閑話43:レーヴァン
第一皇子に遅れてルキウサリアへ行くとなった時から、何かしているとは思っていた。
見られていない、ばれていないとなるとやらかす相手だってのは身をもって知ってるから。
けどまさか、帝都の学者まで取り込まれてるなんて思わないだろ。
「なんでそっち側になってるんですかね?」
俺はダム湖の小島で、取り込まれた帝都の学者に斬り込むように問いかけた。
なんかテスタ老たちもいるし、アウェー感があるのは気のせいか?
「この際どうせ察してるでしょうから言いますけど、先生方にはお目付け役やってもらう約束だったでしょう。なんで一緒になって傾倒してるんですか」
俺は職責以上のことはしたくないんだけど、ここでこういう突っ込みをするのはどうやら俺だけらしい。
テスタ老たちも送り込まれた学者が、ルキウサリアの動向や第一皇子の監視を役割に持ってることくらいはわかってるはずだ。
だってのに、まともに報告もせずよくわからない実験に浸っていると聞く。
ルキウサリア国王のほうでも、まともな報告がないと嘆かれていた。
「来たからには聞きますけど、なんか木の玉動かして遊んでるってなんなんですか? それ第一皇子殿下がやれって言ったにしても、訳がわからなさすぎるでしょ」
言うと、テスタ老と帝都の学者が顔を見合わせてやれやれと言わんばかりに首を振る。
馬鹿にされてるんだろうけど、本当説明してもらわないとわかる気がしない。
いや、ここは説明されてもわからない可能性もあるか。
となると、もっと根本的なとこから問い質そう。
「農業専門の学者のはずが、またどうしてそんなお遊びみたいな実験に寝食削るなんてしてんです。強固な温室作りたいって、階段にしても耐えられる硝子の生成方法に興味持ってたんじゃなかったんですか?」
俺は帝都の学者の一人に狙いをつける。
年相応に皺深い容貌、ひょろっとした長身だが目にはしっかりと理性と知性があった。
これはいっそどこかタガが外れたような調子であったほうがまだ良かったな。
そうすれば不適格として引き離すこともできた。
「では農学者として一つ、錬金術について興味を持った時の話をしようか」
まるで昔話を語るように言い出して…………いや、まさか本当に封印図書館に回される以前から?
あり得る。
農学者として働く場所には、宮殿の庭園にある薬草園や温室が含まれるんだ。
つまり第一皇子と知らない内に交流があった?
「四年ほど前か、宮殿で庭師を任されて長い男が、不思議な質問をしてきた。曰く、石は肥料になるのかと」
そんなの俺は聞いたことがないし、農学者のほうでも知らないと答えたそうだ。
肥料となれば堆肥が基本で、後は灰を撒くのだと農学者が言う。
「だが、庭師がいうには石を撒いたところ庭園の薔薇がいつにない大量の蕾をつけたと。花をつけるというのは植物にとって大変なことだ。食物であれば蕾ができた作物は、美味くもないのは誰もが知る話」
俺が貴族出で知らないことを前提に話されるんだが、正直ピンとは来ない。
実際知らないし、花育てる趣味もないからな。
ただそれでも石が肥料になるなんて学者でも考えつかないのはわかる。
それが本当なら石を取り除いて畑として開墾する農夫の苦労が、全くの間違いにって、いや、問題はそこじゃない。
「その肥料になる石とかいう不思議なものを庭師に与えたのは、誰なんですかね?」
「もちろん、第一皇子殿下だとも」
嫌々確認する俺に、農学者は容赦なく肯定してくる。
庭園への出入りでは持ち物を必ず確認していて、その中でポケットに石が入っているという報告は聞いたことがある。
白くて指で摘まめる小粒の石であるから危険はないと判断されてたんだが、それは第一皇子が錬金術で作った肥料だったらしい。
農学者も第一皇子の身の上は知ってるんだろう。
だから四年前に錬金術の可能性に触れながら近づくことはなく、そして封印図書館で第一皇子が動くとなって志願してルキウサリアまで来た。
「…………そう言えば、お三方、全員志願でしたね?」
他二人にも目を向けると、ようやく気づいたかと言わんばかりの笑顔を返された。
つまり、俺が完全に見張る側ってわかってて…………。
これ、気のせいじゃなく完全アウェーだったわ。
せめて他二人も何処で接点持ったか探るか?
「これを見るといい」
俺が考えを纏める前に、テスタ老が実験器具を出す。
そこには三角の鉄枠に糸でぶら下げられた四つの木球。
どうやら噂の遊び染みた実験器具のようだ。
テスタ老は端の木球を糸が張った状態で持ち上げ、手を離す。
すると木球は落下しつつ糸に引かれ、隣の木球にぶつかって止まった。
それだけ、と思ったら、遅れて反対端の木球が弾かれたように動く。
「どうだ?」
「どうって言われても、話に聞いてましたけど、実際見ると不思議な装置だなぁというくらいで」
「やはりわからんか。では、この木球の間に指を置いてみなさい」
言われて指を置くと、テスタ老はさっきと同じように木球を持ち上げて手を離す。
途端に俺の指は木球に挟まれ骨にガツンと痛みが走った。
「いったぁ!? 何するんですか!」
「ふむ、なるほど。では次に掌を挟むように」
「はぁ!? え、ちょっと!」
俺が動かないと、学者やら助手やらが手を引いて固定してしまう。
もう一度やられるけど、さすがに経験則でそこまで痛まず掌に木球が当たるのを感じた。
「ったく、なんなんです、か…………?」
カチッと、動かしてもいない、触ってもいない反対端の木球が動いた音がした。
「わかるか?」
「な、何が?」
テスタ老にもう一度聞かれるが訳がわからない。
そんな俺に、テスタ老は実験器具を指して言う。
「力だ。目には見えず、存在していることを万人が知っているのに、決して誰もその存在を証明できたことのない力。それを、第一皇子殿下は可視化し方向性を示す装置を考えられた」
「そんな抽象的なことを言われても…………」
「何が抽象であるものか。わしは木球を持ち上げた。しかしそれ以上のことはしていない。そして木球はぶつかり、動きを止めた。だというのに接した木球から力が伝わりその力は現象となって誰も触れていない、別の木球を動かした」
順を追って言われれば、確かにそういう現象なんだろう。
だがそんなことで学者が揃って夢中になる理由がわからない。
「今、おぬしの手すらも不可視の力が通り抜けて、木球を動かしたのを忘れたか」
「え、あ…………」
確かに俺の手を挟んでいても、誰も触っていない木球は動いた。
つまり、何かの力が俺の掌を貫いた?
訳のわからない不気味さを感じて、俺は自分の手を引き戻す。
だがそんなことは気にせず、学者同士が意見交換を始めていた。
「やはり力が伝わることに素材は関係ないようだ。問題は何処から力が生じたか」
「それはまだ早計だろう。素材によって力の性質は変わるという仮説はどうだろう?」
「なるほど、例えば先ほど見たように痛みか。痛みが強ければ力も強く伝わるようだ」
どうやら痛みで気づかなかったが、指を挟んだ時にも木球は動いていたらしい。
呆れる俺にテスタ老が声をかけて来た。
「それだけではない、先にも言うたがわしは持ち上げて手を離したのみ。それ以外に力は加えていない。では何故木球は落ちた? 何が力を与えた? どのようにして力は木球を動かした?」
「そんなことを聞かれても…………」
テスタ老は呆れたように首を振る。
「非凡に気づいたのも、殿下にそうと示されたからにすぎぬか」
「まぁ、私どもも何故上がわかるかと言われても立てるからだと言う以外に答えられませんから。それは植物の実験でも同じでした」
農学者は、木球からヒントを得て、あえて横倒しにしたり、太陽の光をさえぎって植物を育てたそうだ。
するとどの植物も天を目指して延びるという。
人に限らず植物までも生まれながらに上下、天地を理解しているんだとか。
それがどうしたと思うのはどうやら俺だけのようだ。
「わかりました。これはもう、俺じゃどうしようもない。ですが、頼むからせめて理解できる形で説明してほしいんですけど?」
「万物に影響を与えるなにがしかの普遍的な力の存在は、それだけで全ての学術的な研究に落とし込めるというのに。それもわからぬと言うならば、殿下がお示しになった移動手段に置き換えて考えるといい」
テスタ老に続いて他の学者やら助手やらも色々言う。
力がどうとか、向きがどうとか、効率がどうとか言われても、想像が追いつかない。
これはルキウサリア国王が困っていた理由はわかった。
そして、たとえ話だとかをしてくれる第一皇子の説明のほうがずっとわかりやすいっていうのも、よぉく、わかったのだった。
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