242話:円尾と厄介ごと2
僕の家庭教師ウェアレルは、優秀な成績から学園卒業時に緑尾の才人と呼ばれた。
同じく並び称される学生を九尾と言うそうだ。
その一人円尾の超人ヨトシペは、何故かロムルーシの首都スリーヴァでさらし者にされていた。
「罰のつもりが甲斐もなく。正直、こちらでも対処に困っていたのだ」
「それは、そうでしょう。何故九日も無事だったのか…………」
座るイマム大公に相対して座るのはソティリオス。
僕とヘルコフ、そしてヨトシペは一緒に立って話を聞いてた。
ソティリオスに目を向けられたので、たぶんこれは聞けってことなんだろう。
当のヨトシペはやはりロムルーシ語は怪しく、自分の話をされてるのによそ見してる。
「ヨトシペ、どうして九日も平気だったの?」
「あーしは身体強化魔法が生命力に変わるだす。魔力は息を吸うと増えるどす。呼吸ができれば元気でごわす」
「うん? えっと、獣人の魔法ってそういう?」
「いやいやいやいや」
僕が確認を求めた途端、ヘルコフは首を横に振る。
聞いてたソティリオスも困惑した顔だ。
身体強化の魔法は獣人の得意とするものとはいえ、本来の身体能力を強化する程度。
九日飲まず食わずを耐えられる身体能力なんてそもそも規格外だった。
「超人って呼ばれるだけの規格外だな。呼吸で魔力増えるってのはなんだ?」
「そういう体質だす。だから故郷に来た学者に調べたい言われてスリーヴァきたどす。でも調べ切れずにルキウサリア向かわされたでげす」
ヘルコフに答えたような流れで入学したらしい。
そしてウェアレルと同級生になり、卒業する時にはその規格外さで九尾と纏められたようだ。
「そうか、ルキウサリアの学園でも規格外か」
ソティリオスから事情を聞いたイマム大公も初耳っぽい。
「そもそもなぜこの者は罰を受けたのですか?」
「うむ、とある魔物の調査でな。報告がふざけた物だったため呼び出して直接問い質した。しかし答えは要領を得ず、脅して本心を引き出そうとしたが、答えはけっこうですと言うばかりで」
「あぁ…………」
つい納得すると、ソティリオスもわからなかったらしく聞いて来たので、許しを得てイマム大公相手に発言する。
「肯定のためのけっこうです、と答えたとみて罰を重くなさったのでしょう。しかしヨトシペは拒否の意味でそんな刑罰は嫌、けっこうですと言ったのではないでしょうか」
「あぁ…………」
僕の説明でイマム大公も得心がいったらしく、虎顔が不機嫌そうになった。
「そうなると、他と揉めたのもその受け答えが原因であろうな」
「揉めた? この者は大公への不適切な返答以外にも罰を受ける行いを?」
まだあるのかというソティリオスに、イマム大公は大いに頷いた。
「晒していたのは他を鎮静化させるための見せしめでもあった。だが、弱る様子もなく見せしめにもならないため、今回回収することにしたのだ」
言って、イマム大公は一度口を閉じる。
「…………よし、最初から確認しよう。そこの者たち訳して問え。人跡未踏の地に踏み込む剛の者という触れ込みで我が領地に現れた。それはあっているか?」
ずいぶんな大言壮語だけど、聞くとヨトシペの答えはさらに上だった。
「誰も登れない山の上にあーしなら身体強化で登れるどす。そこに生えてる草花や昆虫持って帰るだす。絵を描いてほしいって仕事もあるでごわす。谷底にも行くでげす」
どうやらヨトシペはその身体強化を活かした登山家らしい。
研究試料を現地調達して送ることが仕事であり、卒業からずっとやってるとか。
送り先も基本ルキウサリアの学園だという。
「おいおい、本当に一人か?」
「ついて来れないだす。あーし一人なら食糧と水は少なくていいどす。その分寝るための道具担ぐんでげす」
ヘルコフでさえ驚く偉業は、呼吸で魔力を補えると言う特異体質に頼るところが大きいらしい。
そして生命力に変えるという破格の身体強化は、学園でも解明できずにいるそうだ。
ただその力が未知へ挑むためにあるようなものだとわかって、今の仕事を学園から依頼されているという。
ロムルーシにいるのも、イマム大公の領地にある山に登るため。
罰を受ける際に没収されたそうだけど、ちゃんと仕事を依頼する文章と身元を保証する書類は持っていたとか。
だからこそ、イマム大公が抱える問題解決に飛び入りするようなこともできたらしい。
「その許可を得ようとしていたのが、どうして魔物退治になるんだ?」
当のイマム大公が唸り出した。
一応訳してヨトシペに聞くけど本人もわからないと言う。
「山の、大きいの、制覇、できる、行く」
言った覚えのある言葉をロムルーシ語で言ってもらえば、答えはわかった。
登山と知ってればそう受け取れるけど、魔物退治を念頭に置いているとそっちにも聞こえる単語だ。
どうやら最初から今まですれ違いが絶妙にかみ合って物事が進んでしまっていたらしい。
「結局魔物退治はどうなったの?」
僕は興味でヨトシペに聞く。
「倒せないだす。魔物じゃなかったんでげす」
「なんだと?」
ヘルコフに通訳されたイマム大公が声を強くした。
聞けば春から山の洞穴に住みついた魔物が、毒を吐く。
退治しようと攻撃すれば火を噴き、人々に脅威をもたらすそうだ。
時折唸り声を上げており、周囲の生き物も食われたのか数を減らしていると言う。
「生き物じゃないだす。山の毒かもしれないでげす。火はわからんどす。でも洞穴に火を入れると火を噴くだす」
これは、答えわかったかもしれない。
同じく推測が立つだろうヘルコフを見るんだけど、首を捻ってる。
知ってる事例が火を消すほうのガスだからかな?
「ということは、結果何もしてないということでは? 何故、さらし者にされるような罰を?」
ソティリオスが話を進めると、イマム大公は牙を見せるようにして苦笑いだ。
「報告もできないということしかわからないものでな、それ自体受け入れがたかった。だが何より他の豪族と諍いを起こした上で混乱を招いたことが罰を受けさせる一番の要因だ」
ヨトシペにイマム大公の主張を聞かせてみるけど、諍いを起こした実感はない様子。
その様子を見てとれたイマム大公も、溜め息を漏らす。
「猪の獣人たちと諍いを起こした理由を聞いてくれ」
よほど頭の痛い問題なのか、ぞんざいに指示される。
ヨトシペが罰しても見せしめにならず、ルキウサリアの学園で重宝される人材とわかって対処に困っているのかもしれない。
後から行き違いがわかって学園から問題にされるのも別の手間が増えるだけだろうし。
「それで、ヨトシペ。猪の獣人と何があったの?」
「雪山でお酒くれただす、でもあげてない怒るどす。飲んだら喧嘩になったでげす」
「おい、それまさか、勝ったのか?」
「んだず」
ヘルコフもイマム大公のような反応になった。
けど僕とソティリオス、当のヨトシペもわからない。
「山でなんかする時は山の神に供物を捧げるんだ。そのための酒なんだよ。山に捧げる前に飲んだなら、その土地の奴に喧嘩売ってることにしかならん。その上で勝ったなら、そいつらのメンツは丸潰れだ。せめて引き分けに持って行かなきゃいけねぇんだが、怒るのも仕方ないな、そりゃ」
「もっと悪いことに、よそ者に愚弄された上にやられたと聞いて、近隣の牛の豪族が猪の豪族に争いを吹っかけた」
ヨトシペの返答とヘルコフの解説を聞いたイマム大公は、別の問題が起きたことを告げる。
獣人はもともと同じ種族同士で暮らしていた歴史があり、熊なら熊同士、虎なら虎同士で社会を作っていた。
国としてまとまった今も、同種の一族で固まって強い影響力を持つ血族を豪族と呼ぶ。
猪も豪族なら牛も豪族で、ただの民間の争いより大掛かりになるんじゃないかな。
「さらに悪いことには、近くで獅子の豪族と鹿の豪族も争っていてな。別々に争っていたはずが、争うための武器や食料を取り合って関係ない所でも火種が生まれている」
「それは、解決の目途などは?」
聞くソティリオスは、地獄絵図な様相を想像してか声がもう疲れてる。
イマム大公は手の内を明かさないためか、首を横に振るだけ。
難しい状況なのは想像できる。
武力で制圧しようにも、下手をすれば四つの豪族の兵が一斉にイマム大公に向く可能性がある。
それを緩和するために諍いの元凶としてヨトシペを見せしめにしたけど効果はなかった。
そしてその状況を生み出したヨトシペは、上機嫌で尻尾をフリフリしてる。
どうやらまともに意思疎通できる状態になったことが嬉しいようだった。
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