241話:円尾と厄介ごと1
「お助け! お助けでごわすー! ここの人たち助けてって言っても聞いてくれないでげすー!」
ロムルーシの首都スリーヴァで妙な獣人に声をかけられた。
見た目はオレンジっぽい被毛の、秋田犬そっくりな獣人。
違いと言えば目が青いことくらいだ。
「もしかして、さっきのたけてすって、助けてって言いたかったの?」
「助けてって言ってたどす」
「いや、たけてすだったぞ」
僕が応じると、ソティリオスもつられて突っ込む。
秋田犬のような獣人は、目を真ん丸にして唖然とした。
顔と手が木の板に固定された状態の向こうから、丸まった尻尾が力なく揺れているのが見える。
「あーしは言葉苦手だす。それでも通じてたはずどす」
「確かに通じはするけど、変な喋り方だね」
「通じればいいいでげす!」
「いや、だからロムルーシ語は通じてなかっただろう」
ソティリオスがまた突っ込み、秋田犬はまたびっくり顔をする。
今喋ってるルキウサリアの言葉も癖が強い。
その上でロムルーシ語も怪しいようだ。
「それでお前さん、なんでそんなことになってんだ? 女が晒しもんなんてよほどだろ」
ヘルコフは僕らが近づきすぎないよう前に立って声をかけた。
そしてこの秋田犬の獣人は女性らしい。
あ、あーしってあたしって言ってたのか。
「念のために聞くけど、ルキウサリアの学園出身?」
「そうどす。魔法学科だす」
話が通じるとわかって、また激しく横揺れする丸まった尻尾に目が行く。
魔法学科の卒業生には一人、いや、二人知り合いがいる。
ウェアレルとヴラディル先生は、優秀な卒業生たちが尻尾を持つ種族だったことから九尾と呼ばれたそうだ。
「丸い、尻尾…………円尾?」
「わは! あーし知ってるだす? 円尾の超人と呼ばれてたでげす!」
激しく丸まった尻尾が揺れる。
しかも返事は肯定だ。
その様子にソティリオスも渋い顔をした。
「教養学科の教師が、超人と奇人には近づくなと言っていたが…………」
「あ、それ僕も言われた。そう言えば教養学科か、ユキヒョウの先生」
「やや? ユキヒョウと言えばニールとイール! 懐かしき同輩でげす!」
ひどい言われようだけど懐かしんでいるらしい。
というか、窮屈そうな恰好なのに元気だね。
これはどうすべきなんだろう?
「本当に何したの? 君は…………」
聞こうとしたら足音が近づいていることに気づいた。
周囲には他にも人がいたけど、近づく足音は異質だから僕でもわかる。
だって、武装した金属音混じりなんだ。
ソティリオスも気づいてそちらを見た。
すると、揃いの防具をつけた獣人の列がこっちに向かってきてる。
「あれは、イマム大公家の紋章だ」
「え、ソーが訪ねるって言ってた?」
揃いの防具に施された紋章で身元がわかったようだ。
近くまで来ると、兵は道を譲って奥から虎の獣人が現われる。
この世界独特の色味で被毛は緑色だけど、黒い虎柄はしっかりあった。
そして僕が想像する虎よりも毛足が長い気がするのは、ロムルーシの気候のせいかな。
何より体格のいい熊の獣人であるヘルコフより、細身かなってくらいの体つきだ。
「その者はデニソフ・イマム大公家によって罪を問われる者。みだりに言葉を交わすことはならん」
イマム大公家と帝都辺りでは呼ぶんだけど、ロムルーシではデニソフ・イマム大公家と呼ばれる。
これはロムルーシの貴族は名字を二つ名乗る風習があるためだ。
デニソフもイマムも家や一族の名前にあたる。
そんなことはさておき、ソティリオスを見ると、任せろと頷く。
一歩出れば、向こうもユーラシオン公爵家の人間が来訪することを知っているためか咎める様子はない。
「ユーラシオン公爵家長子、ソティリオスだ。デニソフ・イマム大公家の者に問う。代表者は誰だ?」
たぶん目の前の虎の獣人なんだけど、あえて聞くことで自分が話すというソティリオスの意思表示だ。
その様子に円尾の超人がこそこそ声をかけて来た。
「あの子どなたどす? 声で虎の大公ご本人なのはわかるだす」
「へぇ、今の大公はずいぶん若いな」
獣人のヘルコフから見て、虎の獣人であるイマム大公は若いらしい。
ちなみにソティリオスのことは、帝都の大貴族とヘルコフが教えた。
「あーしの言うこと伝えてほしいだす。嘘吐いたって晒されてるでごわす。あーしは嘘吐いてないでげす」
「さっきの助けてと同じで、通じてなかったのかな」
「そろそろお腹すいて死にそうどす」
「いったい何日ここに…………」
「九日だ」
僕とこそこそ喋ってたんだけど、そこに芯の通った声が向けられた。
見ればイマム大公本人だと言う虎の獣人がこっち見てる。
近くにはルキウサリアの言葉で話す僕たちの言葉を伝えたらしい獣人がいた。
兵たちの耳もちゃんとこっち向いてるし、こそこそ話はばれてたようだ。
「…………九日?」
ただソティリオスの言葉で僕も聞き流してしまった単語の意味に気づく。
けど円尾の超人は、お腹すいたと言った時と同じ顔でこっちを見るだけ。
どう考えても元気すぎる。
「その間、飲食させていない、はずだ」
何故かイマム大公自身が不安げに言う。
ロムルーシの言葉は聞くのも苦手らしい円尾の超人に確認してみると、とても元気に反応した。
「食べてないだす! 水もくれないでげす! さすがのあーしもきついどす!」
「実は誰か差し入れでもしているのではと思い、話しかける者がいたら報せるよう手配していた。ところが、本当に誰も現れぬ」
言う割に健康そうな円尾の超人に、イマム大公も困ったように見る。
いや、イマム大公は円尾の超人が喋るルキウサリアの言葉はわかってないようだから、本当になんで無事なんだろうと不思議がってるのかな。
「その者の母語はソードシヴという僻地の言葉でわかる者がおらん。ロムルーシ語らしい受け答えは大言壮語ばかりだ。まともに会話もできずにいたのだが、どうやらルキウサリアの学生であれば意思疎通が可能なようだ」
「癖はありますが、わかります。どうやらこの者も学園の卒業生だそうです」
ソティリオスが答えると、イマム大公は大きく息を吐いた。
「うむ、ではさすがに九日も平然としていて罰にもならんという話になっていた。このまま回収する故、そこな学生。通訳として同行せよ」
僕はイマム大公に指名される。
話す相手としてはソティリオスだけど、大貴族の子息相手に命令はできない。
だから僕なんだろうけど、ここは別の人を連れて行ってもらおう。
「あの、僕よりたぶん、こっちの人のほうが、ロムルーシにもなじみがあるようなので」
ここで僕だけ連れて行かれても困るから、ヘルコフを推薦した。
そうとわかってヘルコフも自推する。
「こっちの出身ですし、この円尾の同輩とは結構な付き合いなんでわかることもあるかと」
「ふむ、子供に任せるよりも確かか。よし、名を聞かせよ」
ヘルコフは本当に名前だけで、帝国第一皇子の家庭教師をしているとは言わない。
立場的にあれなソティリオスは考える風だ。
たぶん押しつけられるなら、教員が注意喚起するような円尾の超人はヘルコフに押しつけたい。
けど政敵関係にあたるからあまりイマム大公に近づけたくはない。
そんなところだろう。
「良かったでげす」
「本当に元気だね」
立ち上がれないよう繋がれていたお立ち台から解放されて、円尾の超人はいっそさっきよりも元気そうだ。
僕が応じると、丸まった尻尾を振るくらいの余裕がある。
「あ、名前言ってないだす。あーしはヨトシペどす。家名はないでげす」
「じゃあ、僕もただのアズロスで」
「中央の人は名前縮めるだす。よろしくどす、アズ郎」
悪気なんて一切ないような純粋な秋田犬の目で見つめられた。
けど、正直反応に困る。
どうやら僕は今までにない愛称をつけられたようだった。
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