215話:遅れて来た者5
「そう言えば学園での生活は? 楽しいこととか、興味あることとか」
ディオラの兄への手紙について話し、大枠を決めた。
後はディオラが頑張るというので、話を少しでも楽しそうなほうに誘導してみる。
ディオラも乗ってくれて、まず通う教養学科について説明してくれた。
「教養学科は基礎的な学習と、学術関係の施設への見学を行いましたが、まだ入学して二カ月なので。高名な絵画の見学をしたくらいです。けれど私はすでに見たことのある絵でした」
「あぁ、ルキウサリア国内にあるなら。じゃあ、他の学科がどうしてるとかは聞いてる?」
「そうですね、錬金術科については家庭教師の方がお教えでしょうから、最近耳にしたのは音楽科ですね」
「そんなのあるの?」
「芸術学科には絵画、彫刻、舞踏、音楽、建築と専門の科に別れています」
「もしかして、ラクス城校とは校舎が違う?」
「はい、場所を取ることと音が出ることで、ラクス城内部に科が施設されているのは音楽科と舞踏科だけですね。教養学科でも教室を借りることがあります」
追い出された形の錬金術科と違って、芸術学科は専用の学舎を持っている。
そのためラクス城校ではあるんだけど外に置かれても下には見られないそうだ。
入学前に調べたけど、芸術学科って括りしか見てなかったな。
しかし何をしたんだろう?
魔法学科を上げないのは、やっぱり錬金術科関係で知ってるとわかってるから?
「学生のみならず、教師陣も巻き込んだ大論争が起きたそうです。昼食時に始まり食堂が場所だったので、他の学生も見ていたのですが、私は話を聞いただけで」
「そんなことがあったんだ。いったいどんな論争が巻き起こったの?」
そもそもラクス城校の食堂に行ったことがないから大論争なんて言われる騒動があったことすら知らないや。
ディオラから話を聞くと、音楽についての論争が起こったのだという。
そしてその議題は…………。
「楽器の破壊は音楽であるか否か」
「は? 破壊? え、音楽をするのに楽器を破壊するの? それは、音楽…………かもしれないね」
壊すことでも音は鳴るし。
あと前世でNHKかどこかが演奏会をして話題になったクラシックがあった。
最後に太鼓の楽器を破壊して終わるという見た目のインパクトがすごいもので、画像も多く出回ったんだ。
「まぁ、やはりアーシャさまは寛大ですね。私としては職人が手塩にかけたものをと、乱暴さに驚くばかりで」
「演出の一部、と考えればありかもしれないって程度だよ。聞きのいい和音ばかり鳴らしていても退屈だし。音楽だって昔からの伝統だけじゃね」
前世のある僕からすれば、この世界の音楽はクラシックだ。
それ以外は讃美歌という非常に欠伸が出るものばかり。
オペラもあるけどあれは楽器主体じゃなく演者が主題だからまた別。
「結局どうなったの、その議論?」
「それが、実際に楽器を破壊してもっともよい音が鳴るものは何かという探求に走る学生が出たために、他学科の教師も加勢して止めたそうです」
「そ、そんな騒ぎが起きてたんだ。知らなかったなぁ」
本当に知らなかった。
驚く僕に、ディオラは上機嫌に笑う。
まるで悪戯が成功した子供のようだ。
そのまま学園の話になると、故国の売りであるためディオラは話題豊富。
学園の七不思議やジンクスなんかまで色々面白い話が聞けた。
「そういう不思議な話は他国の学校にもあったりするのかな?」
「まぁ、どうでしょう? そういえば、これはごぞんじでしょうか。ひと月後には交換留学が行われるのです。他国へ赴く学生に聞いてみましょうか」
「ディオラのクラスメイトから留学する人がいるの?」
言動からディオラ本人じゃない。
けれど入学してすぐに留学するなら、相応の教育を受けた者になる。
僕もアズロスとして留学するけど、留学先はロムルーシだけじゃないらしいし。
「はい、ユーラシオン公爵令息が」
「ソティリオス? へぇ」
「ロムルーシへ」
「え!?」
「お聞き及びではなかったのですね」
僕の驚きを初耳のためだと思い違うディオラだけど、そこじゃない。
僕はなんとか動揺を押さえつけて愛想笑いを浮かべた。
けどその後の話は集中力を欠いてしまう。
申し訳ないけど、気になるんだ。
というか確認しなきゃいけないことが突然増えた。
「ヴラディル先生」
僕は翌日学園で、職員室に直行する。
もちろんロムルーシ留学について、留学生の詳細を聞くためだ。
「あぁ、そのことか。錬金術科がそもそもここにしかないだろ。だから留学となると他の学科に相乗りさせてもらう形なんだよ」
最初から教養学科と共に留学することは決まっていたという。
けど言われてみればもっともな話だ。
縮小傾向の錬金術科が、学術研究なんかが主体の交換留学の前面にたてるはずもない。
「交換留学だったはずですが、ロムルーシから来る学生は?」
「錬金術科には特に誰もいないな。だからこそ、教養学科について行く形でやってる。ロムルーシからの留学生も教養学科に行く。上級生の留学生も例年ならいるが、今年は新入生だけだと聞いてる」
本当に錬金術科から行く学生はおまけらしい。
もらった留学案内も思えば印刷物だった。
つまり僕以外にも配布する予定で作られているんだ。
自分の周囲に対する手回しばかり考えて見落としていた。
「あの、一緒に行く学生については?」
「あ、そろそろ教養学科から報せが来てるはずだな」
ヴラディル先生は机を漁り、幾つもの書類を確認して、ようやく目的のものを見つける。
「今年は一人だけか」
限定あいつですねー。
「帝国の公爵家だ。ユーラシオン公爵子息、聞いたことくらいはあるだろ」
「そうですかー」
「たぶんルキウサリアの王女が残るから他は他国へ行くよりも社交を優先したんだろうな」
「え、ということは、あえてソティ…………ユーラシオン公爵子息は離れる判断を?」
思わず聞くと、ヴラディル先生は僕を見る。
「教養学科での行状知ってる口か?」
「帝都のほうでもけっこう隠してなかったので」
「あぁ、地元の貴族には有名って話か。だったら、想像できるんじゃないか? 家のほうから距離取るよう言われでもしたんだろう」
確かにすでに婚約者がいる上に、公爵家としての体面のための政略前提の関係だ。
それでいつまでもディオラに初恋引き摺ってるのは問題だろう。
重く見てユーラシオン公爵がようやく手をだした?
確かにそれは考えられる。
距離を置かせるために留学を受けさせて、物理的な引き離しをかけるのか。
けど、ソティリオスってそこまで馬鹿じゃないんだよね。
年相応に視野は狭いけど、我を通して親に反抗とか想像できない。
できることはするタイプで、留学で諦めるようにも思えないし。
「なんだ、家的に駄目か?」
「微妙なところです。向こうが僕を覚えてなければいいんですが」
「あ、アズロスの家は皇帝派閥だったか。名前は向こうに送ってあるが、顔見て思い出すこともあるかもしれないな。ただ、錬金術科の同行に文句を言うことはなかったそうだぞ」
「それはまぁ」
一応錬金術に傾倒する第一皇子のはとこだ。
他国で言わないだろうし、さすがにディオラと僕が懇意にしてることも知ってるから、わざわざ自分から下げにはいかない。
(セフィラ、目の前にいる相手に認識を阻害するようなことって考えつく?)
(魔法における幻惑。ですが、他から見れば幻惑の術にはまった者の不調はわかります)
(僕自身に対してかけて、見る人すべてを幻惑するとか)
(違和感を覚えられずにという前提であれば、既存の魔法では難しいでしょう。錬金術であっても顔かたちを元から変えることになります)
ですよね。
顔変えるってつまり整形だけど、元のままではいたいんだよ。
これは帰ってウェアレルに相談か。
願わくば、ソティリオスが僕の顔に興味がないことを祈る。
「親のほうからの許可は?」
「あ、取れました」
「そうか、こっちもちょっと留学について上から連絡が来てる」
そう言って説明するのは、学園とは関係のない部外者が随行者にいること。
その名もヘルコフ、そしてイクト。
「まぁ、アズには第一皇子の関係者って言ったほうがわかりやすいか。名目上は獣人のほうが里帰り。海人のほうは見送りとハドリアーヌの港の視察だそうだ。なんか港の荷卸しに使う器具に第一皇子は興味あるらしい」
もちろん知ってる。
イクトはハドリアーヌで別れて、帝都へ向かう。
そっちも名目上は宮中警護として働くためだけど、僕としての本命は父に小型化した伝声装置を渡して使い方を説明してもらうことだった。
定期更新
次回:トライアンへ向けて1