閑話45:レーヴァン
皇子がルキウサリアを発ってからも、やることは尽きない。
何やってたか整理するだけでも時間がかかるのは、だいたいが色々やりすぎなせいだ。
宮殿でも好きにやってたように見えて、こっちではもっといろいろやり始めてるのが手に負えない。
その上で引き継ぎもおざなりなトトスさんもいたせいでさぁ。
だから俺は、詳しい話をスクウォーズ財務官に聞こうと二階の錬金部屋へ向かった。
そこに入ったまではいいし、姉と違って愛想を知ってる妹ちゃんがいるのもいい。
ただ、二人の死角で光ってる水晶玉の台座を見なかったことにしたい…………。
「ミルドアディスさん、どうしました?」
「…………あぁ、うん。ちょっと確認したかっただけなんだが、それよりも先に、あれ確認すべきかもな」
俺が差すと、スクウォーズ財務官も妹ちゃんも揃って水晶を見る。
台座の一点が光ってる様子にすぐさま手元の作業を放り出した。
「おい、火! せめて消してから動こう」
「あ、すみません!」
俺の警告に妹ちゃんが戻って来て、火を消し始める。
俺は錬金術さっぱりだけど、火を放置することが危険なのはわかるつもりだ。
そして、水晶の台座が光ったら皇子からの連絡ってこともわかっている。
「えぇと、これをこうして、ここをこうして…………」
スクウォーズ財務官が、知った様子で応答のために準備をしていた。
そしてたどたどしくピアノの鍵盤を小さくしたものを鳴らす。
少し待てば応じるように水晶からピアノの音が返った。
それもまたスクウォーズ財務官がたどたどしく聞き取って、手元にメモを書きだす。
「あぁ、もう。見てられないから俺が書くよ」
「え…………おぉ、ありがとうございます」
耳で聞いてすぐに書くと、スクウォーズ財務官は羨望の表情で俺を見る。
一応母親が貴族令嬢だったからね。
城に住み込みで働かせてもらう中、俺の父親が誰かを知っているルキウサリアの陛下は、貴族子弟として通用する学習の機会をくれた。
その中にピアノがあっただけで、帝都で宮中警護になってからとんと触ってない。
なのにけっこうわかるものだ。
「はいよ、これであってるはずだが文字に置き換えるのはまだ俺じゃなぁ」
「はい、では…………リオルコノメ?」
聞くのは不得手でも音を文字に変換するのは手慣れた様子で、見てすぐ反応した。
その上で手短に返事の音を鳴らす。
「第一皇子殿下だろ、なんて? まさか移動中に厄介ごとなんて…………」
「皇帝派閥のリオルコノメという貴族が惨殺死体で見つかったそうです」
茶化す俺に、スクウォーズ財務官は悄然として答える。
そんなの聞かされたら俺だって困りたい。
何その聞かなかったほうが心安らかな情報?
しかもなんでこの財務官どのは俺を水晶の前の椅子に座らせてるの?
「あ、応諾の返信がありましたね。では、聞き取って、それからこちらの言う音を鳴らしてください」
「はい? え、もしかして俺がやるの?」
「はい。私よりも確かなようなので。殿下からも今お許しが」
できればこんな技術関わりたくない。
知らないふりしてたいくらいなんだけど…………手を出したのは俺のほうだ。
言い訳もできない状況に後悔しても遅いよなぁ。
「…………え、つまりなんです? あの殿下の目の前に、ファーキン組は死体を転がしたって? 天下の犯罪者が何やってんだよ」
「いえ、別に殿下の前にわざわざ転がしたわけでは。それにまだファーキン組とも確定はしていないようですし」
俺たちは皇帝に伝えろとの伝言を見て、ファーキン組の間の悪さに困り果てる。
内容はリオルコノメという皇帝派閥の貴族の死と、残しただろう手がかりがユーラシオン公爵子息の手に渡ったこと。
物の確保は難しくとも内容把握を同行している第一皇子が狙うこと。
「で、これらをロムルーシ行きの船が出るまでにやり果せるって?」
「数日でどうにかなる話とも思えませんが、やると言ったらやる方だそうですし」
スクウォーズ財務官は想像つかない様子で言うけど、俺は一つ思い当たる節がある。
帝都で根を広げてた犯罪者ギルドの一件だ。
あれを切除する一端を何食わぬ顔で差し出した第一皇子の姿が思い出される。
夜の帝都で未だにどうやって手に入れたかわからないし、なんで誰にも見つからず宮殿抜け出せていたのかさえ謎のままだ。
それでも何か種があり、あの側近方でも危険を説いて止めるだけの理由を捻りだせない絶対的な手段を確立していることは想像してた。
「こりゃ、ファーキン組も終わるか」
「ミルドアディスさんは、何かごぞんじで?」
「あぁ、知らない? 犯罪者ギルド潰したの誰かは知ってる?」
「…………そう、ですか」
表向きはストラテーグ侯爵だ。
もう直属なの隠しもしない俺がそう聞くってことはね、スクウォーズ財務官も裏があること気づくわけで。
で、話の流れからして出て来る名前は第一皇子一択なわけよ。
スクウォーズ財務官は俺の茶化すような言葉つきでも納得した様子からして、第一皇子が隠し持つ種は知らない。
俺も知らないから何するかはわからないけど、何かするんだろうなという確信だけはあるんだよなぁ。
「ともかく、これ帝都に報せないといけないわけだけど。まずはこのウェアレルにも伝えてって殿下のお達しをどうにかしないとな」
「そうなると夕方に戻るのを待たなければいけませんね」
「面倒だから今から城行って、帝都にお知らせした後じゃ駄目かな?」
「あちらがお戻りになるよりも早く、城に上がれると言うのも…………」
「そうそう、俺こっちがホームグラウンド。殿下くらいの年齢で城出入りしてたから」
「今さらですが、私の対応はこれでいいんですか?」
「俺コネだから。自力で財務部就職してる方にそんなそんな」
深掘りは危険だから茶化して誤魔化す。
不機嫌になられるかと思ったけど、実際は逆の反応だった。
スクウォーズ財務官は嬉しそうにはにかんでる。
派兵の時に親しくなったけど、最初は随分警戒されてたのに。
それが慣れると全く毒気のない相手で、こっちも毒気抜かれちまったよなぁ。
「あのぉ…………私、聞いていてよかったんでしょうか?」
そう声をかけられて、部屋に第三者がいたことを思い出す。
見れば、片づけを終えた妹ちゃんが、所在なげにたたずんでいた。
「あぁ、うーん…………何処まで知ってる感じ?」
俺はともかくスクウォーズ財務官に確認を取った。
「第一皇子殿下が常ならぬ才の持ち主であることは知ってます」
「そこはまぁ、影武者するならね」
実際相手をすれば大抵の奴はわかるだろう。
わからないのは、馬鹿のふりして目くらましされてるユーラシオン公爵とその息子くらいだ。
あの変な喋り方が素だと思ってるなら、普段の殿下見ても気づかない。
まずイメージが違いすぎるだろうし、髪の色も印象を大きく変えている。
何より十歳にも満たない幼さで、性格を偽るなんて癖のあることやるなんて思わないって。
「じゃ、口外無用ってことで。そうだな、この部屋は入れない人には言っちゃ駄目ってくらいでいいか」
「そうなると、もはやルキウサリアには限定二人になりますね」
スクウォーズ財務官が言うとおり、他は教師やってる側近と侍女だけだ。
本当こういう時周りに人がいないから実態漏れなさすぎて、羨ましいんだか面倒なんだか。
初めて会った頃から隠し通してたのを知ってる分、俺としては薄ら寒いものを感じる。
いったいいつからあの殿下は、今いるこの未来を予見して対処してたんだ?
「念のために言うけど、ダム湖にいるお歴々にも言っちゃ駄目だからな?」
「それは、はい。ご主人さまにも探って来るだろうから知らないふりをするようにと言われています。困った時には姉かウォルドさん、レーヴァンさまを呼ぶようにとも」
「なんっで俺の承諾もなく頭数に入ってるのかねぇ?」
「それは、あそこに自ら赴かれることを、殿下もおわかりであったからでは?」
スクウォーズ財務官の言いように、否定できない。
本当に可愛げがないなぁ、あの殿下。
これで悲劇の主人公ぶってればまだこっちもお優しいふりして同情してやるのに。
…………なんて考えも見透かされそうだからなお可愛くない。
「あの、ご迷惑でしたか? いえ、ご迷惑おかけしないように私も自分で対処しますので、どうかご主人さまのご迷惑にならないようご助力をいただけませんか?」
妹ちゃんが健気に俺に助けを求める。
比較対象が同じ年齢であるはずのあの第一皇子だからなおさらいじらしい。
俺は思わずその頭を撫でた。
瞬間、殿下がいないとわかっている侍女が、ノック一つで入って来る。
「淑女に対して気遣いが足りませんでした。謝るんで、その睨み殺しそうな目を向けるのやめてくれませんかねぇ?」
俺は両手を肩口に上げて無実を訴えたけど、それから侍女の目は変態のそれを見るに等しい嫌悪と警戒が滲むことになってしまったのだった。
ブクマ4500記念