255話:留学の終わり5
三カ月のロムルーシ滞在が終わり、港町へ移動することになった。
「イマム大公に留学延長申し込まれるとは思わなかったよ」
ぼやく僕に、同じ馬車から降りたソティリオスが呆れた目を向けて来る。
「アズロスを抱えたいという相談を全て袖にした私の労力の末に一度で済んだんだぞ」
「あ、そうなの? ありがとう」
「どうせアズロスは戻って錬金術を学ぶんだ。残るとは言わないだろうと思ってな」
「そうだね。金銭と資源はともかく、設備に関しては学園がいいな」
「あぁ、そういう断り方もあったのか」
ソティリオスは知らない所で、けっこう苦心してくれたようだ。
けどイマム大公も実例見てるから、錬金術には相応の施設と時間が必要ってのはわかってるはず。
そういう投資をするにはまだ若いイマム大公ではおぼつかないと思う。
本人が漏らしていたとおり、学園の錬金術科に人を送って地道に学んだり予算計画と設備を整えるほうがいいだろう。
「やぁやぁ、坊ちゃん。お久しぶり、ずいぶんなご活躍で」
声かけられて見れば、廻船ギルドの船乗りエルフがいた。
連れて来てた他の船乗りに指示を出して、公爵家の使用人たちと荷物の積み込みを行わせる。
「もしかしてこの港に三カ月いたの?」
「いやいや、近海巡って戻って来たんですよ。この辺りはまだしも、もっと北はこの時期しか船出せないんで」
「でも活躍って。何か聞いたんでしょう?」
「いやぁ、錬金術ですごいことしてる学生がいるらしいって噂があったもので」
「わぁ、長い耳」
「ご覧のとおり」
器用にエルフの耳を上下に動かして見せる船乗りエルフ。
けど僕が動いてたのはイマム大公の極個人的な依頼だ。
しかもソティリオスを隠れ蓑にしていたし、さらには宮殿の塔に関わった。
ただの噂になるわけもない場所での活動なんだよ。
留学先の学校でさえ、イマム大公から目をかけられてるから何かすごい奴かもしれない、程度の認識で終わったのに。
「あ、お久しぶりだすー」
「おや、これは姐さん。なんかさらし者にされてたと聞いたけどどうした?」
ヘルコフと馬車を下りたヨトシペに、船乗りエルフは気軽に手を挙げた。
「言葉が通じなくて行き違ったんどす。アズ郎とユーラシオン公爵家の方に助けていただいたんでごわす」
「そりゃまた。それで、今回もルキウサリアに希少植物でも送るかい?」
「それは学園の人に渡してもう終わったんでげす。今日は見送りどす」
どうやらヨトシペは各地を回る中で廻船ギルドの客になったことがあるようだ。
その中でも、植物関係には丁寧なこの船乗りエルフを指名するくらい顔見知りだとか。
「そうそう、去年南に行った時、竜人の九尾からあんたのこと聞かれたよ。その時は西の山脈のどっかと答えておいたけど」
「竜人は三人いるだす。お金使うどす? 絵を描くどす?」
「絵だな。なんか欲しい絵の具の材料があるから、鉱石取りに行ってほしいってなことで。伝えたんでここに受領のサインくれ」
なんか商売が起きてる。
僕はもちろん、ソティリオスも興味津々で見ていると、そこにヘルコフが補足をくれた。
「海が近いと郵便馬車より、廻船ギルドに頼むほうがメジャーだったりするんですよ」
内陸で生まれ育つと知らない常識だ。
「ところで、姐さん。その竜人の九尾から、巻き込まれない内に距離取れって言われたんだけどなんでだ?」
「あーしは学生時代突然走り出すってことで周りに体当たりしまくってただす。感覚で使ってた魔法を呪文で制御しようとしてよく失敗してたんでごわす」
僕は思わずソティリオスと顔を見合わせる。
「尻尾見てないで逃げろって言われたのはこれ?」
「い、今のところそんなことはなかったから、昔のことなんだろう」
「あぁ、あるある。人間の魔法の使い方をやろうとして逆に魔法下手になるやつ」
船乗りエルフが大いに頷くので、どうやら人間以外だとあるあるらしい。
と思ったら、ヨトシペがこっちを振り返った。
「イールとニールは、前会った時に、作った魔道具の核の石を間違えて握り潰しただす」
恥ずかしげにいうけどけっこうな話だよ、石を握り潰すって。
その失敗を人体にされたらと思えば、忠告も納得だ。
僕たちは身分差もあって触れ合うことなかったから助かった。
「そちらさん方も、ご用命の際にはどうぞご指名をー」
船乗りエルフがひらひらと手を振ると、ソティリオスが鼻で笑う。
「船も持たずに大口を叩くものだな」
こっちも強気だ。
船一つ借り上げるくらいの規模をさばききれなきゃ、公爵家に仕事を求めるんじゃないって。
帝国大貴族の後継者としては当たり前でも、第一皇子の僕では言えないなぁ。
けどそれに船乗りエルフは表情を変えず応じた。
「だったら今から船作らせますかね」
思わぬ返答にソティリオスも驚く。
船を作るってお屋敷建てる並みの労力と金銭が必要だ。
すでにある中古船を買い取るとも違う、資産が必要になる。
「お金持ってる割りに下っ端みたいな仕事してるのは趣味?」
「そうそう。船長とか船主でふんぞり返ってるより、自分で働くほうが面白いもんでですね」
「わからん」
僕に船乗りエルフが答えるけど、ソティリオスには理解不能らしい。
貴族は偉いことを周りにもわかりやすく提示するためにふんぞり返るのが常だもんね。
それが身分にあった態度というもので、下手に出たら周りから笑われる。
下の人もそんな人に仕えてるって笑われるし、さらには身分に疎いもっと下から舐められるんだ。
舐められると、僕みたいに反乱未遂起きる可能性もあるから、危機管理としても理解できないんだろうな。
「何運ぶご予定で? それによって強度、それに船倉の割り振り方も変わりますよ」
「今のところ予定はない。必要であれば思い出すこともあるだろう」
振られてソティリオスはそっぽを向く。
これは見栄の張り合いでは船乗りエルフが勝ったな。
そこは年齢と経験の差だろう。
ただ僕は気になって、その見栄について詳しく聞いてみる。
「臭いの強いものや可燃物って運べる?」
「え…………」
途端に船乗りエルフ引きぎみになった。
ヘルコフはすすっと寄って来る。
「ちなみに何を運んでほしいんだ?」
「ほら、燃える泥っていうの。あれ、使えそうだなって思って」
つまりは石油だ。
石炭もあったから、運ぶならそっちが簡単だとは思うけど、一応聞いてみた。
イマム大公の所で適当に燃やして処分するの勿体ないと思ってたんだよね。
するとヨトシペが秋田犬の顔を左右に振る。
「アズ郎、船は木だから火事は大敵でごわす。それにすごく臭いもつくだす。一度臭いついたら、それ専用にしないといけないんでげす」
「あ、そうなんだ。じゃあ、新造する船とかには駄目だね」
残念なんて思ってると、ソティリオスは笑っていた。
見れば、船乗りエルフのほうはがっくり肩を落としてる。
「いやぁ、慣れない見栄なんて張るもんじゃないもんですな」
「相手が悪かったな」
ヘルコフが何故か慰めるように船乗りエルフに声をかけた。
「いや、別に無理にとは言わないし、作りたいなら船作ればいいよ?」
「誘っておいてできませんじゃ恰好つかないんだよ」
ヘルコフ曰く、そういうものらしい。
船乗りエルフは諦めた様子で笑う。
「ま、もし本当に船持つ時には名前決めてるんで、思い出したら俺の船捜してください。女神の首喰号って名づけますから」
「やめて」
「逆に女神が怒るだろう、それは」
拒否する僕に、ソティリオスも不吉だという。
験担ぎのつもりなんだろうけど。
それ、逆に罰当たりだと思う。
それで他の船の名前を聞いたところ、復讐だとか、血まみれだとか怖いのから、小鹿だとか未来だとか特に海に関係ないものまで。
あと造船当時の有名人の名前つけたりもするそうで、皇帝や女王なんて名前もある。
僕はそんなまだまだ知らない話を聞きながら、帰りの船に乗ることになった。
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次回:ルキウサリアへ復学1




