閑話46:とある騎士
帝都の宮殿は、勤め先として他に並ぶ場所などない名誉な職場だ。
歴史ある宮殿に、高貴な人々が集うここへ、最初は宮中警護としてあがっていた。
嫡子である第二皇子にお仕えできたのは、家の後押しと幸運。
ただ能力も家格も選び抜かれた者たちの中で、私は決して目立つこともなく突出することもできなかった。
そのせいか他の者が嫌がる仕事を押しつけられたのだ。
四年前までは、そう思っていた。
「あ、いたいた。テオ、おめでとう」
「テオさん、遅ればせながらおめでとうございます」
声をかけて来たのはかつての同輩。
同じ時期に第三皇子と第四皇子に配属された宮中警護たちだった。
ここ一カ月儀式や手続きで忙しく会えないまま。
宮殿の中で顔を見ても、お互い仕事中で話す暇もなかった。
ただ今は休憩時間で移動していたところ。
向こうも同じらしく、立ち話くらい気にしない様子だ。
「ありがとう、と言いたいところだが。正直落ち着かない」
言って、私は腰のベルトを触る。
これは剣を吊るすためのものだが、今はベルトだけ。
宮殿の許された区画以外で剣を佩くことが許されないからだ。
宮中警護の元同輩二人は今も変わらず剣を佩いている。
けれど私はもう宮中警護ではないから、その特権はない。
「どうせ下げてもレイピアなんだろ?」
「それに騎士になれたのにそれは贅沢ですよ」
祝福と共に私たちは握手を交わした。
返す自分の手には剣を握るための皮手袋。
そして足には馬に乗るための拍車がついたブーツ。
剣がないことを除けば恰好は騎士であり、剣がないからこそその他の装飾を意味もなくつけるのが流行なのだ。
そんなことをして身分を誇示しないといけない私は、第二皇子の騎士になっていた。
「そうなんだろうが…………そもそも騎士になれた経緯がなぁ」
他には言えない本音は、経緯に関わる場にいた二人にだからこそ漏らせること。
元同輩たちも思い出した様子で、なんとも言えない笑い顔になった。
大聖堂で四人の皇子の警護に当たった時だ。
そこにエデンバル家が放った暗殺者が大挙して襲って来た。
ところがこちらは宮中警護四人だけで、剣も外した状態という窮地だ。
ただ私はそこで皇子を守るという役割を果たし、命を拾っている。
その後ルキウサリアに向かう途上、武器を持った暴漢の夫婦がいる場でも皇子を守った。
表向き、私は二度次代の皇帝と目された皇子を守ったという名目で騎士となっている。
「あの数見た時は死んだと思ったよ」
「私なんて剣抱えて走っただけですよ」
「何より、一番貢献したはずのトトスさんが…………」
言い合えば、お互い漏れるのは溜め息だ。
わかっている、この叙任に政治的な理由が大きいことは。
それでも知ってしまっているんだ。
あの襲撃を逃れられたのは、私の力など関係なく、第一皇子が賢明であったお蔭だと。
「騎士に叙任される際の儀式で、身に余ると、謙遜でなく口にしたよ」
「いやぁ、もう一度守れと言われたら、今度こそ身を盾にするくらいしか」
「そう考えると、確かに腰が軽いのは落ち着かないでしょうね」
私の言葉に二人揃って頷く。
騎士への叙任は信頼できると思われたからこそ。
だから手元に留めるために、第二皇子の騎士として直属にされた。
それは本当に名誉なことだ。
だが求められる働きをできるかと言われれば、自信がない。
何故なら、評価された二度ともその場には第一皇子とトトスさんがいたから。
「頭を下げたらどうやって襲撃を予見したか、教えてもらえるだろうか?」
「いやぁ、あれは天性の才能だろうから教えられて習得できるかは別問題だよ」
「それにお二方ともルキウサリアですし、教えを受ける時間もないでしょう」
そう言われて、疑問が過る。
「第一皇子殿下は三年間一度もお戻りにならずにいる予定か?」
「いや、トトスさんとの交代要員でミルドアディスがルキウサリアに行ってる」
「来月くらいにはトトスさんだけが帝都に戻る予定になってますよ」
宮中警護を離れて、そうした動きは知らずにいた。
その上でやはり、宮中警護の職のまま留学に同行するのは無理なことだったようだ。
特例を押し込んだ上で、定期的に戻るよう言われているのだろう。
「教えを乞うても、床に転がされるだけになりそうだな」
私の予想に経験のある二人も苦笑いだ。
「トトスさんは第一皇子殿下がいらっしゃらないと即物的だからな」
「第一皇子殿下がいてくだされば説明もしてくれるんでしょうが」
「そうだな…………どうした? そちらでも何かあったのか?」
二人が目を見交わす様子に、勘だが確信めいたものがあった。
第二皇子殿下は嫡子として弁えておられるが、双子の殿下は奔放だ。
第一皇子殿下が派兵される時も、一年離れると言うだけでずいぶん周りを困らせた。
いや、あれも本当に一年で戻ってこられたのがおかしいんだが。
私が考え込んでいると、二人が溜め息を漏らす。
見れば疲れた様子で声を揃えた。
「「…………錬金術の家庭教師」」
「あぁ…………」
ひと言で、もう何が問題かは想像がつく。
今年で双子の殿下も七歳だ。
元から家庭教師はいたが、基礎だけを教える浅い内容。
本格的に専属の家庭教師がつくとなれば、相応の専門家を用意することだろう。
その上で問題になるのは、第四皇子殿下が第一皇子殿下の影響で錬金術に傾倒していること。
そして、錬金術師を名乗るまともな人間を、私は第一皇子殿下以外に知らない。
「いや、一人いたな。皇帝陛下のサロンに招かれた酒造の。あれが錬金術を独自に習得して商売にしたのではなかったか?」
そう言ったら、すでに打診したらしく首を横に振られた。
「第一皇子殿下の弟君に教えられることなどないと、店主も技術者も断ったそうだ」
「どちらも赤い熊の家庭教師どのの縁者だそうですので、さもありなんと」
独自ではなく、人を挟みながらも第一皇子殿下の薫陶あっての成果か。
そうなると後は思いつく当てなど一つしかない。
「ルキウサリアの錬金術科は?」
「卒業した者で帝国内にいるのは家に戻った者ばかりで、今さら錬金術を教えるようなことはできないそうだ」
「店を開いて活動している者はルキウサリアに定住か、山脈向こうの故国へ戻ってしまっているそうです」
そもそも卒業生の数が少ない上に、招聘に応じられる状況にある者はいないようだ。
「第一皇子殿下がお戻りになる時にご相談をとも思ってはいるんだが」
「皇子殿下方も左翼棟に残された第一皇子殿下のノートを見るほうが良いとおっしゃって」
弟君たちが錬金術を続けられるように、第一皇子殿下が残されたノートはとてもわかりやすいそうだ。
「まだテリー殿下は左翼棟へ行っていないから見ていないな」
「こちらは三日に一度くらい行きたいとおっしゃられるよ」
「しかし片付けも私たち二人では手いっぱいでして」
「第三皇子殿下のほうは魔法や剣術に興味があったのでは?」
様子を知ってるからこそ、慰めの言葉も浮かばず話題を逸らすしか思いつかない。
「あぁ、姫君のほうも第二皇子殿下の邪魔をしないようにと距離を取られているから」
「あちらがまた魔法の才能がずば抜けた方らしく、魔法への興味は減ったようです」
どうやら第一皇子殿下が考えた魔法の練習方法を、双子の殿下に強請って妹君と一緒にやっていると言う。
そしてその準備や片づけで何をどうするということを知っているのは元同輩二人だけ。
思った以上にこの二人も忙しいようだ。
「トトスさんが戻って、いくらか話を聞けることもあればいいんだが」
「本当なら第一皇子殿下にお聞きしたいのですが、そんな恐れ多いことは」
血筋としては、言ってしまえば私たちのほうが高い。
けれど才能を知っているし、何よりトトスさんが忠を尽す相手だ。
気軽にはお教えを願うことは憚られる。
そうでなくてもテリー殿下と一緒に、実は学園へ入学しての二重生活を、私は知っている。
第一皇子殿下にそんな余裕はないだろう。
「手紙の往復にも時間がかかるしなぁ。せめて派兵の時のように一人くらい残してくださればまだ…………」
「もっと早い移動手段でもあれば、殿下方の疑問や不満も解消する手立てをご提示いただけるかもしれませんが」
無理、とは言えないことをしているのも、また知っている。
転輪馬という見たことのない乗り物の試乗には同席させてもらった。
馬より安価で、飲食の量も少なく、数を揃えやすい人を使っての移動手段。
実現すれば革新的なことだが、だからこそ国家間の秘密で口外などできない。
本気で思い悩む元同輩たちを前に、私は喉から出かける言葉を必死に飲み込んでいた。
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