だから魔導具に詳しいっていう、教養学科のユキヒョウの獣人の教師に教えを請うた」
思い浮かぶのはウェアレルの旧友で、九尾の賢人と呼ばれる白と黒の教師。
最近その名を聞いたのは、ヨトシペが魔導具の核になる石を握り潰したという話。
「連日教えを請いたいと願ったが、色々理由つけて断られてた」
「そういうのいいの? 学科違うでしょ?」
エフィに聞くとイルメが答える。
「教師個人の助手となって、学生の時分から研究の道に行くことはままあるそうよ。学生助手と呼ばれると聞いたわ」
「ただ俺は学生助手じゃなく、個人授業を希望してたからな。そこは教師側の厚意に頼る形になるから、相手を説得するところからになる」
エフィとしてもすぐ応じてもらえるとは思ってなかったそうだ。
ところがある日、その場面にテスタが居合わせ、何をしているのかを聞いたとか。
そしてエフィは怒られる覚悟で、錬金術に対抗するためと答えた。
それにテスタは怒らず、それどころか対抗するならまず知れと、錬金術科への編入をあれよあれよという間に決めてしまったらしい。
「学習内容をレポートで提出とかしてるらしいけど、相手、薬学科の人なんだよね」
ラトラスが苦笑いで、半年エフィがやってることを教えてくれた。
どうやらテスタが錬金術への興味から、授業内容を報告させる手駒にしたようだ。
「それは別にいい。変に睨まれるよりも権威とは懇意にしていて損はない。元より二度も錬金術に負けて立場がなかったのだから、いっそ渡りに船だ」
エフィはどうやら貴族らしい考え方で、目の前の苦労よりも後々の縁故を取ったらしい。
「いっそこの経験を力にして、魔法学科に戻ってやる」
「身体強化以外はやるもんな、エフィ」
負けず嫌いな決意に、ネヴロフが呑気に笑った。
けどそれにウー・ヤーが異議を唱える。
「身体強化魔法でネヴロフが負けないのは、ぐんぐん大きくなったからだろう。それに、エフィは出力が大きい代わりに扱いは雑だ。技術なら自分のほうがまだやれる」
おっと、ウー・ヤーも負けず嫌いかな。
というか、僕がいない間に魔法で勝負したんだ?
もう一人の魔法使い、イルメを見ると興味なさげ。
「戦うことに特化した魔法の使い方とは言え、身ごなしはおぼつかない。森で弓矢があれば私が勝つわ」
森という遮蔽物と飛び道具、そしてそれらと相性のいい風の魔法なら、確かに負けないだろう。
ただ、開けた場所で向かい合えばイルメは不利らしい。
「エフィの編入の理由はわかったよ。それで、僕に説明してくれって何を? 僕も半年離れてたから学業だと手伝えることないと思うけど」
「いや、普通に錬金術を教えてくれ。半年やって未だに要領を得ないんだ」
エフィは負けず嫌いだけど、無駄なプライドを抱え込む気はないようだ。
素直に教えを乞うエフィに、ラトラスが取り成すように続ける。
「俺たちもマナーとか教えてもらったから、手伝おうとしたんだけど上手くいかなくて」
「そうなるって結果はわかるんだけど、なんでそうなるかが言葉で言うの難しいんだよな」
体の成長に伴って、尻尾がもはやモップなネヴロフも手伝おうとしたらしい。
ただウー・ヤーとイルメは別の視点で問題点を上げる。
「四元素説とかのあたりで詰まってるようなんだが、こちらでは何故わからないのかが、わからない」
「魔法でも四元素説はあるというから、理解できると思うのだけれど」
「あ、そこか。だからだよ。魔法で使われてる理論と元は一緒だけど発展が違うんだ。だから魔法の理論で考えると錬金術の上では違ってくる」
以前ロムルーシ行きの船で、ソティリオス相手に話したことと同じ説明をする。
「魔法だと属性は属性として考える。けど、錬金術だとその属性に含まれるものは何かってところを考えるんだ」
「…………少し、理解できた、気がする」
難しい顔だけどエフィは考えながら頷く。
「確かにアズに聞くのが一番だな」
「だろ?」
「ネヴロフ、僕だって学生なんだから。そこは自分で学習するのも」
「それが、講師が来てからだいぶ難しい内容になってるんだ」
僕が頼りっぱなしの危険性を正そうとしたら、ウー・ヤーも困り顔だった。
ラトラスも猫の耳を下げて訴える。
「ヴィー先生は理論の説明だったんだけどね。実践交じりで状況を想像して答えろとか、地形に対する考察をしろとか、だいぶ難解なんだよ」
「ヴィー先生が忙しくしていることもあって、今は私たちに教えるのは講師が主にやってるわ。教育方針が違うらしいの」
どうやら講師はヴラディル先生のやり方で学んで来た上級生を丸投げ。
代わりにまだ錬金術をやり始めたばかりのクラスメイトたちに自分なりのやり方で教えているという。
ヴラディル先生とは違うというなら、それはそれで興味が湧く。
「そうなんだ。授業受けるの楽しみだな」
「午後から受けるのか?」
エフィはどうやら半年前の動きを知ってるようだ。
留学前には、講師が来る頃には一日受けられるようになるだろうと思ってた。
けど留学に行ったこともあって、半日授業はこれからも続けることになってる。
「そのつもりだけど」
言いさしたところで教室にノックの音が響く。
僕がドアを閉め忘れて話し込んでいたから、振り返ると来客の姿が見えた。
「ソー、どうしたの?」
「アズロスが登校したと聞いてな。レポートを提出するのだろう? 錬金術科教師の見解を聞きたい。同行させてくれ」
ソティリオスはまだ登校してなかったはずだけど、聞いたって、誰か張らせてたの?
まぁ、エフィにも取り巻きいたし、ソティリオスにいないわけないか。
血縁や家同士の繋がりで、アクラー校に伝手あってもおかしくないし。
そう思ってたらソティリオスが教室を見回す。
「一人多くないか?」
「あぁ、うん。留学してる間に編入生増えたんだって。ハマート子爵家のエフィだよ」
「お、お初にお目にかかります」
紹介した途端、エフィはソティリオスに向けて、上位者への礼を示す。
どうやらソティリオスの顔と名前知ってるようだ。
逆に帝国の大貴族嫡男を他は誰も知らないらしく、クラスメイトたちは無反応。
だから掻い摘んで身分と留学同行のことを話した。
ソティリオスのほうにも、魔法学科の小競り合い含めてエフィが編入した話をしておく。
「本物がいる時に喧嘩を売ったのか。運がないな。そうでなければ魔法で負けることもなかっただろうに」
そんなことを言うソティリオスに、クラスメイトたちは僕に視線を集めた。
「アズ、ロムルーシで何して来たんだ?」
「もしかして 向こうでも喧嘩売られたのか?」
「ロムルーシで面白い発見はあったかしら」
「実力見せたなら何かあったんだろ?」
「…………お前ら、ユーラシオン公爵家さえわかってないのか?」
ソティリオスへの反応がないことにエフィは額に拳を当てて項垂れる。
もちろん、反応のなさに驚くのはソティリオス本人もだ。
「聞いていた以上だが、まぁ、だいぶアズロスで慣らされたな」
ちょっと、僕関係なくない?
ソティリオス自身は気にしてないならいいけど。
まだクラスメイトと話したいこともあったけど、僕はソティリオスと一緒にヴラディル先生の所へ行くことになったのだった。
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