閑話48:テスタ
帝国の第一皇子殿下は留学に行かれた。
港のクレーンが今後必要になりそうだとのことだ。
建築のため石を持ち上げる機構はあるが、船からの積み下ろしのために左右に動かせるのが重要だという。
その上、さらなる失伝技術の手がかりを求めてロムルーシまで行かれるとか。
「残っていただきたい、とも言えないだけの課題を残して行かれているのがのう」
思わず零すと助手のノイアンも溜め息を吐く。
「いえ、散々おっしゃっていたではないですか。それにこれらを押さえていなければ、殿下の水準で話すこともできないのは自覚なさっているでしょう」
目の前にはいくつもの新たな、いや、封印図書館の知識から再現された合金がある。
天の道などに必要とのことで、試案を出されてからずっとこちらでも研究していた。
「高温の炉ができてからは早かったな。そして、やはり我々の独力では無理であった」
炉もそうだが、金属同士を混ぜ合わせるための触媒も第一皇子殿下の助言から再現された。
殿下がいなければ、必要な金属の輸入さえ手間取ったことだろう。
そうしてできたのは金属の糸。
さらに殿下の指示でそれを縄のように編み、できた物が今私の手にあった。
「本当に縄のように曲がる。それでいて重く硬い」
「さらに同じ物をねじって一つの縄にするそうです。十分な強度のテストと重量のテストを行うよう、指示がされています」
ノイアンは手に、殿下の指示を受けてこちらに情報を小出しにするオートマタから聞き取った内容を纏めた書類を持っている。
そこにはワイヤーというこの金属の縄を、さらに確実なものにするよう指示があった。
いくつもの試験項目が提示されている上に、縛り方についても考察しなければいけない。
「さてここで基本に立ち返ろうではないか。錬金術が教える力は、重さでもある。重さがかかる箇所を分散することで、力の分散をも成す。そのためには支点力点作用点という、力のかかる箇所から、どれだけの負荷がかかるかを理解しなければならない」
さらに縄をかける本数で、一本にかかる重さを分散する方法もあると言う。
この辺りは城や教会を建築する際の岩の持ち上げに技術が残っていたが、それを理論的に理解し直す必要があるだろう。
「そして、この金属の縄を結ぶ方法の考案か。見てわかるように、縄と違って結ぶことは難しいな」
作るのにも手間がかかっている分、何度でも使えるように溶接はしない。
だからこそ結ぶ方法を考える必要がある。
「あぁ、なるほどな。へぇ、すごいもんだな。本当に封印図書館ってのは知恵の宝庫か」
わしとは別にワイヤーを手にして話を聞いているのは、鍛冶屋を営む技師。
人間で齢は七十、今も金属を扱う仕事をしているため鎚を振るう腕は締まっている。
今回のためにチーム入りしてもらったが、殿下とは顔合わせせずにいる。
それでも秘密を開示したのには理由があった。
「封印図書館については失伝したものと思っていたが、まさか師弟の間で伝承していた者がいたとはな。もっと早く名乗り出てほしかったぞ」
わしの恨み言に、技師という他にはない職を名乗る男は皺顔を歪める。
「馬鹿が開けばすぐ逃げろなんて物騒な言い伝え、開こうって言うお人に言えるわけがないでしょう」
「封印図書館を作ったのが錬金術とわかって、すぐに当たりがつけられたのは大きかったですね」
市井で暮らす技師の乱暴な言葉を受け、ノイアンが気を使ったつもりか話を逸らす。
別に今さら気にはせんが、言うとおり数少ない錬金術に関わる者だったため見つけやすかった。
この技師は、学園の錬金術科で使う器具を作る仕事をしているために、鍛冶師ではなく技師を名乗るよう師から命じられたのだとか。
「こっちも師匠が代々継いで、仕事の腕磨くためには必要だって言い含められてやってただけでね。まさか封印図書館に繋がるとは思ってませんよ」
技師はいくらかの伝承を、師からこれぞと見込んだ弟子に伝えていたそうだ。
それに、封印図書館に関するものが含まれていた。
曰く、危険な物が封印されており、開けば国の危機でしかない。
錬金術師が関わっていないなら逃げろ。
利用しようとする者がいるなら逃げろ。
進歩は時に巨人の剣の如く扱えず自滅にしかならない。
後悔から封印されており、番人を怒らせれば封印図書館は国ごと滅ぶ。
「聞けばまさにそのとおりだ。本当にもっと早く知りたかったものよ」
「錬金術師である殿下が発見されたことはもはや神の導きでしょうね」
わしとノイアンが頷き合うと、技師は顎を擦ってワイヤーに目を眇める。
「番人とやらに気に入られて、封印図書館に滞在できてるって、すごいもんだな。散々恐ろしいもんだと教えられたのに」
この技師には、殿下不在を表向きの理由だけ教えてある。
その上で封印図書館から指示が出されていると言う態だ。
殿下は伝声装置を持った学園の者たちと、もうロムルーシに着いている頃か。
と言っても随行者の中でも一部のみに伝声装置と錬金術のことを伝えてある。
公爵家の嫡子が向かうため、秘密保持も名目に人員を増やし、例年より守りも固められたのは重畳だ。
「うーん、細いままなら縒り合わせても大丈夫そうだが。しかし太くなるとそれだけずれも大きくなる。これは考えないとな。縄をより太くしようって時には、中に芯になるもん編み込むんだが」
「結ぶために曲げると、ほどけるように広がるのは危険ですね」
技師とノイアンは意見を出し合う。
すでにトライアンから通信で、技師の様子は殿下に伝えてある。
そして殿下からは通信の距離の問題、消費する魔力の問題、集中するための環境に関する改善案など多くの意見を戻されていた。
「半年で形にできれば良いのだがな」
「それ最初から言ってるが、半年で何があるんです?」
技師は歳の分だけ誤魔化しを見破るので、ここは真実も混ぜるか。
「半年で封印図書館での研究を切り上げると殿下がおっしゃっていてな。そうすれば新たに検証することも増える。それまでにこの冬からの問題にめどを立てたいのだ」
「ははぁん、天才ってのは困ったもんだ。こっちの悩みなんか無視して先行きやがる」
冗談めかすが、殿下はすでに冗談にならないことを成されているのだ。
伝声装置での魔力のチャージ機能について助言をいただいた。
あれは魔道具に関しても応用が利く大変な発想だ。
城の魔法使いたちはこぞって今、小雷ランプを手に入れて研究を進めている。
「評価は覆るであろうな」
小雷ランプは発表後、魔法の劣化である錬金術を良く表していると謗られた。
魔法がなければまともに動かないと。
しかし実際やってみれば、魔法の知識が確かな者では殿下の言う魔力充填機能は再現不可能。
試しに錬金術科の教師に回したところ、すぐさま理解してできたのが証左となった。
小雷ランプの知識があれば、つまり錬金術を修めていればさらなる発展が見込めると。
「帝国の皇子はあまり聞きませんな。それだけ大した評価されてないってことなら、確かに評価は覆るでしょう」
「残念ながら違う。殿下はことを公にされるおつもりはない。ことが順調に運べば錬金術として公開されるだろう。そうなれば今までの錬金術の評価が覆るのだ」
「は? だが、皇子が…………いや、ここでのこと口止めされたな。その上でこれだけのことやってる皇子の噂を聞きやしねぇ」
あえて秘匿されていることに気づいたようだ。
だから嫡子でないことを告げると呆れた顔をしたので、さらに釘を刺す。
「殿下がおいでになった時にその話はするな。あの方は弟殿下の即位を望まれている」
「じゃあ、本人はルキウサリアに残るんですか? だったらいいことでしょう」
「そう簡単でもないんですよ。少なくとも皇帝陛下は殿下の才能はごぞんじでいますし」
ノイアンが言うとおり、皇帝は帝国に呼び戻すだろう。
それに殿下は争いを避けてルキウサリアには残らない選択をするはずだ。
「つまりここは殿下の実験場。わしらは資金と場所を提供することでその結果を得られる。だが、去ったのちの殿下は、ここに残していく結果よりももっと大きな成果を抱えることになるだろう」
そしてすでにルキウサリアに残された錬金術知識はほぼ掌握されたと考えて間違いない。
その上で殿下に去られる時間を伸ばすために提示できる有益なものといえば、国という盾をもって、帝国の者の目をくらますことくらいか。
少なくともルキウサリアにいる限りは、殿下を隠しながらその才能をいかんなく発揮していただけるよう諮らねば。
「何処へ行かれても、できれば研究の提携は続けたいが。どうしたものか」
「あ、ルキウサリアを捨てることはなさらないんですね。良かった」
「おいおい、権威がどれだけ入れ込んでるんです?」
心底安堵するノイアンに、技師が白くなった眉を上げる。
「ふん、その権威なんて言葉がわしの有用性を語る証左よ。捨てたところで殿下はこんな老いぼれの相手はしてくれんわ」
同じ学生が羨ましいくらいだ。
何やらそちらにも課題を残されたそうで、何をするか気になるものよ。
あまり頻繁な出入りも教師から嫌がられるので、何か錬金術科の様子を探れる伝手を探すこともしてみようか。
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