209話:先輩確保4
教会関係者で、錬金術で薬を作りたいキリル先輩は望む成果を上げられていないらしい。
「行き詰って第一皇子からテスタ老に伝手を作ろうとしてたのか」
「第一皇子よりもすごいか偉いのか、あの爺さん?」
「権力的にはそうかもな。ただ帝国の者ならそれを公に言うべきではないだろう」
「けれど教会が学園の権威を頼るのもどうなのかしら?」
クラスメイトたちは下宿を出て、そんなことを言い合う。
「それだけ難しいことしてて、一人で追い詰められてたんじゃない?」
一応無礼働いてる自覚はあったみたいだし、生活習慣乱れた様子もあったから、頭働かなくなってたんじゃないかな。
そこに年下の僕たちがやって来て色々突っ込んで、ちょっとはましな思考になってくれてたみたいに思う。
「次の先輩、ヨウィーラン王国っていう国の出身だったな」
「アズ、詳しいのなら基本的なことを教えてほしいわ」
そんなことを考えつつ、次の先輩の元へと向かう途中、ウー・ヤーとイルメが聞く。
「ヨウィーラン王国は大陸中央部にある国だけど、中央部からすれば北東側にあるけっこうな田舎の国だね」
村出身で商家と言っていたから、今度はあんまり礼儀は気にしなくていいとは思う。
「こんにちはー! 錬金術科から来ましたー!」
また下宿でここの一階は飲食店だったから、けっこう賑やかと言うか騒がしい。
だから声を大きくすると、部屋の中からも同じくらいの大声が返って来た。
「はーい! 入ってきていいよー!」
心折れたと言われていた割りに、張りのある女性の声だ。
そしてあまりに無防備な応答に僕はもちろん、イルメとウー・ヤーも迷う。
その間に、ラトラスとネヴロフが当たり前の顔をして入ってしまった。
「女性の部屋に勝手に入るのは…………!」
「え、駄目なの?」
「え、いいよ?」
イルメが止め、ネヴロフが驚く。
けれどその声にさらに室内からも驚きの声が返った。
見れば、癖の強い赤毛の女性がミトンを手にこっちを振り返っている。
きっとこの人が訪ねて来たトリエラ先輩だ。
「…………礼儀的にはアウト。だから、学園でやっちゃ駄目だよ」
「と言うか、王侯貴族がやるならいっそそれは瑕疵を誘う罠だ」
僕とウー・ヤーの忠告に、ラトラスはトリエラ先輩を窺う。
けど当の先輩のほうが驚いていた。
「そう言えばキリルくんが部屋に呼んだらすごく怒ってたけど、あれって…………」
「すでに男性を招いて? それは婚姻の約束のある相手でもなく?」
イルメは信じられないような顔をして聞き返す。
一応礼儀作法は履修してるはずだけど、基本の基本すぎて学園では教えないの?
「二人きりになっちゃ駄目って聞いたから、スティフくんも一緒に呼んだんだけど」
「そこで問題なのは人数ではなく性別だね」
そして怒ったのがキリル先輩だけって、ステファノ先輩はその気がないこと丸わかりだから、指摘すらしなかったってこと?
内心呆れていたらネヴロフが鼻を高く上げた。
「なんか焼けてる臭いするぜ」
「大変! 焼きすぎ!?」
トリエラ先輩は慌てて暖炉にミトンに覆われた手を突っ込む。
取り出したのはフライパンに乗せられたクッキーのようなもの。
「あー…………。うーん? もう少し焼く? けど冷めてしまったら、うーん」
何やら料理中の上、クッキーのようなものを見据えて考え出す。
トリエラ先輩の様子に、クラスメイトたちは僕を前に押し出した。
さすがに完全平民となると僕が対応する必要はないと思うんだけど。
ただイルメとウー・ヤーは、初手で完全に常識が違うことを理解した。
そしてラトラスとネヴロフも僕たちに注意されて慎重になってしまっている。
僕がやるしかないか。
「お忙しいところすみません。トリエラ先輩、お時間いただけますか?」
「え? は、はい。え? えぇと、錬金術科の新入生よね? わ、私育ちが悪いからそんな丁寧にされても困るよぉ」
言いながら肩を落とすトリエラ先輩は、誰かに悪口で言われただろう言葉を口にする。
「育ちが違うのは誰でもそうです。けれど話しにくいなら僕もそれに合わせるんで、気を楽にしましょう。僕たちはトリエラ先輩とお話をしたくてきたんだ」
「先輩? あ、そうか、私、先輩なんだ…………」
途端にテンションが上がる様子が、なんだかワーネルとフェルに兄上って呼ばれた時の自分を思い出す。
動いていないと落ち着かない様子のトリエラ先輩は片づけを始め、作業中に僕たちのほうで自己紹介をした。
「領主のお家の人なのに、アズくん優しい。うちの領主もそういう人が良かったぁ。それにネヴロフくんのところの領主さまも勉強させてくれるってすごい人ねぇ」
真面目すぎて折れたと言われていたけど、普通に話せば普通に返す人のようだ。
それだけに悪意を向けられると悪意をそのまま受け入れてしまう性格なんだろう。
「通学について話をしに来たのだけれど」
イルメもただ喋るだけなら平気と見て、本題を振った。
「あまり役に立つとは思えないけど、スティフくん一人だけっていうのも。…………あの、他の同級生にも声、かける?」
「いや、今のところ去年まで通っていたという先輩たちだけだ」
答えるウー・ヤーに、トリエラ先輩はホッとする。
そこで思い当たるのは、もう一人ヨウィーラン王国から入学している生徒。
「もう一人、ヨウィーラン王国の貴族子弟がいると聞いています」
「う…………アズくん鋭いね」
「いやぁ、それだけあからさまだと何かあるくらいはわかるよ」
ラトラスとしては、純朴そうなトリエラ先輩への警戒は必要ないと判断したようだ。
「僕はヨウィーラン王国が、国王よりも貴族の権限のほうが強い国と知っているから」
「うん、そう。だから私のこと召使みたいに扱うって、キリルくんと喧嘩させちゃったことがあって。もしいらっしゃるなら、私いないほうがキリルくん困らないと思うの」
ヨウィーラン王国国内での常識として、ヨウィーラン貴族の先輩は対応した。
それをキリル先輩が、同輩に対する態度じゃないと止めたそうだ。
同じ条件で入学したからには、同格として扱うべきだと。
「へぇ、あの第一皇子に無礼な手紙送ってた先輩が」
「ふーん、あの寝起きで約束の時間忘れる先輩が」
「ふむ、あのちょっと偉そうに喋る先輩が」
「あら、あの不健康そうな胸板の先輩が」
みんなの容赦ない寸評を聞いて、トリエラ先輩は目を見開いた。
「第一皇子? もしかして帝国の? あの人皇子なのに派手なところなくて、失敗してて、駄目なところが親近感あるんだぁ」
「それはちょっとどうかと…………」
悪評あるのは知ってるけど、なんか目の前で言われると困るな。
「それで親近感持ってるとたぶん大恥を掻くことになるわ」
「第一皇子すごいんだぜ。俺の村救ってくれたし、すごい錬金術するし」
「錬金術科に関わり持ってるから言わないほうがいいよ」
「直通の教師いるから聞かれたら第一皇子にも直通だろうな」
「えぇ!? 私無礼千万って切り捨てられちゃう!?」
「そこまでは。えっと、キリル先輩だけならいいんだよね?」
悲鳴染みた声を上げるトリエラ先輩を宥めて、僕はともかく基本を確認する。
「そうそう、キリルくんなら、ってあれ? そう言えば不健康そうな胸板?」
イルメの感想に反応したトリエラ先輩には、あらぬ疑いをかけられる前に説明した。
「もう、すぐ食べるの疎かにして。やっぱり呼んで試食してもらったほうがいいかな」
聞けば、食事や睡眠をおろそかにする常習犯だというキリル先輩。
ステファノ先輩はマイペースで、その辺りは気の赴くままで食べるし寝るそうだ。
けれどキリル先輩は寝食を忘れるので、料理の試作品を食べさせていたという。
「今もちょうど試作を作ってたんだ。私の家、商売やってるんだけど、その始まりが錬金術師だって言うの。それでお祖父ちゃんがそのまたお祖父ちゃんから教わったっていう錬金術してて。近所からは異臭騒ぎでよく怒られてたけど」
笑って話すにはとんでもない話だと思うんだけど。
ただこうして錬金術してるトリエラ先輩がいるのは、成功例もあったかららしい。
「それでお祖父ちゃんが作ったゼリー寄せが村の名物になったんだけど、新しい商品欲しいってなって、父さんから錬金術を学ぶよう言われたの。だけどヴィー先生は料理しない人だから良くわからないって言われて。学んでみたけど料理に関係すること教わらなくて」
欲していた錬金術と乖離している現状に、試行錯誤していたそうだ。
話しながら、トリエラ先輩は冷めたクッキーのようなものを僕らの前に出した。
「試作した肉クッキー。味の感想を聞かせてほしいな」
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