閑話44:ネヴロフ
アズが留学に出て何日か経った放課後。
「ネヴロフくん、今時間ありますか?」
「色違い先生」
教室に色違い先生が来たんだけど、俺だけ呼ぶ理由がわかんねぇ。
それは他も同じみたいで、イルメ、ウー・ヤー、ラトラスもこっち見てる。
っていうか、色違い先生って呼ぶと緑の尻尾が横揺れするんだけど、なんであんなに動くんだろ?
俺の尻尾そんな動かねぇのに。
「実は、第一皇子殿下に君のところの領主から、人を介して相談の手紙が来たんです。故郷への手紙を送るなら、第一皇子殿下が一緒に送ってくださると」
「え、本当! やった!」
「良かったじゃないか。さすがに辺境に手紙を送れないと言われたのに」
ウー・ヤーが俺の肩を叩いてきた。
こいつのほうは商業路使って手紙送れるってなったんだよな。
しかもステファノ先輩の家が出す船が、チトス連邦ともやり取りしてるから、そこに乗せられるって話になったし。
ニノホトの先輩に送られてくる手紙も海路でチトス連邦経由するからって、そっちでもいいって。
調べたらチトス連邦とはけっこう道があるみたいだけど、俺はどうやっても手紙送るためには人をわざわざ雇って行ってもらうしかなかったんだ。
「軍がいて近づかないと聞いていましたが。地元領主は、第一皇子と親しいのですか?」
いつもは興味持たないイルメが、色違い先生に聞く。
「実は仲介が軍なんです。もう少し言うと、第一皇子殿下に仕える者の血縁者が軍人で、そちらから問い合わせがありました」
聞けば俺も見た覚えのあるエルフの女軍人だった。
領主さまがホーバートってでかい街で再会して相談したとか。
ラトラスも良く動く尻尾を立てて話に入って来る。
「辺境とは言え領主が国軍の知人当たって、さらに宮仕えの血縁者頼ってようやく第一皇子に手紙かぁ」
「あはは、直で手紙送ってたキリル先輩変な人だな」
俺が笑うと他が苦笑いする中、イルメが俺を指差してきた。
「その直接手紙を渡すことも難しい相手から、厚意で手紙の仲介をすると言われているのよ、ネヴロフ?」
「お、そうだな。やっぱり第一皇子はいい人だよな」
心から言ったのに、何故か色違い先生まで反応に困ったみたいだ。
「えぇ、まぁ、他意はないのでしょう。それに第一皇子殿下もあの村から、新たな錬金術師が生まれることを望まれていました。手を貸すのもやぶさかではないのですよ」
「え、ほんとに!?」
村にいた時から錬金術教えてほしいなとか思ってたのに、同じ思いだったんなら、なんか妙にはしゃぎたくなる。
「でも、わざわざ相談って。ネヴロフの故郷のほうで悪いことでもあったんですか?」
ラトラスに言われて、俺は想像もしてなかった可能性に総毛立った。
そんな俺に、色違い先生は笑って否定する。
「逆に、良いことがあったからこそ、困ったという相談のようですよ。ホーバートで今国軍が動いていることは知ってますね?」
そこはなんか大変だってのは聞いてた。
山降りる前にもまた軍が来るって噂は聞こえてたし。
ただその後、立身出世の湯とか言って評判になったというのは初耳だ。
「それって、村の奴らも温泉使えないんじゃ?」
「えぇ、軍が駐留していた時と同じような問題が起こったそうです」
あの時も順番待ちとか色々あったなぁ。
混雑避けて、夜月が昇ってから行く人もいたくらいだし。
「また険しい道も問題で。いっそ、村のもっと手前に外来の者が使う専用の温泉を作れないかと考え、それが現実的かどうかという質問が来ています」
「うーん、地形整えれば行ける?」
俺が考えるとウー・ヤーが小難しいことを言い出す。
「利権は? 土地から離して得られるかもしれない利益を失うようではだめだ」
「そこは第一皇子殿下も考えています。ネヴロフくんの故郷には湯守という役職に就いてもらい、源泉の管理を引き受けるようにと。そして温泉は使用料を取って、決まった利率で湯守の働きに対して金銭を支払ってはどうかとのことです」
なんだか想像できない話だ。
というか意味のわからない言葉もある。
「険しい山の中で耕作面積も限られ、家畜も増やせない状況です。人を雇い入れられる場所ができれば、出稼ぎに行って戻らない者も出なくなるのではないですか」
「あ、確かに。俺も兄貴が家畜受け継いで家に残るけど、俺は役目ないと村に残るだけ邪魔だし」
その役目にできるのが錬金術だと思ったからここ来てるんだ。
けど、第一皇子はやっぱりすごい人で、俺が想像するより大きなことを考えてるらしい。
「第一皇子殿下は、手紙の仲介はするので、君が故郷の者の疑問に答えてはどうかとおっしゃっています。もちろん教員として私も手伝いはしましょう。興味があるようなら、他の錬金術科の学生の助言も受けるべきだとも」
「え、俺? でもまだ全然錬金術できてねぇよ?」
「少なくとも、現状必要なのはあの山脈の地形を知っていること、そしてあの源泉から湯を引いて温泉という形にした際に問題がないよう計算ができることです」
言いながら、色違い先生が手に持っていた紙を広げる。
「送られてきた手紙に書かれていた図面を、第一皇子殿下が大きく描かれたものです」
図と一緒に、流れるような文字が書かれてた。
俺の知ってる文字と形が違う。
「えっと?」
「貴族が使う文字だ。俺たち平民が使うのは簡略化してるんだって。こっちのゴテゴテしたのが本来らしいって聞いたことがある」
ラトラスが教えると、イルメとウー・ヤーも珍しそうに覗き込む。
ただ色違い先生に読んでもらえば内容は普通。
っていうか、故郷からの質問に対して、情報として足りない部分を書いてるみたいだ。
「高さと距離については軍に計り方を聞くようにと。それによって必要材料と設備の総延長が変わります。また、谷を渡して湯を届けることが可能かという問いがありました。それについてはどう思いますか?」
「無理なんじゃないか、ネヴロフ? 水は重い。どれだけの距離があるかわからないが、この描かれた細い管には相応の負荷がかかるはずだ」
魔法で水を作れるウー・ヤーが言うと、イルメが図に描かれた管を指先で差した。
「そもそも何故管なの? ここはもう水道橋を建てるべきよ。つまり必要なのは石材と石工」
「え、何それ? 水道橋って何? 山に石はいっぱいあるけど」
俺が何言われてるかわからないでいると、色違い先生が橋の中に水の道を通す設備だって教えてくれる。
「そしてイルメくんの言うとおりでもあります。第一皇子殿下が行ったのは、あくまで村内に運ぶやり方です。その時にはこの管を使いました。しかし状況が変われば、やり方も変えたほうが適している場合ももちろんあります」
ラトラスも管の部分に指を置いて考えながら言う。
「それにこの管、第一皇子が使った材料だとか形状とか、それを使う利点も何かはっきりさせとかないと。水道橋なんて大工事した後に使えませんじゃ、どうしようもないだろ」
言いながら別の個所を指す。
そこには見慣れない文字だけど、何とか読める一言があった。
「金」
「この場合は経費という意味です」
色違い先生に言い直された。
「ある程度あの領地の懐事情は聞き及んでいますので、無理な工事は推奨しないとのことでした」
「辺境ならそれが一番の問題だな」
「資金の当てもないのに拡張という時点で止めるべきよ」
頷くウー・ヤーに続いてイルメがすぐさま否定する。
けど色違い先生はそう思ってないみたいだ。
「今は近くで軍が活動しています。人が普段よりも多く噂にもなっている今の内に、利用者を増やして通う流れを作らなければ、二度とないチャンスでしょう」
「あ、もしかして。利用客からもっと使い勝手のいい場所作るからって、資金提供お願いしろってことですか?」
ラトラスが声を上げると、色違い先生は否定もせずに俺を見た。
「そこは第一皇子殿下の裁量にはないので、基本は聞かれたことに対してのみ回答されます。ですから出身者であるネヴロフくんには、思ったことを提案してもらえれば…………」
良くわからないけど俺頼られてる?
あとなんか面倒なお貴族さまのルールがあるのはわかったみたいで、俺以外が頷いてる。
これってたぶん、一緒に考えてくれるってことだよな?
だったら故郷のためにできることがあるなら、やってやるぜ。
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