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221話:トライアン港町1

 船旅も含めたひと月半の移動の陸路は、安全第一に道なりに街を渡って行く経路。

 だから直線距離よりも時間がかかるんだけど、その分天幕で野営なんてこともない。


 ただやっぱり軍のような先遣隊が安全確認してるわけでもないから、襲われる時は襲われる。

 それはトライアン王国内に入って港町に向かう道中でも同じだった。


「うおりゃ! よし…………!」


 ヘルコフの声と共に砂埃を上げて巨体が倒れる。


「予想以上に大きなドラグーンが出たな」


 イクトは剣を鞘に納めながら、珍しく疲れたように息を吐いた。


 そうして立っている二人とは別に、護衛の役割のある者たちはへたり込んでいる。

 馬車の御者補助も一緒で、それほどの戦いだった。


「この大きな魔物はドラグーンって言うんですか?」


 僕はセフィラに周囲の安全を確認してもらって馬車の外へ。

 馬を休ませるための休憩中に現れたのは、象ほどもある巨体の魔物。

 短く蟹股の足があり、這いずるように動く割りにとんでもない突進力があった。

 顔も尾も長く、低い体高からしてもワニによく似てるけど、明らかに違う角が生えている。


 僕とソティリオスが避難してた馬車が無事なのは、周囲が上手く進行方向を逸らして守ってくれたからだ。


「地中に棲み、石を食べると聞く魔物だな。実物は初めて見たが」


 ソティリオスも出て来て、倒された魔物を観察する。

 旅の間僕がやっているのをいつの間にか真似するようになっていた。


「僕は初めて聞いたけど、ソティリオスは詳しいの?」

「いや、父の領地にある採掘場に、小型だが現われたことがあった。鉱脈を荒らしていたと聞いている」

「うわ、けっこう有害?」


 そんなドラグーンと言う魔物は、その大きさからさすがに全体の解体は無理。

 だからと言って放置すれば悪臭と疫病の元になるので、処理を近くの街に頼む必要があるという。

 そんな話をしていたら、へたり込んでいた人たちが刃物を求めて声かけを始めた。


「え、解体するの? 食べられる魔物?」

「いやいや、こいつは生きた宝石箱とも呼ばれる魔物なんだよ」


 可食部分だけ取るのかと思ったら、ヘルコフが得意げに教えてくれる。


 ソティリオスが言うとおり良質な石を食べる魔物で、金属でも宝石でも関係ないらしい。

 人間では到達できない地下深くにまで潜ることができ、その上で、腹の内には石が残存することもあるという。


「よく残っているのは宝石類。だから生きた宝石箱と呼ばれ、討伐依頼があれば争奪戦になったな」


 イクトがかつての経験を語ると、聞いていたソティリオスは渋い顔になった。


「迷惑な話だ」

「あはは、土地を持ってる方からすればそうだよね」


 とは言え、苦しい戦いを終えての戦利品としては魅力的。

 他の者たちも、おこぼれ狙いかただの好奇心か、一部解体には乗り気なようだ。

 それこそ宝石箱を開けて中身を見ようとするような期待感を持っているのがわかる。


「余分な石は落ちてるし、あの大口で削り取るんで、人がちまちま掘るよりも大きな宝石が出るんだ」

「商人によってはドラグーンから採取された宝石のほうが色がいいという者もいるな」


 ヘルコフとイクトは死んだドラグーンの腹を触りながら教えてくれた。

 どうやら一番労力を少なく目的の臓器に至れるように、場所を吟味しているようだ。


 視線を感じると、ソティリオスが僕を見ていた。


「どうしたの?」

「いや、軽率な振る舞いと最初は思ったが、アズロスはなんにでも興味を持つんだな。今回はこの目で見られて学ぶことがあった。領地での対策をもっと考えなければ死者が出る」

「はいはい、これでもちゃんともう新手はいないか見てから出てるんだよ」

「見ただけでわかるものか?」

「そこはわかる人にはわかるから」


 セフィラとかイクトとか、ね。

 イクトはなんか狩人時代に身に着けた特殊能力なのか、物音してても別の生き物がいると気づくんだよね。


 もちろん僕はセフィラ頼りだ。

 そんなことわからないソティリオスは、ピンと来ない様子で考え込む。


「そういう、ものなのか?」

「そういうもの、そういうもの」


 あ、適当に答えたら胡散臭そうな顔された。


(主人に報告)


 突然セフィラに声をかけられた。

 語りかけはいつも突然だけど、ソティリオスと膝突き合わせての馬車移動だと無闇に話しかけはしない。

 こういう人が多い時もそうだ。


 けど今話しかけて来たってことは、つまり言わなければいけない事態が生じている。

 警告や忠告じゃないなら危険は低いだろうけど。


(どうしたの? 魔物でもいた?)

(人の死体がありました)


 あまりの内容に、僕は絶句する。


「地中を移動している場合は早期発見も難しいだろうが…………どうした、アズロス?」

「あ、いや、えっと…………」


 なんと答えていいか迷うと、ヘルコフとイクトが気づいてこっちを見る。


 僕は言葉に迷って口元に手をやった。

 鼻に触れたことで言い訳というか、報せ方を思いつく。


(あ、セフィラ! 死体のほうから風をこっちに流すことできる?)

(可能です)


 すぐに応じるセフィラが風を操ると、途端にヘルコフとイクトが反応した。


 ルキウサリア王国からの人員も、ソティリオスの世話係も人間だ。

 それでも勘がいいのか御者の補助は、何かを思い出そうとするような表情を浮かべた。


「こりゃ、臓物の臭いだ。このドラグーンに踏みつぶされたか?」

「向こうから流れて来たな。だが…………」


 ヘルコフは人だとは思ってないようだ。

 ただ言いさしたイクトはちらりと僕を見る。


(セフィラ、二人にも教えて)

(了解しました)


 ヘルコフの耳が警戒するように立ち、イクトも剣の柄を握って他の者に声をかける。


「嫌な予感がする。解体は一度待て。臭いの元を確かめる」


 第一皇子の指示で動いているという名目上、宮中警護の制服を着たイクトは随行員の中でも発言権がある。

 そうでもなくても、道中魔物を蹴散らしている姿を見ているので誰も反対はしない。


 そうして動こうとしたところ、ソティリオスが声を上げた。


「私も行こう。近くの者が巻き込まれて怪我をしている可能性もある」

「いや、だったら余計に待っていてもらって…………」

「自分たちの外見が恐怖を催すことを少しは自覚したほうがいい」


 止めようとしたヘルコフは、怖いと言われて黙るしかない。

 確かにこの辺りは町も近いから森も人が入りそうな下草のなさだ。

 しかもセフィラがいうには、僕たちが向かう道から少しそれたところが現場らしい。


(セフィラ、生存者は?)

(いません。殺し尽されています)


 不穏な応答が返る。

 潜む者もいないということで、僕たちは人命救助を名目に半々にわかれて行動することにした。

 僕は手当てできるってことで、一応ソティリオスと同行する。


 ただ行って後悔した。

 淡白なセフィラの言葉では、現実味なんてほとんどない。

 けれど目の前に広がった血の海と無残な死体は、胸が悪くなるほど酷いありさまだった。


「うぐ…………!」


 ソティリオスも口を覆って呻く。

 一台の馬車を中心に、死体がばら撒かれるような現場。

 男女関係なく衣服をはぎとられている上に、顔も潰されているという猟奇的な惨状が広がっていた。


 状況を把握したヘルコフは、僕たちの前に立ちそれ以上見ないようにしてくれる。

 その上で遅れて一緒に来ていた人たちが僕とソティリオスを後ろに下げた。


「うぅ…………うん、なんだ、これは?」


 下げられるままにしていたソティリオスが何かを蹴るのが見えた。

 反射的に草むらに手を入れ、ソティリオスは名刺サイズの板を拾う。


 それは、彫り込まれた図柄に赤い色彩を施した、見覚えのある割符だった。


定期更新

次回:トライアン港町2

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ドラグーンがモンスターの名前てのは初めて見たかもしれない
[良い点] いかにもファンタジーなワクワクモンスターや、有能側近たちの活躍、ソー君との気軽な対話…からの現代倫理観から大きく外れた惨劇。 この温度差がたまらなく好きです。 ゆったりのんびり(?)な学園…
[気になる点] 割り符かー さてどちらか…
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