233話:逃げる鼠3
「…………借りはアズロスに返す」
宿が見える所まで戻ったら、ようやく考えをまとめたらしいソティリオスが言った。
助けられた礼とは言え、政敵位置の第一皇子を上司に持つヘルコフとイクトに礼を言うわけにはいかない。
けど同じ学生の僕なら、学生同士といういい訳が効くからセーフなんだろう。
結局は僕が言い出したことだから、ヘルコフもイクトも不満はないようだ。
今はともかくファーキン組に気づかれない内に宿へ戻ることが先決。
そこからは、もちろん僕はフェードアウト。
ヘルコフとイクトに任せて、一人宿の裏に回った。
「ご子息がお戻りになったぞ!」
正面から戻ったソティリオスの姿に、外からでもわかるくらいに沸く声が聞こえる。
ヘルコフとイクトには一緒に行ってもらって、僕はセフィラの手を借りて自分が宿泊している部屋の窓から中へ戻った。
「まぁ、いらっしゃったのね。ユーラシオン公爵のご令息がお戻りになりましたよ」
「それはもちろんいますよ。ただわざわざ報せをいただけるとは、ありがとうございます」
部屋を出たらナーシャがいた。
ソティリオスが戻ったタイミングで、僕がどうしてるか確かめに来たんだろう。
ナーシャにはお付きがいるから表面を取り繕ったやりとりになる。
けど僕が窓から見られず音もたてずに出入りできると知ってるナーシャは、一緒に戻った側近の姿も見ただろうし、僕が動いたことはわかってるだろう。
「お助けしようと知恵を絞っていたのですけれど。懸念が一つ解消されましたわ」
「王女殿下の懸念が減ったのなら良かった。今夜は月も明るいでしょう」
それとなく、やろうと思っていたことを潰されたとチクリと刺される。
だからまた夜にと、僕は交渉材料があることをほのめかした。
さすがに僕も、ハドリアーヌ王国が帝国に強気に出るような機会は歓迎できない。
ソティリオスも王女たちの手を借りたくなくて自力で逃げようとしたんだろうし。
とは言え、協力関係を築いたのに出し抜いた形だから、ここは素直に情報提供をするつもりだ。
ちょうどいい名簿も手に入ったしね。
「アズロス?」
階段下でソティリオスが驚いた顔を僕に向けた。
そう言えば宿入る前に別れたから、別々に入ったとしても僕が上階から現れるのは不自然なんだ。
「上にいたのか?」
「えっと、うん。王女さまが呼びに来てくれて」
察したナーシャと目が合うと、微笑んで話を合わせてくれる。
「はい、お部屋のドアのところでお会いできたので一緒に参りましたわ」
「あぁ、そうか」
ソティリオスは、たぶん一階から戻って部屋に入ろうとしたところとで会ったとでも思ったんだろう。
ナーシャのお蔭で誤魔化せたけど、これは追加で、いや、いっそ名簿は渡してしまうか?
どうせ内容はセフィラが全て覚えてるから、後から書き写すことも可能だ。
「こうして戻られたならば、後はトライアンに任せてご令息はお休みになられてはいかが?」
「いや、向こうも動きがあったから私は抜け出せた。このままでは逃げられるでしょう」
事を荒立てたくないヒルデ王女が終息を図るけど、ソティリオスも黙ってはいない。
だいたい上が消えて他も逃げ出す算段をしてたのを聞いてるんだ。
このままじっとしてるだけ襲われ損だった。
ナーシャが僕と目を合わせて来るので、逃げられるのは確実だと小さく頷いて報せる。
「それは大変ですわ。やはりすぐに人を揃えて不届き者を捕らえなければ。今動ける方だけでも集めましょう」
ナーシャはすでに助けると言う名目で動いていた。
だったらこのままソティリオスに捕まっていた場所を教えられて押し込むことも可能だ。
ソティリオスも、すぐに捕まってた所に押し入る計画に乗る。
ヒルデ王女も止められないと見て、自らの手勢を入れようと話に加わっていた。
(さて、向こうが動きだしたら僕らも行こうか。ヘルコフとイクトにも伝えて)
(了解しました)
僕は木っ端貴族子弟として大人しく目立たないようにする。
場所を知ってるヘルコフとイクトだけど、そこは王侯貴族が揃ってるから前に出る必要もない。
留守番してるふりで、僕たちはまた宿を抜け出した。
「さて、ようやく割符の中身を確認できるね」
「襲われても離れないでくださいよ」
「私たちの場合はそのまま突破しますから遅れないようになさってください」
僕は光学迷彩で姿を消して、ヘルコフのベルトを掴んでいる。
もちろんアジトを襲った時に、ソティリオスからファーキン組が奪った割符も回収済み。
二度失敗した道を三度目の正直で、港を進む。
すでに二回暴れてる熊獣人と海人の組み合わせに、攻撃的な目は向けられるけど襲う者はいない。
「なんだい、結局辿り着くのはお付きか」
場所は看板を掲げた廻船ギルド。
仕事の依頼受付らしいカウンターがあり、その前に座っていたエルフの船乗りらしい男が、ヘルコフとイクトの姿に声をかけた。
「なんだよ、わかってんならお出迎えしてくれてもいいだろ」
ヘルコフは警戒した様子は見せず笑って応じる。
相手は、帝国公爵家やらハドリアーヌ王女やらが来ていたと知っていて、知らないふりをしていたことを隠しもしない。
その上で襲われてたことも理解していたからこその言葉だろう。
「ははは、そんな金にならないことしたらこっちが上からげんこつ食らうって」
船乗りエルフは気さくに言うけど、見捨てる宣言でけっこうひどい。
ヘルコフは気にせず世間話のふりをしつつ、割符の使い方を聞く。
いっそ向こうが事情を知っている風だからこそ、正面から割符を出した。
「で、これってどう使うもんだ? 半分はそっちが持ってるんだろ?」
「はいよ、これが半分な。しっかり合うの確認してくれ」
「俺は金払った側じゃないがいいのか?」
「いくつか種類があってな、この割符は本人以外でも受け取りが可能な奴だ。他にも金の払い方次第で預かった荷の保存期間も違う」
「ちなみにこれは?」
「三年契約だな。当人はここ離れようとしてたんだ。別の人間送り返して回収させる予定だったんだろう」
受付の中から割符のもう片方を受け取った船乗りエルフは、そのまま絵柄が合致した二つの割符を受付向こうに戻す。
すると受付の向こうにいた事務方のような人が、奥の扉へと消えて行った。
「ずいぶん物知りじゃねぇか。だったら俺らが預けた側の仲間ってのもわかってんのか?」
「お、そうなのか?」
軽すぎて真偽不明の反応だ。
(セフィラ、嘘ついてるかどうかを、ヘルコフとイクトにも聞こえるように)
(ルキウサリアの学園の学生としてユーラシオン公爵子息が同行していることは把握。そこにハドリアーヌ王女二名が合流したことは理解していました。故にリオルコノメはルキウサリアもしくはユーラシオン公爵家の側に関わる者であると考えています)
確かにヘルコフたちを学生でもない第一皇子の関係者とは思わないし、一代限りのリオルコノメが何処の貴族かなんて短期間で把握も難しい。
なんて考えたら、船乗りエルフが固まっていた。
「おい、どうした?」
ヘルコフも不審さを隠さず声をかけるけど、船乗りエルフは僕ら以外いない廻船ギルドの中を見回した。
そして黙って立っていたイクトへと視線を据える。
「あんた、今誰と喋ってた?」
「何? …………いや、そうか。エルフ」
うん、エルフだ。
僕もエルフな同級生を思い出してる。
もちろん初日の顛末話したから、ヘルコフとイクトも知ってるんだ。
「うっそだろ! 個人で精霊の加護受けてるのか! こりゃすげぇ! 験担ぎに握手してくれよ! やぁ、次の仕事上手くいきそうだ!」
突然テンションを高くする船乗りエルフに、イクトも押されて握手をする。
(事実無根)
さらに不服そうなセフィラの声も聞こえたらしく、さらに笑った。
「そう言わないでくれ。俺は以前精霊に助けられてな。けど精霊の声聞くことさえ珍しいんだ! ファーキン組相手に随分手際がいいと思ってたが、精霊の助けを得られる奴がいるんじゃ当たり前だ!」
そうして、受けつけの奥の事務方が戻ってくるまで、船乗りエルフは精霊の声を聞いて命を拾った船上での話を披露してくれたのだった。
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