257話:ルキウサリアへ復学2
ナーシャと別れて、学園一行はハドリアーヌの宿へ入った。
ユーラシオン公爵家が別棟を丸々貸し切ると、僕もそっちに呼ばれる。
「人払いは済ませた。メイルキアン公爵家の秘宝を見せよう」
「え、いいの?」
「正直、他に働きに見合う返礼がない」
「お金とかは?」
「いくらの値をつけろと言うんだ。そっちのほうが難題だぞ」
実はロムルーシ滞在中の支出は全てユーラシオン公爵家持ちにしてもらってる。
僕が協力することを決めた時からずっとだ。
だから色々実験したけどパトロン的に出してもらってて、宿泊はもちろん移動の馬車も全てユーラシオン公爵家かイマム大公家に頼りきりだった。
正直、偉い貴族ってそれだけお金使うんだなって庶民感覚だと申し訳ないくらい。
それなのに、どうやら経過に対する経費は差し引かず、結果に対しての報酬で考えてくれるようだ。
「わかりやすく言えば、イマム大公の権威に値段をつけるようなものだ」
「あ、そうなるんだね」
僕が色々考えていると、ソティリオスが教えてくれた。
そう言われると、大貴族とは言え学生の身分じゃそんな大それたことできないし、親への報告も困るだろうと想像がついた。
「…………正直、イマム大公のほうに何か手がかりが伝わってないかとも思っていたんだ。だが、それもなかった今、秘宝について知れる機会は今しかないだろう」
僕が錬金術をしてる間に、ソティリオスはロムルーシで忙しく動いてた。
その中で先代イマム大公とも面会したそうだ。
秘宝のことを聞くも、トンネルを開ける破壊力があるとだけしか知らなかったんだって。
実際にどういうものかさえ、イマム大公家には伝わっていなかった。
「秘宝を見せる、もしくは調べる上で説明と解説を求める。それでもいいか?」
そう言われると悩むんだよね。
現状ユーラシオン公爵は政敵だけど、今までのやり方から、野蛮な暴力に訴えることはないとわかってはいる。
それでも破壊力を持たれるとなると、不安は不安なんだよ。
だから確認はしたい。
物によっては放っておいても、もう危険性がなくなってる可能性もある。
ただものによっては、使い方がわからなくなってるだけってこともあるんだ。
「一度形を見てから決めちゃ駄目? 僕が下手に理解したら、ユーラシオン公爵家が復元とかに手を出そうとするかなって不安がある」
「それは当たり前だ。だが、そうされたくない理由があるのか?」
「普通に危険だからだよ。関わる人間が」
「どういうことだ?」
「そこを説明するために、物を見たかったんだけど。…………僕が想定しているのは二種類。そのどっちか、もしくは両方。その内片方が、すごく危ない。製法が失われているなら、それに伴う危険について警告する内容も失われてるはずだ。下手に復元しようとすれば、それこそ錬金術が忌み嫌われるような被害が出る。ロムルーシで見たよりも、ずっとひどい被害がね」
僕の忠告に、ソティリオスは一つ頷いた。
そして一人だけ室内に置いていた侍従に片手を振ってみせる。
すると、侍従は部屋の隅に置いていた木箱を開けた。
取り出すのは二つの箱、しかも移動の緩衝材としておがくず塗れ。
さらに箱を開いても厳重に布に包まれて中身は見えない。
「これが、メイルキアン公爵家の秘宝だ」
「見せてくれるんだ。しかも二つ、なんだね」
「あぁ、アズロスの想定どおりにな。何処かでこうした文献を見たと言うなら教えてほしいものだが」
「そこは僕も許可を取らなきゃいけない人が出て来るなぁ」
前世だから知識自体に許可は取れないけど、言い訳に使えそうなのは封印図書館。
そのことをいうには国の許可が必要だから今は濁す。
ソティリオスのほうとしても、僕一人が関わるわけじゃないと知って考える様子。
それで警戒したまま、秘匿を続けてくれればいいんだけど。
「伝承によれば、どんな岩盤も掘り進める牙、そしてどんな山でも穿つ火と伝わる物になります」
侍従が布から取り出したのは、回すだろう丸いハンドルのついた棍棒のようなもの。
そしてもう一つは、正方形の木箱に焦げた導火線が取りつけられた、わかりやすい爆発物。
「あぁ、うん。わかった」
「早すぎないか?」
「いやぁ、船で聞かされてから考える時間はあったからね」
誤魔化しつつ、僕はセフィラに意識して声をかける。
(木箱のほうを走査して。火薬が湿気ってない? どう見てもこの保存方法、湿気対策してなさそうだし)
(…………走査完了。膨張している様子を確認)
(湿気ってるね。乾燥させれば使えそうだけど、そうすると次は自然発火が怖い)
(中にはおがくずが詰められています)
(うん、そこに爆薬になる薬品が染み込ませてあるんだよ)
ミサイル作ってた封印図書館にも、この爆薬であるニトログリセリンについては記述があった。
材料自体は自然界に存在していて、それらを化合物にすることでできる薬品だ。
封印図書館には綿に染み込ませての用法が遺されていて、熱と衝撃で爆発する危険性も遺されていた。
「気になるのは、メイルキアン公爵家がどうやってこの技術を知ったかだなぁ」
「メイルキアン公爵家からの伝承では、百年ほど前に帝室に仕える最後の錬金術師を引き取ったそうだ」
メイルキアン公爵家も帝室から別れた分家で、衰退しているとはいえ、錬金術の秘密を守るために引き取りを行ったそうだ。
そして最後の錬金術師の死と共に失伝したという。
それ以前からすでに衰退していたので、重用はされずにいたとか。
「引き取ったのも、かつてメイルキアン公爵が困った時にこれらの道具を与えた錬金術師の弟子の末裔だったからとか」
「その人に弟子は? というか、失伝して今までこれ管理できてたの?」
「あぁ、その者が製法は抱え込んで死んだそうだが、保存について必要な処置を施していたらしい。そして、もしまた作ると言うなら、クーファーメル領に問い合わせろと」
クーファーメル領、そこは帝室直轄の小領だ。
そして、錬金術師でなければ継げないと規定された土地だった。
ずいぶん前に僕に継がせるかどうかって話を潰されたことあったけど、帝位に関係する領地であると同時に、ユーラシオン公爵としても触ってほしくない土地だったわけだ。
「…………問い合わせた?」
「した。だが、すでにクーファーメル領もまともな錬金術師はおらず、技術の伝承もされていないことがわかっている」
「あー、そうかぁ…………」
「こちらとしても、何故アズロスが知っていると聞きたいんだが?」
「うーん、たぶんね、大本は八百年前で同じだと思うんだ。そこから錬金術師が枝わかれして、技術を継承していた。一つはメイルキアン公爵家に、一つはイマム大公領に」
「…………そしてそれとはまた別の枝わかれの先が、アズロスか?」
「僕は別かな。たまたま枯死した枝の先を見つけただけ。こうして繋がったのも、ロムルーシに行って色々知れたからだ」
「つまり、同じ物を知っているのか?」
「さすがに同じではないね。独自に発展した先がこれらだ。ただ根幹の部分が同じだから理解できるんだよ」
僕の誤魔化しを含んだ応答に、ソティリオスは考え込む。
「…………危険性について助言できることあれば聞きたい」
「こっちは絶対投げたり叩きつけたりは厳禁。山を崩す威力がその場で発揮される」
「それは、確かに言い伝えられている。だが、もはや使えないと聞いた」
「導火線が焦げてるけど火が付かなかったからでしょ? それは着火装置が使えないだけ。つまり安全に使える部分が経年劣化してる。これは、ただただ制御のきかない爆発物になってるんだ」
「はぁ、爆発するなどということは言ってないはずなんだが。火をつけたのは、領地で崩落事故が起きた時に、対処しようとして失敗したと伝え聞いている。…………もう我が家でも使い方が失伝してしまった、こっちの道具の使い方はわかるか?」
爆発物は危険と共に使い方も残されていた。
けど牙と呼ばれる道具は使用方法さえもわからず、ただ爆発物と一緒に使うことだけしかわからないそうだ。
手に取って眺めまわすと同時にセフィラに走査させる。
結果、想像していたとおりの用法で、前世と同じなようだ。
トンネル掘りにはダイナマイトを使う。
けど、その前にダイナマイトを仕込む穴が必要なんだ。
「これは、穴を掘る道具だよ。この先のほうに白濁した突起。これを牙に見立てたんだろうね。これは大抵の石よりも硬い石だから、これを使って掘り進めるんだ」
前世では働く車の動画で見たことがある、掘削機というものとコンセプトは同じだろう。
ハンドルを回してダイヤモンドを取りつけた牙の部分で岩盤を削り、ダイナマイトを仕込む穴を掘るんだ。
「そこまで話していいのか? アズロスにも諮る相手がいるんだろう?」
僕が興味津々で弄っていると、ソティリオスが心配してきた。
けどこれくらいならって思いと、再現不可の一回きりの使用だとわかっている。
何より、言ってもいいと思うところがあった。
「これを今日まで人に向けないことを良しとしたメイルキアン公爵家と、その志を継いで守って来たユーラシオン公爵家に対する敬意を払う。だから、自滅なんてことにならない程度には伝えるよ」
前世でダイナマイトは戦争の道具にされた。
けどこの世界ではそうならなかったんだ。
それは理性と自制心、善性と良心の賜物。
前世で失敗したノーベルが歴史に名を残したことを思えば、今日まで知られずにいたことが、すごいことだと思ったんだ。
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