230話:二度あることは5
翌日、僕たちは朝からこっそり宿を出る。
夜と違ってソティリオスが一緒だ。
さらに今回は最初からヘルコフとイクトも護衛として動きを把握してる。
さすがに同じ宿で誤魔化せないし、前回助けられたことはソティリオスも認める事実だから。
偽装した馬車で王女二人拾って、また港へ。
同時に宿のほうでは別口で囮の馬車が動き出している頃であり、宿の者相手にも偽装工作をしてあった。
「ではそろそろ降りる準備を」
ソティリオスが言うのはまだ港に入ったばかりの辺り。
これも、こっそり降りて馬車を先行させるというさらなる偽装のためだ。
そういう打ち合わせは昨日の内にしてある。
(つまりは、ばれてるんだけどね)
(二時方向より接近する五人。さらに六時方向より二人。八時方向の二人は今、家庭教師と宮中警護が制圧しました)
セフィラから物騒なお知らせが入る。
そしてヘルコフとイクトの仕事が早い。
どうやら僕らの背後を押さえようとする二人を見つけ、そのまま無力化しに動くそうだ。
(接触は?)
(同時です)
(じゃあ、五人を相手に他が怪我しないよう動かないといけないか)
(武器の類はなし。ただし縄を準備しています)
捕まえる気かぁ。
だったらまずは大丈夫かな?
僕は一人心の準備をした。
そして物陰なんて関係ないセフィラのお知らせで、向こうの動きも把握する。
「大人しくしろ!」
「きゃぁ!?」
突然の恫喝に、ヒルデ王女が心からの悲鳴を上げる。
情報を抜かれてる当人だけど、その自覚がないから本気で驚いていた。
もちろんソティリオスもこうならないよう手を考えていたから苦い顔だ。
ナーシャは怯えたふりしてるけど、この後のことを夜の内に打ち合わせてたから比較的冷静。
もちろんこっちの内情なんて知らない暴漢五人は本気だった。
「こんなところ歩いて馬鹿じゃねぇのか?」
「どれだけ自分が偉いと思ってんだよガキが!」
口汚ない上に威圧してくるさまは、たまたま金持ちの若者を見つけた暴漢だ。
ただ目はしっかり僕らを見定めるように動いていた。
「男二人どっちだ?」
「両方らしいぞ」
「じゃ、騒がれねぇうちに済ますか」
狙いは割符で、持っていて狙われたのはソティリオスだ。
ところが今回は僕も頭数に入ってる。
つまり、これでソティリオスにも情報が漏れていることは伝わった。
元からそれを見定めるために僕はあえてハドリアーヌの二人に情報を漏らすよう耳うちしたわけだけど。
「逃げましょう!」
「走って!」
裏の打ち合わせどおり行動しようとするソティリオスに、僕も声を上げる。
狙われてないことでヒルデ王女も少し余裕ができたのか動いてくれた。
ナーシャは僕の言葉に応じてすぐさま踵を返す。
「アズロス!?」
「行って、ソー!」
僕はあえて足を止めて、そのまま三人を逃がす。
「ともかく男のガキ二人だ!」
「そいつらを逃がすな!」
相手は犯罪者で、捕まえてもトカゲの尻尾きりはわかってる。
だったら、こっちからあえて懐に入るのも一つの手だ。
もちろんそれをさせないためにヘルコフとイクトはこっちに向かってる。
だから襲われたふりで、無関係の割符だけ取られるのはあり。
ただ僕としては捕まってから内側で動くのもありだと思うんだよね。
ヘルコフが言ってたワゲリス将軍のやり方を見習ってさ。
「アズロス!」
「え?」
腕を引かれて突き飛ばされる。
見ればソーが僕と場所を入れ替えるように前へ出ていた。
(なんで!?)
(偽りの身分上、捕まった場合生かす価値があるのはユーラシオン公爵子息です)
セフィラが冷静に言うけどそこじゃない。
いや、僕の思惑なんて知らないソティリオスからすればそういうことなんだ。
ただ僕は抜け出すすべもある。
状況がまずそうなら割符を放り出してもいい。
僕なら次善策も用意してたけど、ソティリオスはそんなのないはずだ。
「無事か!?」
「一人捕まっているな」
駆けつけるヘルコフに状況を見てイクトが走る。
もちろん僕を庇うためだ。
ソティリオスを確保した暴漢は、その動きを見て踵を返す。
僕は咄嗟にその動きに合わせてポケットに入れていたものをソティリオスに投げ渡した。
「後ろの奴らがやられたんだ! 逃げるぞ!」
通りすがりを装っていたし、ヘルコフとイクトを強敵と見てすぐに逃げる判断をする暴漢は、それなりに頭が回るようだ。
(セフィラ! ソティリオスの安全を確保して!)
(重要性を感じません)
(ついでに敵方の動きを監視! 使えそうな悪事の証拠あったら押さえといて!)
(了解しました)
こんな時でもいつもどおりだけど、口を塞がれて攫われるソティリオスについて行ったらしく、それ以降セフィラの声はしない。
その間に、イクトが僕の無事を確認して声を潜める。
「…………追いますか?」
「うん、セフィラをつけたけど、ここは予定どおりに行こう」
イクトは表向き後を追って場所を特定し、その後はナーシャに事を荒立ててもらうつもりでいたけど、連れて行かれたのは予定外にソティリオスだ。
それでもここは予定どおり、イクトには後を追ってもらう。
イクトを見送って振り返ると、ヘルコフに守られる形でヒルデ王女と一緒にいたナーシャと目が合う。
僕の視線を受けて、ばれないよう浅く頷いた。
「私たちではこれ以上どうすることもできません。まずは宿に戻ってユーラシオン公爵家の者にことをお知らせしなければいけないでしょう」
「ま、待ちなさい。トライアンでこんな…………」
「待って何かことが改善しますか? わたくしにはそうは思えないのですけれど」
「こ、ここはトライアン王国です。報告はまず役人にすべきでしてよ」
「どちらにしても、こちらのルキウサリアの学園生徒がお知らせするというのに?」
引き留めるヒルデ王女に、ナーシャが報告を遅らせる意味のなさを指摘する。
ヒルデ王女から情報が漏れるから、その発言はいっそちょうどいい。
本来は僕が捕まり、お優しいハドリアーヌの第二王女がルキウサリアの随行者たちを焚きつけてもらう予定だった。
学園の括りでソティリオスも協力するように動いてもらう予定だったけど。
「ユーラシオン公爵家が後から知ったほうが問題ではございませんか。何より暴漢に攫われたなど、当人が最も恐怖に苛まれているのに、そんな中に取り残すなど」
「…………いい子ぶって」
女性とは思えない低い声に、場に残った僕はびくっとしてしまう。
ヘルコフも赤い被毛が波立つのが見えた。
怨み深いとは聞いていたけど、どうやらヒルデ王女の本性からの声は僕が想像する以上に暗いらしい。
そしてそれを知っていて正面から綺麗な正論を続けるナーシャの肝の座り方も予想以上。
「学生の方も、よろしいですね?」
「あ、はい」
ナーシャが何も聞こえていないふりで笑顔を作り、僕にふる。
その間もヒルデ王女はじっとりと暗い目でナーシャを睨んでいた。
そのまま乗ってきた馬車を探して乗り込んだけど、車内の空気がひどく悪い。
落ち着き払ったナーシャから、これが普通であることがわかる。
(家庭内がこの空気って、僕なら耐えられないよ)
いつもなら淡々と答える声がないことが、今は心もとない。
というか、前世でもここまで攻撃的な空気を周囲に振りまくのは、両親のどちらかがひどく機嫌の悪い時くらいだ。
そう考えると僕は今世は本当に家族に恵まれてる。
すごく今、弟や妹の笑顔に癒されたい気分だった。
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