218話:トライアンへ向けて3
料理に色を付けるという試行に、狭いキッチンは盛り上がっているようだ。
そして問題はキッチン以外で起きた。
「頼もう! レーゼンは何処だ! 婚姻の申し込みに参った!」
「「ぼふぉ!?」」
突然乱入して来たのは学生だったけど、魔法学科とも違うたくましい体つきをしてる。
そして青い炭酸を味見してた僕とラトラスは揃ってむせることになった。
「なんだ? あの人も参加すんのか?」
「違うだろうな。先輩への求婚者らしい」
「けれど剣を携えているのはどういうことかしら?」
重曹を良く溶かしつつ、飲み物係をしていたクラスメイト三人は平静だ。
吹いた僕とラトラスにハンカチを貸してくれるキリル先輩は説明も請け負ってくれる。
「そのまま求婚者だな。レーゼン先輩を狙う者は多い。ニノホトの王族だから、ニノホトに近かったり、交易のある土地の出身者がほとんどだな」
どうやら僕と同じような状況は帝国に限らずあるらしい。
「その上でレーゼン先輩に求婚する者は、イトー先輩を倒さなければ言葉さえ交わせない」
キリル先輩が言うと、キッチンからチトセ先輩が現われる。
けれどそれよりも先に、炭酸の水色を楽しんでいたヒノヒメ先輩が前に出る。
「本来卒業した年度やのに、まだそないなこというお人がおるんやねぇ。やけど、今日は送別会なんよ。礼儀知らずはあきまへん」
言うや、ヒノヒメ先輩は日舞に使うような大ぶりな扇を取り出した。
「眠りや」
ヒノヒメ先輩が扇をはためかせると、名乗ろうとしていた求婚者は違和感がある様子で口元を触る。
そして次の瞬間、ばたりと倒れ込んでしまった。
「堪忍なぁ、騒がせてしもて」
扇をたたんで謝るヒノヒメ先輩の後ろで、チトセ先輩がさっさと倒れた相手を室外に放り出す。
手慣れた様子から初めてではないようだ。
というか今の、忍者アニメで見たことがある。
霞扇の術という忍術だ!
「え、なんかアズがすごくキラキラした目をしてる」
「今のすごい技だったのか?」
ラトラスとネヴロフが戸惑って、僕とヒノヒメ先輩を見比べる。
イルメとウー・ヤーは、目の前で起きたできごとを考察し始めた。
「手に持ってた道具を振って風の魔法を、呪文を使わず操っていたわ。だから道具に何か仕込みがあるのだと思う」
「単純に考えれば毒だろうな。扇は振るという動作自体が、目くらましの役目もあるんじゃないか?」
原理はともかくニノホトに忍者がいる可能性について聞きたい。
けどそれを知ってる理由付けが思いつかない!
僕が悩んでいると、キリル先輩が忠告をくれた。
「イトー先輩のほうは火矢とかいう火薬を仕込んだ武器を持ってるから、ぶつかったりするなよ。誤爆する」
「常に持ち歩いてるわけじゃないから人聞きの悪いことを言うな、キリル」
キリル先輩に言いつつ、チトセ先輩は素焼きの皿を二つ重ね合わせたようなものを取り出す。
結局持ってることも気になるけど、これも忍者アニメで見たことがある。
焙烙火矢だ!
陶器に火薬を入れたシンプルな手榴弾なんだけど、大砲以外で火薬見たの初めてかも。
帝国だと軍需品として管理されてる。
ルキウサリアも同じはずだけど、ニノホトは違うのかな?
いや、それにしてもこのルキウサリア的にはアウトじゃない?
「できたよー」
ちょうどトリエラ先輩の元気な声に呼ばれて、僕は見ないふりをすることにした。
そして運ばれてきたのは大皿に描き出された女性像。
「故国リビウスの守護者、青き瞳の知恵女神だよ」
「大陸中央ではあまり見ないけど、故国だと主神に並ぶ信仰の対象なの」
リビウス出身のステファノ先輩が誇らしげに胸を張り、イア先輩はエルフの尖った耳をピンと立てる。
ちなみに青い瞳は炭酸に使ってた色をステファノ先輩が気づいて使ったようだ。
感覚としては切り絵に近い出来上がり。
この世界の文化だとタイルかステンドグラスかな?
「はい、ロムルーシに行くアズくんには、海の女神のお顔をあげよう」
せっかく作ったものを、当のステファノ先輩が豪快に取り分けて、女神の生首状態のものを皿に乗せられた。
食べ物だし間違ってはいないんだろうけど、うん…………。
「大陸西の港町にも女神の信仰はあるわ。確か、太陽の如く遍く見つめる目を持つ知恵の女神で、頼る大地のない海上でも守護してくれるとか」
イルメが御利益を語ってくれるけど、それより乱入者があったり、速攻で女神像は首を失くしたりのほうが気になる。
というか、けっこうわやわやで送別会が始まってた。
「あら、こないなお料理見ぃひんねぇ」
「色をつけるだけで、よくある素材もずいぶん変わるものだな」
ヒノヒメ先輩にチトセ先輩がとりわけつつ感想を口にしてる。
複数人で作ったから、味つけがしっかりしてるのと、素材のままと混在してるようだ。
ソースがあるから、かけてしまえばあまり女神の顔とか気にしなくて良さそう。
考えないようにして口に運んでいると、ヒノヒメ先輩が滑るように隣へやって来た。
チトセ先輩を捜すと、僕のクラスメイトたちにヒノヒメ先輩のものとは違う扇を見せてこちらから引き離している。
「察しのえぇ子やね」
「貴族の端くれではありますから」
どうやらヒノヒメ先輩は内緒話がしたいらしい。
留学関係かな?
「こちらはんの貴族は、ノブレスオブリージュいうんがあるんやろ? 富貴の者が負う責任。示すべき模範。うちとこの国とは逆やわぁ。うちはな、好悪を示すのも語るのもあかんの。下の者が阿って、道理を曲げる理由にするから」
「確かに逆ですね。救済措置をすれば記念碑を立てて自家の名前を付けるし、悪を看過できないと街頭演説もする。示すべき模範として積極的に動きます」
「なぁ? うちはお国のやり方が息苦しゅうて、こちらはんのやり方のが性におうたんよ。それに可愛い下級生は、かいぐりかいぐりお世話したいんや」
「いちおう、世話をして命令に従ってもらおうっていう上下関係もあるんですけど」
上位者の責任の下、貴族は平民の面倒を見るという支配の構図がある。
だから錬金術科でも、貴族で文化的に難のない僕が面倒を見る立場になるのは、身分制度のあるこの世界では当たり前。
それこそ貴族に生まれた者として求められる社会的義務だ。
それをあえて今言う意図はなんだろう?
「やから、心配せんでえぇよ? 先生から聞いてるで。色々引っ張ってやっててんて? キリルやトリエラも呼んで、ノブレスオブリージュしてるんやろ。後は任せてえぇよ」
「そんな、義務だとか上からでは…………」
「身に染みとると、気づかんこともあるんよ? それに先回りしすぎても、身につかんこともある。いっぺん離れて、好きに旅してみればええよ」
つまりヒノヒメ先輩から見て、僕は世話を焼きすぎだということらしい。
そしてノブレスオブリージュとして責任を負ってやってるように見えるようだ。
これは、地味に皇子を隠しきれてない可能性があるな。
さすがに僕も庶民感覚は残ってても、十数年皇子として振る舞ってたんだ、気づかない内に自分が上だという立場に慣れすぎていたのかもしれない。
「あぁ、そうそう。はい、これ。お餞別」
「え、いやそんな」
押しつけられたものを反射的に断ろうとしたけど、渡されたのは紙で、開いてみると何処かの番地らしい文字列。
そして模様が彫り込まれた上で割られた板が包み込まれていた。
割れているとわかるのは、魔物のような牙を生やしたぎょろ目の何かの顔が、右半分だけ彫り込まれた上に朱色で強調するように塗られているから。
「うちらが高跳びするために依頼してた業者なんよ。ちょっと怖いこともしはるけど、代金は払ろうてるから、お勤めには真面目なんよ。トライアンに行けばその割符で接触できるはずや。売っておぜぜにするためのもん預かってもろとるから、アズが必要になったらつこうて」
思わず絶句する僕に、ヒノヒメ先輩は悪戯が成功したかのように笑う。
「アズは色々面白いことするんやてな。お土産話、期待してるわぁ」
「え、えぇ?」
これを使ってどう土産話をしろと?
僕は高跳びする必要ないんだけど?
(使えるかどうかは、トライアンに行ってみないとわからないだろうけど。えぇ? 高跳びの手助けになる怖いこともする業者って、絶対まともなところじゃないよね?)
(犯罪者集団が関わっている可能性は高いと思われます)
セフィラのお墨付きまでもらってしまった。
ともかくこれは、同行するヘルコフやイクトに相談することにしよう。
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