238話:ロムルーシへの船旅3
「じゃあ、ソーはやりたいことができるなら何をするの?」
流れとして当たり前の問いに、ソティリオスは怯む。
そして周囲を確認するんだけど、二人だけの船室とは言え広くはない。
だから室内には誰もいないのに。
(セフィラ、外は?)
(一人見張りがいます。隣室で控える者たちに大声なら聞こえるでしょう)
つまり小声ならいい訳だ。
「国離れて愚痴も言えないなんて息苦しくない?」
僕が小声で促すと、ソティリオスは息を吐いて口を開いた。
「誤解があることは知っていると言っただろう。あれを、どうにかしたい」
「どうにかって?」
普通にディオラにふらふらしなきゃいいと思うけど。
ソティリオスは一度僕をじっと見る。
「私が今から話すことを許可なく他言できないよう、禁術をかけると言っても聞くか?」
「いいよ」
素直に答えると、ソティリオスは肩透かしを食らったような顔をした。
「禁術がわかっていないわけではないんだろうな?」
「口束の呪文かなって思っただけだけど」
「あれは最悪死の制約をかけることができる。私もそこまで鬼畜ではないぞ」
「し、知ってるってば」
脅そうとして禁術のことを言われたのはわかるんだけど、鬼畜って…………。
すでに学者たち、クラスメイトたちと十人以上に禁術かけちゃってるんだけど、僕。
何より必要なら禁術の範囲外で話を聞いてるセフィラを使えばいいくらいに軽く考えてた。
そんな狡い考えが透けて見えるのか、ソティリオスは疑わしそうに見て来る。
ただ考えた末に話を進めることにしたようだ。
「聞いたら、ロムルーシで勉強以外の時間、私の都合につき合わせるぞ?」
「え、それはちょっと。僕もやりたいことあって行くのに」
「…………死を恐れないくせに、興味関心を邪魔されるのは嫌がるのか。わからない奴だな」
「まぁ、最初に言われたとおりソーの周りにはいなかったタイプだろうね、僕。ただ錬金術科の学生、こんなものだよ。僕より協調性ないかもしれないくらいだし」
事実を教えたらどんびきの表情をされる。
けどその後に考え直して何度か頷いた。
「確かに錬金術科に入る労を思えば、立身出世や功名心など二の次か」
「ないことはないけど、政治なんてしてたら錬金術できないしね」
「いっそ、アズロスのような者が同行者であることは幸運だったかもしれない」
ソティリオスは考えをまとめた様子で僕に向き直る。
「私が留学に出向く理由を話そう」
「時間ある時なら手伝うってくらいだけど?」
「その時間を増やす手立てがあるから、聞け」
どうやら脅しではなく取引を持ちかける方向に変えたようだ。
正直何を話すかは気になる。
なので僕は大人しく頷いた。
「私が今回留学を受けたのは、それが父から出された条件だったからだ」
ファーキン組のことがあっても留学を優先したらしいから、何かあるとは思ってた。
「なんの条件なの?」
「…………弟に家督を譲る条件だ」
「はい?」
思わぬ言葉に思考が空転する。
「え、家督ってつまり、ユーラシオン公爵継がないの? なんで?」
聞いた途端、ソティリオスは顔を赤くして横を向いた。
「…………好いた相手に、思いを伝えることもできないからだ」
僕は絶句する。
そして学園で見た様子が脳裏に浮かんだ。
「え、もしかしてあれだけあからさまに顔や雰囲気に出しておいて、好きだってことを隠してるつもりだったの?」
「な!? なん、あか、あからさま!?」
さっきよりももっと赤くなるソティリオスに嘘はなさそうだ。
そうか、あれだけ落ち着きなくして周りが見えなくなってるのに。
いや、それだけ自分も見えなくなっていたのかもしれないね。
ソティリオスは深呼吸を繰り返して、落ち着きが戻ると僕を見る。
「いや、待て。そんなことを言うなら、我が公爵家の取り決めも知っているな?」
「ウェルンタース子爵令嬢と結婚しないと公爵家継続できないってことはね」
「そう、それだ。つまりは家のこと。次代のユーラシオン公爵と、ウェルンタース子爵令嬢の婚姻が要であって、私個人が要件じゃない」
言われてみれば、ソティリオス個人が、ウェルンタース子爵令嬢と結婚しなければいけないわけじゃない。
弟に譲っても、形式上問題はないんだ。
とは言え、長子相続が通例の世の中。
ソティリオスが継がないと言っても、はいそうですかなんて言われない。
実際僕がそうだ。
嫡子じゃないとされているのに、長子相続の習俗があるせいで未だに嫡子のテリーの対抗馬扱いされてるし。
「けど、弟に譲るってどうやるの?」
「私がユーラシオン公爵家を出て家を建てる。そうすることで、公爵家の子の中での最年長、長子は弟になる」
自家を立てると生家とは別扱いになる。
独自の財産、独自の血統として一から始めるんだ。
生家の後ろ盾がある場合もあるけど、誰から見ても問題ない嫡子であるソティリオスは、あえて自家を立てるというのは、廃嫡されたと見られてもおかしくない。
言ってしまえば現状からのマイナスでしかなかった。
「学生の間に地盤を固めて卒業と同時に社交界へ出ないといけないんだ」
「そこまで今から考えてるの?」
「当たり前だ。ディオラ姫も卒業と同時に婚約者を探すだろうからな」
言われてドキッとした。
確かに学生の間は結婚しない。
婚約者を決めることはあっても、ディオラの場合は現在その動きさえない。
つまりは卒業後に社交界へ出てから品定めが始まると、大方は予想しているらしい。
年齢的に長くは探さないし、そう考えると卒業と同時に動けるよう計画するソティリオスは堅実だ。
とは言え、帝国公爵の地位を捨てるようにしてまで望むべきではないと大人は言うだろう。
「…………それ、相手からの同意は?」
「ウェルンタース子爵令嬢については」
「いや、ディオ…………ルキウサリアのお姫さまから、色よい返事があったから、頑張るのかなって」
「婚約者のいる身でそんなことできるか」
そう言えばあからさまな自覚がないんだった。
その上でディオラからは応諾ももらっていない。
つまりは最終的に振られて、ランクダウンした生活をする可能性もある。
「えっと、捨て身?」
「そんなつもりはない。それに思いも伝えられない今のままより、誠心誠意向かい合いたいんだ」
その言葉の真剣さは、いっそ一途だ。
けどどうしても宮殿の温室の蔭で涙ぐんでいたウェルンタース子爵令嬢がちらつく。
向こうが上手だと思っていたら、ソティリオスのほうが捨て身だった。
たぶんウェルンタース子爵令嬢は、留学に条件なんて知らないんだろう。
「なんか、他人の人生が大きく変わることに適当に関わるの、気が引けるんだけど?」
「気にするな。どうなるかは私の努力次第だ。その努力をするためのステージに立つ前段階として手を貸してほしい」
ソティリオスは真摯に語る。
僕がアーシャだと知らないからこその姿勢を見せられると、一方的に騙してることへの罪悪感がわいてくる。
それとは別に、なんだかディオラとかウェルンタース子爵令嬢とかの顔が交互にちらついて複雑な気分だ。
ついでに皇帝である父に息子を自慢していたというユーラシオン公爵もちらつく。
いや、あっちは困れと思うことも多いけど、何をやってるんだかなぁ。
「ちなみに、手伝えってことは、留学生に選ばれるだけの優秀な成績を修めるだけじゃないんだよね?」
「そうだ。留学生に選ばれた上で、ロムルーシの大公家にユーラシオン公爵家としての借りを返さなければならない」
正直、父の政敵であるユーラシオン公爵家の借りという話には興味がある。
だけどこのまま聞いて協力するかは迷うところだ。
そうして僕が決めきれずにいる間に、ソティリオスは口を開いてしまったのだった。
定期更新
次回:ロムルーシへの船旅4