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閑話51:イクト

 アーシャ殿下が留学されて四カ月ほどが経った。

 トライアンの港町まで私も同行し、そこから帝都へ。

 もろもろ雑事を終えてルキウサリアの屋敷に戻ったのは、半月前だ。

 ファーキン組のこともあって時間がかかってしまった。


「もう! 本当何してんですかあの皇子殿下!? 正体隠す気あります!?」


 叫ぶレーヴァンは、当初の予定では私の往復二カ月の間勤める予定だった。

 それが留学からの今日まで延長している。


 そしてアーシャ殿下から小型伝声装置の管理を任された。

 結果、新たな情報が入る度に頭を抱えているらしい。


「今度はなんだ?」


 音色で通信するため、音楽に対する造詣のない私にはわからない。

 すると、側で聞いていた侍女であるガラジオラ伯爵令嬢の妹が答える。


「レールという、鉄の、道? というようなものを、ロムルーシでイマム大公に提供されたようです」

「それはなんだ?」

「ソリ? という物を走らせるのだとか。馬車にも転用できるかもしれないとおっしゃっていました」


 レーヴァンからすれば、貴重な技術を他に回されたようにでも感じたか。

 アーシャ殿下からすれば、レールとやらの提供はその発想のごく一部だろうに。

 しかも無害なものに限ってのこと。

 その辺りの選び方は昔から一貫されているからな。


 レーヴァンが書き出した通信内容のメモを検め、ウェアレルが呆れた声をかける。


「鉄鋼資源の乏しいルキウサリアでの実験の難しさを理解した上で、イマム大公に肩代わりさせた形では? まして、橇なら平地での運用が視野。この山地の国には向かないということでしょう。騒ぐほどではありません」


 ウェアレルは授業も終わって帰ってきたところで、連絡があったと聞いて一緒に来ていた。


「鉄使う時点でこっちでやるには金が足りないのはわかってるんです。けど絶対ロムルーシから、あれなんだって問い合わせあるんですよ。そしたらどのレベルまで話通しておくかの調整と根回しが必要なんですー」


 なんにしても詳しいことは、お戻りになられてからになるわけだ。

 しかしレーヴァンは先に起こるだろう面倒を片付けるべく王城へ向かった。


「さて、それでは夕方までは自由になる。どうする予定だ?」


 ガラジオラ伯爵令嬢の妹は影武者で、夕方にはアーシャ殿下のふりで湖へ向かう。

 もちろん私もそれに同行する予定だ。

 するとウェアレルが私のほうに緑色の耳を向ける。


「今日は私が錬金術の相手を務める約束になっていましたよ」

「そうか…………少し聞きたいことがあったんだが」

「おや、時間のかかることですか?」

「時間というか、手間というか。トライアンに行く前に、土産物に詳しい様子だっただろう。あちらの食材を扱えるかと思ってな」

「あぁ、それは旧友がハドリアーヌ出身だったので。何かありましたか?」

「いや、久しぶりに海の魚が食べたくなったんだが」


 トライアンの港町は初めてだったが、私自身も漁村で生まれたため懐かしさを感じた。

 滞在中に新鮮な魚を楽しんだこともあり、戻っても食べたいと思ったのだ。

 そのため滞在中に探してみれば、それなりに魚の保存食があった。


 アーシャ殿下も興味を持たれたため、買って私の名前で配達の手配をしたまでは良かったんだが…………。


「量を間違えた。酢漬け、塩漬け、油漬けに燻製がそれぞれ一樽ずつ届いてな」

「樽…………」

「保存食だからまだもつが、屋敷の料理人たちは海の魚に慣れていない。そのまま食べられるが、それでも消費が追いつかないそうでな」


 私は漁村とは言え、生でも干物でも焼いて食う以外には知らない。


「ハドリアーヌ出身のイールとニールに聞いてみますが、料理するタイプでもないですし。学生にも駄目元で聞いてみましょう。アーシャさまの送別会で料理のできる者もいたと聞きますし」


 そんな話をした三日後、学生の家に呼ばれて、樽から魚を持って行くことになった。


 安くて小さな家だが、基本的な設備は揃っていてこぎれいなようだ。


「あの時はありがとうございます」


 ノックしたドアの向こうにいたのは、海人の少年ウー・ヤー。

 アーシャ殿下から日々の様子は聞いていたが、実際会うのは二度目になる。


「気にするな、まずは家主に挨拶をしたい」

「あ、申し訳ない。チトセ先輩」


 ウー・ヤーが呼ぶと台所らしき所から青年が現われた。

 すり足に近い静かな動きは武芸を修めた者だが、しかしあくまで芸。

 実戦を知る鋭さはないようだ。


 そう思っていたらニノホトの言葉で話しかけられた。


「お初にお目にかかる。伊藤千歳守稚仁だ」

「お公家の、所領持ちのお方か」

「今は学生身分。外国へ出るにあたり名乗りとして借りたまで。私自身は千歳守の血筋というだけだ。そちらは、武家の藤堂であるとか? 帝国で手柄を立て爵位を受けたと」

「巡り合わせの妙があっただけのことでございます」


 そもそも私は漁村の漁師の子だ。

 縁あって名をもらい、名字を借り、その名乗りから中央部でも領主や知識層が一目置く形で仕事を受け、今がある。

 実際は藤堂家とは縁もゆかりもないし、今の当主に認識されているかもわからない。

 褒美として名を受けただけで、仕えたこともないのだから。


「今はイクト・トトスと名乗っているのでそちらでお呼びいただきたい」

「そうか、ではトトス卿。良く参られた」


 こちらがルキウサリアの言葉に直せば、伊藤どのも応じる。

 ウェアレルの紹介で引き受けてくれた料理上手の生徒というから軽い気持ちで来たが、まさか生粋のお公家さまがいるとは思わなかったな。


「まずは座ってくつろいでくれ」

「いや、材料が少々臭う。運ぼう」

「あ、手伝います」


 ニノホトの言葉はわからないウー・ヤーは、ようやくわかるようになって申し出る。


 そうして運ぼうと、男三人で移動すれば部屋の奥に気配があった。

 見ると、長く真っ直ぐな黒髪の女性がこちらを見ている。

 幼い頃に聞いたニノホトの姫がそのまま現われたと言えるような出で立ちだ。


「あれ、ヒノヒメ先輩。どうしたんですか?」


 ウー・ヤーが声をかけると、従者として仕えているとアーシャ殿下から聞いた伊藤どのも不思議そうに見ている。


「久しぶりに海の魚が食べられると喜んでいたはずだが」


 深く頷くウー・ヤーも飢えていたんだろう。

 私も慣れたと思っていたが、実際港町に行くと妙な飢餓感で魚ばかり食べていた。

 就活生という形で滞在を延長していても四年。

 私のように慣れたと思うには少し短い。

 そう思ったんだが、どうも様子がおかしい。


「はぁ…………。あの、トトスさま?」

「なんだろうか、姫君」

「う、うちのことは、ヒノヒメと、お呼びになっていただきたいわぁ」

「いや、院の姫宮にそのようなことは」

「あらぁ、うちのこと、知ってはる? こんな素敵なお人が?」

「聞き及んではいましたが、その…………」


 困って伊藤どのを見ると、そっちのほうが信じられないような顔をしていた。


「あ、一目ぼれってこういうことか。初めて見た」


 他人ごとでウー・ヤーが言えば、途端に院の姫は頬を染める。


「あの、うち、帝国の第一皇子殿下と、お話、しとうて。側近のトトスさまやったら、先に話お聞きにならはっても…………」

「お待ちください、姫さま。ウー・ヤー、さっき台所の場所は教えただろう。これら持って、一度引け」


 伊藤どのに油漬けを押しつけられ、ウー・ヤーと共に台所へ押し込まれた。


「その話は見極めてからと言ったではないですか」

「そやかてぇ。封印解かれたかもしれへんのやから早いほうがえぇやろ。もののついでや。お近づきになるついでに」

「逆です。目的が逆」


 不穏な言葉を聞いた気がするが、これはアーシャ殿下が戻らないと私では対応のしようがなさそうだ。

 というか、私に近づいてどうするつもりだ。

 ニノホトの王侯貴族はいったいどんな教育してるんだ?


「…………ちなみに、君は二人が何を言っているかわかるか、ウー・ヤー?」

「いえ、全然。お二人がつきあっていて逃避行で入学したのかと思ってました」


 そんな話をしつつ待機していると、伊藤どのが説得して台所にやって来た。


「手伝ってもらおうと思ったが、すまない。ちょっと、気を紛らわすために一人で集中させてくれ」


 そう言って伊藤どのは、材料を確認するとすぐさま包丁を握る。

 目を瞠る手さばきで酢漬けは野菜と合わせたマリネに、油漬けは潰して芋と混ぜてパンの供に、塩漬けは塩抜きをして乳のスープに、燻製は薄切りをチーズとビスケットと合わせた一口料理にと変身していく。


 そうしてできた料理はどれも美味かった。

 美味かったんだが、正直、院の姫の視線が熱すぎて食べにくかった。


ブクマ5100記念

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― 新着の感想 ―
第一皇子は無能だと思われてるから、有能ムーブするだけ気づかれにくくなるんだよなぁ……
[良い点]  情報量多スギィ! [一言]  これはニノホト行きあるかな。  アーシャも興味持っていたし。
[良い点] ヒノヒメ先輩の好みの話が出たときからワクワクして待ってた
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