210話:先輩確保5
「「あり」」
「「なし」」
「旅するならありだけど、日常的に食べるにはちょっと…………」
トリエラ先輩作、肉クッキーなるものの試食をした結果、意見は真っ二つに割れた。
ここまで旅して来たウー・ヤーとネヴロフは肯定的で、イルメとラトラスは否定的。
僕としては肉臭いし脂っぽいしなしだけど、旅をするなら片手で食べられてしっかり腹持ちもしそうな噛みごたえはありだ。
「そっかー。キリルくんからは全否定だったから嬉しいなぁ」
半数に否定されたのにトリエラ先輩は上機嫌。
ちなみにステファノ先輩はまともな感想をくれないんだとか。
「一応言っておくと、ステファノ先輩とキリル先輩が興味を示したエッセンスの色素は、食品にも使えますから」
「へー?」
色を付けるのは王侯貴族の食事で、平民出身のトリエラ先輩にはピンと来ないようだ。
それでもけっこう友好的に話ができた。
そして翌日、登校すると騒がしい声が錬金術科周辺から聞こえる。
「何? また何かあった?」
「俺たちの教室じゃないよ」
「向こうから聞こえるわ」
僕が午前から授業を受ける時には、なんとなく揃って登校するようになっており、今日はその日。
そして僕に答えたのは三角の耳を忙しなく動かすラトラスと、尖った耳をピンと立てたイルメ。
「上級生の教室だな」
「行ってみようぜ」
ウー・ヤーとネヴロフが向かうのは、ステファノ先輩が使っていた教室。
確かに声もするし、忙しく物を動かす音もする。
教室を覗いてみるとそこには三人の姿があった。
「お前、スティフ! 教室を私物化するなと何度言えばわかるんだ!?」
「えー、だっていつもならキリルがもっと早くに片づけしてくれるしぃ」
「去年からほぼ私たちだけしか使わなかったけど、ここまではなかったねぇ」
てきぱき働くキリル先輩とトリエラ先輩。
その中で座ったまま口以外を動かさないステファノ先輩。
どうやら面倒見がいいというのはこういうことらしい。
ただ窓の外からさらに別の声がした。
途端に、先輩三人は窓から距離を取る。
「ぎゃはははは!」
馬鹿笑いと共に、窓に水が叩きつけられた。
前世と違って気密性なんてない窓の隙間から室内へと水が降りかかる。
「きゃー!?」
「あの馬鹿はまだやってるのか!」
驚いて悲鳴を上げるトリエラ先輩を庇うように引っ張り、キリル先輩は怒って窓に寄る。
そんな声がすることさえ外にいる何者かは楽しむように笑っていた。
「事情はよくわからないけどよろしくないね」
僕は手持ちを確認しつつ教室に入る。
ステファノ先輩が気づいて僕らに軽く手を振った。
「今のはなんですか?」
「うーん、僕一人だと誰もいないと思ってたのかやらなかったんだけど。アクラー校の魔法学科の同学年がねー。先生いるとやらないんだけど」
入学時から、こういう嫌がらせをやらかす生徒が恒常的にいたという。
しかも相手は貴族子弟で平民出の先輩は逆らわず、同じ貴族出身は波風立てずという対処をしたそうだ。
けれど去年まで嫌がらせが止むことはなく、反応する人がいなくなってようやくなくなった。
ところが今日騒いでいる声を聞いて久しぶりに来たらしい。
「もしかして、アクラー校生とやりあった時に出張って来た上級生かな?」
「恥を重ねた上でさらに反省もないなんて呆れるわ」
僕の推測にイルメが応じる。
「あ、また」
ウー・ヤーが何かを察した様子で言うので、僕は咄嗟に持っていた水のエッセンスの口を開けて窓に投げた。
瞬間、水の魔法と反応して制御を失い、窓に少し跳ねた後は重力に従って落下する。
水量と形から魔法だと思ったけど当たっていたようだ。
「あー、ガラス瓶勿体ない。けど、今の反応面白いね」
「魔法で飛ばす水って、飛んでる間は操ってる状態なんだな」
ラトラスとネヴロフが、水の落下を見て興味を示す。
窓から文句を言っていたキリル先輩は驚いてこっちを振り向いてた。
トリエラ先輩はわけがわからない顔で僕らを見てる。
「もうここは邪魔されないよう初手でやってしまおう」
「「「「賛成」」」」
僕の提案にクラスメイトは即座に応じる。
なのでまずは窓の外に向けて事前通告を発した。
「ちょっと教室の掃除してますからー。窓の近くにいると何か落としてしまうかもしれませーん。自己責任でお願いしまーす」
と言いつつ、僕は火のエッセンスを開いて、魔法で火を灯す。
それを見たウー・ヤーが、エッセンスという液体部分を魔法で窓の外へ噴射。
すると火も一緒にエッセンスに乗って窓の外へ放射された。
飛沫と共に火の粉が降っただろう窓の外からは悲鳴が上がる。
どうやら馬鹿笑いで野次馬も集まっていたらしく、窓の外からはけっこうな数の物音が立った。
「今日は碌な物持ってないんだけどな」
「そんなの私もそうよ。これは使えるかしら?」
ぼやくラトラスにイルメが懐から取り出すのは、金属粉を混ぜたスライム。
ラトラスも同じ物を持っており、一応自衛するためのものは持つように言ってあったからだろう。
「風の魔法で平たい膜にして、窓の外に展開できる? そのまま落とせば粘液で網みたいになると思う」
僕の案をすぐさま実行するイルメ。
ただ魔法の扱いとスライム状の粘液の耐久で、バランスが取れず穴あき状態のスライムが落下した。
それでも接触の不快感と、ちょうど魔法を放とうとしていたらしく混乱の声が聞こえる。
「まだいるのか? なんかすっごい文句言ってる奴いるな?」
特に何も持ってなかったネヴロフが窓の外に顔を出した。
瞬間、山育ちの遠慮ない大声が放たれる。
「あ! 俺らに負けて泣いたアクラー校生」
良く通るその声の後には、一瞬の静寂。
次には人語とは思えない怒りと混乱の絶叫が響いた。
けれどその後は、激しい足音と共に走り去ったらしい音がする。
「今の何語? …………って、アズも何かしようとしてた? 悪ぃ、もう誰もいなくなったぜ」
悪びれないネヴロフが純粋に聞いてくるけど、僕は手にした小瓶を見下ろして、蓋にかけていた指を外す。
「試作してみた幻覚剤だったから、使わなくて良かったかも。まだ人に試してないからどうなるかわからないし」
「わー、今ので逃げてなかったら、人体実験されてたんだねぇ」
ステファノ先輩が人聞きの悪いことを言う。
ただクラスメイトたちは興味津々で寄って来た。
「それあの本のか。散布する薬なのか?」
「一人で作ったの? どうせなら見せてほしかったわ」
「アズ最初に解いたもんな。材料って簡単に手に入った?」
「別世界が見えるってやつだよね? 自分では使った?」
うん、クラスメイトから慣れを感じる。
そして慣れてないキリル先輩とトリエラ先輩が口を開けてみてた。
「さすがに自分では使ってないよ。一度ヴラディル先生に確認して、実験しようと思って持ってきたんだ」
安全第一で応じたら、先輩たちから一斉に視線を向けられた。
「お前ら…………何をしてるんだ? 幻覚剤で人体実験?」
「あわわ、お貴族さま相手にそんなことしたら大変なことになるよぉ」
「掃除ですよ、掃除。ちょっと間違えて実験素材を窓から落としただけです」
建前を言えば、キリル先輩は後の面倒を考えるのか眉間に皺が寄る。
トリエラ先輩はよほど国許の貴族が横暴なのか怯えて肩を縮めていた。
「ほらぁ、言ったとおりでしょー? 今年の新入生、面白いってー」
マイペースなステファノ先輩だけが笑っているんだけど、その手がけっこうな勢いでスケッチをしてる。
あまり掃除だと言い張れない状況を描き残されても困るんだけどな。
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