237話:ロムルーシへの船旅2
船で体調不良者が出たことで、僕は船室でソティリオスに錬金術について教えることになった。
「今じゃ常識になってる魔法の四属性の元になった四元素説。これは神が作った普遍の第一物質から、地上に現れる第二物質は四属性に影響されて存在してるってのがもとだ」
「それくらいなら、魔法を習う過程で一度説明された気はする」
政治をする貴族子弟には求められない知識だけど、教養として知ってるだけ教育がきちんとしてるんだろう。
ただ科学的に見ると頭で考えるだけでその結論に行きついたのは発見だ。
だって、化合も化学変化も知らないのに、物質は可変だと見抜いたんだから。
「第一物質と呼ぶ、目には見えない根源を定義した。つまり、目に見える薪が燃えたとして、薪を構成する物質が世界から消えたわけじゃないと理解したんだ」
「そう、なるのか? 確かに第一物質という根源はあるんだろうが、薪は燃えてなくなるだろう?」
「雑に言うと、薪は燃えて熱と灰になるんだ。目に見える薪がなくなっても、目には見えない熱は残るでしょう? つまり熱を構成する第一物質は存在し続ける」
「なるほど、熱も第一物質だと考えるのか」
面倒な話をしてる自覚はあるんだけど、けっこう素直に聞いてくれるな。
「錬金術と呼ばれる考えの根幹は、この万物の根源は何かってことから発展した。で、考えたら次は実証だ。どうすれば第二物質から第一物質に戻せるか。または、第一物質が普遍であるなら、影響を与える属性を変えることで、別の第二物質を創造できるんじゃないか?」
「またわからない話になったな。というか、創造とは大きく出たものだ」
「そりゃね。神が作ったと言われる第一物質をどうこうしようって話なんだから。神さまと同じことを人間ができるはずだって言ってるようなものだね」
「あぁ、そう言われると、アズロスも大言壮語な錬金術師らしいな」
ひどい言われようだけど、実際こういう思想で錬金術は発展した。
だから間違ってはいない。
僕は片手を上げてみせてさらに説明する。
「創造も結局は、薪が灰と熱に変わることと違わないよ。ただ卑金属の属性を変えて、黄金にしようって話なんだから」
「あぁ、ようやくそこに繋がるのか。だから錬金術と銘打たれたわけだ」
「そう、加工しやすい木や石なら誰でも変えられる。けどそう簡単に変えられない金属を変化させようという常人では不可能な試み。それを行うからこそ錬金術師と言うんだ」
聞いてたソティリオスは息を吐くと一つ頷く。
「何故学園に錬金術科が存続していたのかと思えば。相応の理論はあったんだな」
「ま、なかなか実益に結びつかないからね」
「本当に黄金が作れるなら益だな」
「理論上はできる。けど、現実はほぼ不可能だよ」
「できるのか? 断言するだけの理論がすでにあるとでも?」
以前ヘルコフたちにも言ったけど、実際問題エネルギーが足りない、資材が足りない。
これを説明するには、神話を使おうか。
僕は別に宗教は信じてない。
けど共通認識と、地上の生物を凌駕する存在イメージとしては使いやすい。
「そもそもね、神さまが第一物質を作った上で、こうあれと第二物質を定義してるんだ。それの表面を変えて薪を炭と熱にすることはできるよ。けどさらに第一物質にまで手を伸ばす理論なんて、神と同じ力がないと実現できないんだよ」
「そういうものか」
「例えばここ、海の上だけど。神は波を作った。じゃあ、この波を人間が止まるようにできる?」
「無理だな」
「波が起こる理由、波を形成している物質、波の性質。そんな物を全て理解するのがそもそも神の視点だ。そこに届いたからって実際に海の波を消すだけの力は人間に備わってはいないんだよね」
前世の大学でやった力学で、波の性質を習った覚えがある。
力学の中でも、波は物質を回り込む力の波及が特異な現象。
しかも石を一つ水面に落とすという力一つに対して、波紋を描くという力の連続が生じる。
だから波を止める理屈としては、止める海の地点を壁で覆って回り込みと波及を止めることだ。
もちろんそんなことしても、海全体の波が止まるわけはなく、人間では力不足すぎる。
ソティリオスはじっと考え込む。
興味はないのに関心があるのは、いったいどうしてなんだろう。
「………山を、穿つことは、やはり神の領域だろうか?」
「いや、できるよ」
「何? 冗談のつもりか? 魔法でもできないのに」
基本常識、魔法に劣るが錬金術だから、そう思っても仕方ないのかもしれないけど。
「冗談じゃないって。錬金術の特性は誰でも使えること。そしてその使う力は人体に由来しない。それこそ神が地上に落とした力の片鱗を利用するんだ。人間のオドから生じさせる魔法よりも上手くすれば威力は出るよ」
詳しく聞きたそうけど…………。
「危険すぎるから言わないけどね」
途端に疑わしそうな顔された。
「錬金術のもう一つ有名な毒。それがいい例だ。錬金術は万物の根源を求める。その根源が必ずしも人間に無害なわけがない。人間が安全に扱えるなんて保証もないんだ」
「扱えもしない力をただ求めるなど、危険すぎるだろう」
「そうだね。だから薬術のほうが今に残ったんじゃないかな」
薬術は範囲の広い錬金術よりも、安全利用が第一だ。
かつて発展した錬金術は、有効利用できる部分を集めて、薬術に取り入れられたのかも知れないと思ってる。
「はぁ、なんだか煙に巻かれた気がする」
「だって、目に見えない、存在も証明できていない第一物質を扱うんだ。これだ! なんて示せるものじゃないんだよ」
「第一物質…………四属性…………神の…………」
ソティリオスなりに理解しようと反復し、その中で気づいた様子をみせる。
「それで言うと、魔法にも錬金術が関わるとでも?」
「同じ四属性の理論の下で関わりがないとは言わないよ。けどそこはまた議論がわかれるところでねぇ」
魔法とは何か。
もちろん魔法使いたちも議論するし、学者の間では知られた第一物質だとかの話になる。
「第一物質を、魔法使いの中ではマナであると定義する者もいるんだ。つまり、飛躍して魔法使いならば世界の全てを魔法で再現できるんだって」
「いや、それは暴論だろう」
「けど、錬金術も同じような論理だよ。ただ求める先が人間という生物に由来するか、自然に由来するかの違いだ」
ちなみに宗教家はこの第一物質を変化させようという考えには反対らしい。
神が定めた自然を歪めるなってことだそうだ。
もっと言ったら神に手を伸ばす不届き者って扱いらしい。
だから教会は錬金術否定をしていた時代もある。
ただ、何処かの修道院に蒸留技術が残されていたように、それも時代によって変わる主義主張のようだけど。
「そうだなぁ、風の魔法ってあるでしょ?」
言いながら、僕は手で円を描く。
その動作で魔法が発動し、手で煽るにしては強い風が船室に流れた。
「アズロスは印を結ぶタイプの魔法使いか」
「印を結ぶ?」
「知らないのか? 人の魔法使いは、魔法の発動を短縮するためにそれぞれ自らにあった形で工夫する。その中に特定の動作で呪文の短縮や威力の安定を図る流派があるんだ」
「へぇ、初めて知ったよ。僕の魔法の家庭教師はエルフの血筋の人だから」
「あぁ、人が魔法を苦手とするために広がった技術だからな。杖や魔法陣を使うのも同じで…………話が逸れたな。風がどうした?」
ウェアレルが印を結ぶとか教えてくれなかったのは、手軽に前世のイメージで魔法が使えたせいだろう。
僕が興味示せば教えてくれたかもしれない。
「風の魔法を錬金術の考えで使うと、風が何故吹くか、風を形成するものは何かってことを理解しないといけない。そして理解できれば、後は自然を利用する」
言って僕は窓に外の風を呼び込む形で魔法を使う。
途端に、さっきとは比べ物にならない風が船室を巡った。
「こういう風に…………って、ごめん」
僕の目の前には今までにないくらいぼさぼさ頭になったソティリオス。
ソティリオスは紺色の髪を撫でつけつつ、話を続けてくれる。
「風属性は扱いが難しいという。それをこれだけ簡単に扱うなら、アズロスは魔法を極めるべき才能の持ち主なんじゃないのか?」
「いやぁ、極めてもこれくらいのことしかできないし。やっぱり錬金術のほうが楽しいよ」
僕が指先で静電気を起こしたら、ソティリオスは唖然とする。
次には僕の両肩を掴んで来た。
「お前は魔法をやるべきだ」
「やだよ。錬金術やりたくて入学してるのに。才能なんてどう使うか次第なんだから、やりたくないことを無理してやり続けるなんてごめんだね」
本心を言ったら、ソティリオスは目を瞠って肩を離す。
大きく溜め息を吐いたと思ったら僕を不服そうに見た。
「そう言えるのが羨ましい限りだ」
すごく不服そうに言われる。
どうやら大貴族のご令息にも他人をうらやむことがあるようだった。
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