235話:逃げる鼠5
トライアンの港町では思わぬ事件に遭遇した。
留学のついでにファーキン組の壊滅を狙うつもりはあったけど、リオルコノメという貴族には申し訳なかった。
遺した手がかりはちゃんと皇帝である父に渡して、ファーキン組を潰す足がかりにしてもらうから。
イクトにも言い含めたし、たぶんその功績でもって息子の学費は賄ってもらえるんじゃないかな。
「全くいつの間に」
船の準備が整うのを待つソティリオスがぼやくように言う。
僕たちがいるのは貴族専用の出発ロビーのような所。
ぼやくのは昨日イクトが帝都へと旅立った件についてだ。
元犯罪者ギルド支部長という重要人物他、大荷物を得ていたことを今朝聞いたからだった。
「僕がソーのところへ忍んで行っている間じゃないかな?」
僕は知らないふりで応じた。
実際はそれよりも前だけどね。
捕まえて隠して、一日セフィラつけて隠し通した。
その間に拘束し直したり、連れ出すための馬車を用意したり。
トライアンを出るまではナーシャから人手を借りたり、関所を通れるよう手回しをしてもらったりもした。
「リオルコノメの二の舞もあり得たのに、独自に動くとは」
「それはどうだろう? ドラグーンを二人で倒せるって、相当だって聞いたよ」
ソティリオスは今朝、イクトがファーキン組の人員を捕らえて連行すると聞いたばかり。
その上、国境を越える間際に襲撃を受けたが逃げ切ったと追加報告がさっき来た。
ファーキン組が活動していない国を選んだため、国境を越えてからは追撃もなかったと僕も聞いてる。
(けっこう隠し果せたと思ったけど、何処で漏れたんだろう。今度はヒルデ王女じゃなかったはずだし)
(馬車を操り守るための人員を募ったことで、何者かの護送という点から網を張られていた可能性)
言われてみればあちらも人員と情報が消えたことはわかってる。
そのために捜す人員や追っ手を放っていたとしてもおかしくない。
逃げ出す鼠を捕まえようとしてる網にかかってしまったのかも。
犯罪者の中にも勤勉な猫がいたものだ。
「アズロス、私から奪われた割符はあの海人の手に渡ったと思うか?」
このことは、ソティリオスに今さら誤魔化してもしょうがないだろう。
「あの人たち、二度もこっそりついて来てたからね。だったら興味があったと思うよ。捕まえる余裕あったなら、一緒に回収するでしょ」
「そう、だな」
「そんなに惜しかった?」
「いや、確たる証拠があれば、私のほうからもトライアンの縁ある貴族に働きかけることができただろうと思っただけだ」
「捕まった相手を痛い目にあわせるため?」
「それもあるが、リオルコノメの子息が報われなさすぎるだろう」
「じゃあ、皇子に仕えてる人から皇帝に届けば働きは評価してもらえるんじゃない?」
「いや、政治力が、な…………今のは忘れてくれ」
当たり前のように答えてしまってから、ごにょごにょ言う。
確かにそうなんだけどね。
政治力はまだユーラシオン公爵に劣るし、外交もしてないし。
それで言えば外交上優位に立ってるのは、姻戚含めて広い人脈持ってるユーラシオン公爵だ。
そんな話してたら侍従が来客を告げる。
やって来たのはナーシャだった。
「お見送りに参りました。大変なことがありましたが、どうか恙なく船旅を成せますように」
来たのはナーシャだけでヒルデ王女がいないのは興味がないからだろう。
最初からナーシャの動向を見るためだけ同行してたし、その後は割符が目的になった。
それもなくなった今、僕たちに関わる気はないということなんだろう。
元より気位が高い王女だ。
公爵家とは言え学生でしかない子供に挨拶なんてしないだろう。
「これはわざわざ。…………お聞きしたいことがあったのです。今朝海人の」
ソティリオスにナーシャはみなまで言わせず応じた。
「第一皇子殿下からは、側近の方を港の視察に送ると。困った時には手を貸してほしいと手紙でお願いされておりましたから」
「手紙…………」
「あら、ごぞんじない? 帝都へお邪魔してから文通をしておりますよ。先日は貝殻を送ったお礼の手紙も。そこには錬金術科の学生に貝の焼成を手伝ってもらったとありました」
僕に振って来るナーシャ。
別に隠すことでもないから応じる。
「貴重な実験材料としてわけていただきました」
「貝殻を焼いてどうするんだ?」
ソティリオスが聞いてくるから、一番想像しやすいだろう用途を教えた。
「石灰って言って、チョークにするんだよ」
僕はイクトから返されたチョークを見せるけどピンとは来ないらしい。
だから他の用途である漆喰や実験の様子をいくらか聞かせた。
「は? 大砲?」
「音だけね。けどまぁまぁすごい音したよ」
「まぁ、そのようなことを。第一皇子殿下のお手紙には用法をこれから模索するとありましたのに」
ナーシャにも手紙で触れてなかったから驚かれた。
実際用途としては、竹大砲なんて賑やかしでしかないんだけど。
「こんな白いだけの石が何故爆発するんだ?」
「石灰の性質でね」
言いながら、僕はチョークの先端を折る。
出されていたお茶のソーサーにおいて、その上から魔法で少しの水を注いだ。
少し待てば、熱を発して湯気が立つ。
「こうやって、熱が発生する性質を使っているんだ」
手をかざしてもらえば湯気に温かさを感じられる。
ソティリオスもナーシャも不思議そうに湯気に手をかざした。
そんなことをしたけど、出航前ということもあって、ナーシャも短く切り上げて立つ。
「それではお帰りの際、また縁がございましたら。その時にはファーキン組と名乗る悪漢がいないよう微力を尽くします」
ナーシャは今後、トライアンに留まって残るファーキン組を追い込むつもりだ。
その上で、自らが潰すということを誇示して去る。
「はぁ…………」
「なんだ、アズロス?」
「いや、家族のお土産選びたかったなって」
「そんなことか。帰りにしろと言っただろう」
「いや、だって。ファーキン組のことあるから半年後ってもっとゆっくりしてられなくない?」
ナーシャは潰すつもりで動くらしいけど、やっぱり他国で相応に時間がかかる。
そして父にも重要証拠を回した。
だから帝国も半年もあれば介入し、ごたごたは続いてることだろう。
(すでに土産物は宮中警護と共に帝都へ向かっています)
(あんまり選べなかったじゃないか)
セフィラは自分で指摘しておいて興味なしだ。
(主人がルキウサリアで手にした割符の換金について。大型クレーンというものの設計図は理解。ですが、求めた情報に対して疑義あり)
大型クレーンはお金を積んで設計図を手に入れた。
石材も扱うそうで、たぶんトン単位も持ち上げられるものだ。
その際にヒノヒメ先輩の割符で、僕はまとまったお金を手に入れた。
漆塗りの器とかあって、その材質にセフィラが大いに興味を持ったため売却しなかったものもある。
お金を手に入れて使った中には、情報を集めてもらえるよう頼むこともしていた。
(ルキウサリア第一王子アデルの情報をエルフの国で集める有用性は?)
(あの船乗りエルフが仲間に当たってくれるって言ってたし。向こうから情報来ないなら探るしかないでしょ)
(必要性を感じません。探れるかも伝達の正確さも不確かです)
(それはお金に誠実だっていう廻船ギルドの信頼性の問題かな)
ディオラに言われて気になってはいたんだ。
さすがに消息不明ってことはないだろうけど、戻らない理由はなんだろうって。
次は負けてくれると言ったからには、船乗りエルフが仲間にどれだけ働きかけてくれるか期待したい。
「出航を報せる鐘だ。アズロス、移動しよう」
「うん」
ソティリオスに声をかけられたことで、僕は考えを払って立ち上がる。
出航の準備ができたと報せる鐘の音の後に、侍従も呼びに来た。
僕たちは数日でとんでもない事件に巻き込まれた港町を後に、船へと移動する。
気になることは幾つもある。
けどまずできることをしよう。
僕はソティリオスに続いて船へと乗り込んだ。
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