220話:トライアンへ向けて5
ソティリオスとロムルーシ留学をすることになって、どうなることかと思ったけど僕の正体には気づかなかった。
そのせいか思ったよりも気軽な移動をしている。
「なんなんだ、あの二人は…………。第一皇子はあんなのを家庭教師に? ストラテーグ侯爵はいったい宮中警護にどんな訓練を?」
「そうだねー」
馬車の中で唖然とするソティリオスは、さすがに二人きりだから僕に喋りかける。
思えば入学体験の時は、ほとんど目も合わなかったし声もかけられなかったんだよね。
そんなことを思い出しながら、僕は知らないふり。
そして馬車の外では魔物化した鶏の群れと戦うヘルコフとイクトがいる。
「あぁ、くそ! ウェアレルがいたら早かったのにな」
「勿体ないが食べる分以外は気にせず潰すしかないだろう」
ウェアレルの不在を惜しむヘルコフは、棍棒で鋭い蹴爪を振る鶏を薙ぎ払う。
イクトは宮廷外ということもあって剣は使わず、棒で的確に鶏の胴を突き倒した。
ちなみに魔物化した鶏はしゃものような見た目で、目つきが鋭く首や足が長い。
あと大きさが中型犬くらいあるから、けっこう凶悪な外見をしていた。
それが九羽いたんだけど、今では残り四羽。
ヘルコフとイクトだけで倒してしまっている。
「…………食べる、と言ったか? まさか魔物を食べるのか?」
「あれ、魔物食べたことない?」
「食べるのか!?」
ソティリオスに驚かれた。
そう言えば宮殿の食事で魔物なんて出たことないや。
けど帝都だと普通みたいにラトラスは言ってたんだけどなぁ。
「帝都でも食べられるよ?」
「そ、そうなのか」
ソティリオスのほうが退くようにして、それ以上の否定はない。
なので一応、エルフでは禁止で、獣人は好むことも伝えてみる。
「あと、海人も海の魔物化した魚食べるって言ってたな。帝都で魔物化した魚捕ってるのなら見たことあるよ」
「初めて聞く話ばかりだ。帝都で魔物の肉が食料品扱いだとは」
帝国は人間の国で、帝都は色んな種族が流入するとはいえ、ソティリオスは公爵令息。
周りも人間ばかりなんだろう。
僕も学園でクラスメイトたちから初めて聞いたし。
「えっと、死体の処理をするそうで、まだかかります」
そう言って来たのは馬車の御者の補佐。
馬車を乗り降りするために扉を開閉したり踏み台を用意する人だ。
出発は先だと教えてくれたんだけど、補佐に対してソティリオスが別のことを聞く。
「お前から見てあの二人の腕はどうだ?」
「並外れています。そして、ずいぶんと手慣れています」
「そうか」
僕が目を向けるとソティリオスが説明してくれた。
「あの者はこの馬車の護衛も務めている。それが出る前にあの二人は動いたんだ」
魔物もいれば盗賊もいる世の中。
列作ってると抵抗する人員多くて狙わないこともあるけど、やる人はやるから。
この馬車は学園が用意したもので、ソティリオスが用意したのは使用人用と荷物用だけ。
つまり人員も学園の裏のルキウサリア国王から用意してもらったそれなりの人なんだけど、どうやら出遅れたらしい。
「家庭教師と宮仕えのはずだよねぇ」
「そのはずなんだが…………」
そんな二人がいてほしいっていうウェアレルも加えると、実は僕の周りって戦闘系で固められてたの?
今さらなことはいいか、頼りになる側近たちだと思っておこう。
「僕、解体を見たいから出るよ」
「は? そんな物を見てどうするんだ?」
「錬金術には人体や生命についての考察もあるんだ。その一環かな。それに薬を作る上でも肝を使ったりするし。体のつくりを見て知っていて損はないんだよ」
つまり、僕の知的好奇心ってやつだ。
正直、魔物なんて前世にもいなかった生き物だから、何が違うか気にはなる。
派兵の時に魔物化した猪はいたけど、あれの解体は軍がしたから僕がうろうろできなかったし。
「見学させてくださーい」
「はい…………いえ、いいだろう」
イクトがついいつもどおり返して言い直す。
それを僕と帝都で歩き慣れたヘルコフが笑っていた。
ただ僕も慣れが出る可能性があるから、イクトのことは笑えない。
「で、何が見たい、錬金術科の坊主」
ヘルコフは知らない人のふりでいつにない呼び方をしてきた。
「鶏さばいたことはありますか? 魔物化してると普通の鶏との違いって何があります?」
「そうさなぁ、こいつは魔物化した上で繁殖してるから、変異はそこまでないんじゃないか?」
ヘルコフは比較的見られる形の鶏を選んで、羽をむしって腹を割く。
わかる範囲で臓器の名前を挙げられれば、気管や肺、心臓とか哺乳類にも共通する部位ばかり。
まぁ、下に行くにつれ胃が二つとか、卵になる直前の何かとか出て来たけど。
「急激に魔物化したものは、部位の異常発達や骨の変形、生殖能力の喪失などがある」
イクトも羽をむしって鶏を食肉に加工しながら教えてくれた。
そして変異の例として巨大化を上げるのは、僕が見たことあるからだろう。
「あれほどになると生殖能力はないに等しい。その分個体で圧倒的な力を振るって生き残る。時と共に経験も積むから、巨大化した魔物は手が付けられなくなる前に倒す」
イクトが狩人としての経験で語ると、足音が近づいて来た。
「あれほど?」
どうやら馬車から出て来たソティリオスが聞いてしまったようだ。
つい知ってる前提で話してしまったイクトに、僕とヘルコフが話を逸らす。
「何処でそんな大物に出会ったんですか?」
「殿下の派兵にお供して、北の国境に向かってる途中だったなぁ」
「魔物に襲われたのか、軍が?」
ソティリオスは誤魔化しに気づかず別のことに気を向けてくれた。
軍事行動で報告はされてるけど、ソティリオスが見れるかどうか知らないし、たぶん子供だから見られないんだと思う。
しかも僕が狙われる形でヘルコフたちが即座に倒したから、軍の報告としても重きは置かれない内容だろう。
特に僕の評価は低く抑えるようにされていた。
軍内部でもワゲリス将軍が報告を残している程度のはずだ。
「軍でもなんでも襲う奴は襲うんで、気を付けてくださいよ。ロムルーシは帝国ほどこまめに間引きなんてしないんで」
ヘルコフが言うには食べる前提の野生動物扱いで、あえて狩り尽したりはしないそうだ。
大陸中央部の人間が多い地域では、地方によって見つけたら即座に狩り尽すところも珍しくないんだとか。
大量に狩って、食べるところもあればそのまま処分するところもあるというのは、元狩人イクトの言。
「それとこの魔物は被捕食者。近くにこの魔物を獲物として襲う魔物がいる可能性が高い。残りの死体は埋めるか焼くかをしたほうがいいでしょうな」
「そんなことが必要なのか」
初耳と言わんばかりのソティリオスに気になって聞けば、貴族のたしなみとして狩猟はするらしい。
けどお付きいっぱい引き連れて行うから、こういう手間を見たことはないんだとか。
追い立てて、目の前に誘導された獲物をしとめて、持ち帰りも全て他人任せだという。
「わー、貴族っぽい」
「アズロスもそのはずだろう」
「いやぁ、狩猟とかしたことないよ? 上手な人にとって来てもらって、わけてもらうことはしたけど」
同じ側の人間のように言われても困る。
しかもそれっぽく言ったけど、僕が狩猟で得られた肉を食べたのは派兵の時のみ。
そして上手な人はここにいるイクトだし。
過酷なファナーン山脈の環境下で、狩って来てくれたんだよね。
僕の反応にソティリオスは困りぎみだ。
その上で何やら受け入れるように頷く。
「どうやら私は自分が思うよりも見識が狭かったようだ」
「なんで今のさっきでそうなるの?」
「今のさっきで知らないことばかりをアズロスに言われたからだが?」
僕のせい?
というかそんな素直な性格だった?
「なんだ?」
「…………いやぁ、噂とは違うなって」
ただの誤魔化しだったんだけどすごく嫌な顔をされる。
自分に良からぬ噂があることは知っているようだった。
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