205話:説得と手回し5
僕は事前にアポを取ってルキウサリアの王城にやって来た。
案内されるのは奥まった場所で、入りにくいし、人も少なく制限されている。
こうして見ると皇帝の宮殿ってけっこうフルオープンだ。
その分、廊下には何処も衛兵が並んでたり、隠し通路あったりするけどね。
ルキウサリアの王城は、居住と政治の場は別れてる造り。
僕が案内されてるのは居住のほう。
ただし、あえて人を絞るための措置で、僕も宮中警護のイクトさえ帯同していない。
「どうぞ、第一皇子殿下。すでにご用意は整えてあります」
「わかった。ではこれを読み上げて」
幾つも扉と階段を経た半地下の部屋で、案内に代わって室内にいた文官が僕を招き入れる。
僕が用意しておいた紙を渡すと、文官は水晶玉が据えられた部屋の中央へ。
水晶の前にはドワーフのように小柄だけど、人間らしい線の細い少女が座っていた。
文官は僕から受け取った紙をその少女に渡す。
少女は深呼吸を繰り返して集中すると、両手を水晶にかざした。
「情報技官の習熟度に違いは見られる?」
近くに戻ってきた文官に、僕は少女の集中を乱さないよう小声で話しかける。
ここは魔導伝声装置の管理実験室。
水晶に手をかざしているのが情報技官と名付けられた新職だ。
一卵性の双子で、風属性を扱える魔法使いであることが絶対条件の役職。
「やはり風属性に限定するならばエルフの血を継ぐ者が適しているようです。しかし、エルフに双子は大変珍しい。必然ハーフで探すしかなく。あの者のように、エルフ以外の種族で風属性を身に着けているとなると、やはり希少であり比較も未だ難しい状況です」
「つまり、安定的に情報技官として数を揃えるなら、人間が一番か」
エルフなら風属性で魔法が使えない者のほうが珍しい。
人間は全属性を使えるけれど、魔法が使える者は一握りだ。
僕の財務官であるウォルドのように、エルフの血が外見に表れていても、人間側の遺伝で魔法は使えないというハーフも珍しくない。
それで言えば、地属性のドワーフの血を引きながら、人間側の全属性の素養を表した目の前の少女は希少な人材なんだろう。
「…………時間がかかるね」
「申し上げさせていただければ、第一皇子殿下のお側に仕える者を基準にしてはいささか酷です」
まだ伝声装置が通じないなと思っただけなんだけど、文官が苦笑いだ。
ウェアレルとヴラディル先生がやった時に、あまり待たなかったことのほうが特異例らしい。
九尾と呼ばれて優れた卒業生となったウェアレルとヴラディル先生は相応の能力の持ち主ということか。
ようやく通じて水晶の中の魔法陣に光が宿る。
けれどそれも以前見た時より不安定な光に見えた。
漏れ聞こえる応答の声も聞き取りづらい。
「これは、きちんと通じてる?」
「側に必ず書記官が同席しますので、情報技官には伝達の早さを最優先させております」
息切れして、魔導伝声装置を一時切る少女には悪いけど不安だ。
僕は今日、父にロムルーシ行きの許可を取るためにやって来た。
以前、皇太后の動きを連絡する時にも消耗が激しいから手短に済ませている。
今回もそう意識はしたけど、前よりも長い文面だったから消耗が目に見えるようだ。
見ている間に情報技官の少女は魔力回復薬を呷る。
苦しげにもう一度通信を試みる姿を見ると、モールス信号よろしくピアノを弾くだけで通じるように作った改良版を差し出したくなった。
あれだと風属性でなくてもいいし、魔法を使えなくてもいいように作ったから情報技官自体がいらなくなってしまうんだけどね。
「今回のロムルーシ行きで、この魔導伝声装置の試験運用もすべきだと僕は思っている」
「それは、時期尚早では?」
この文官はウェアレルがルキウサリア国王に魔導伝声装置を見せた時からいる人。
だから錬金術も加えて作られた魔導伝声装置に、僕が最初から噛んでることもわかっていて応じてる。
「山脈を越えての運用を計る機会はそうそうないでしょう」
「第一皇子殿下は、距離ではなく山脈が問題であるとお考えでしょうか?」
ルキウサリアも山がちな国土だけど、それでも帝都と通じてる。
だから違いがわからないんだろう。
可能だったのはこの高い位置のルキウサリアから低い位置の帝都に送るからだ。
そして高い位置のファナーン山脈から低い位置の帝都への通信も非公式に確認してる。
「現状障害物がほぼない状態って言って通じる? ロムルーシからとなると、低い位置から低い位置での通信の上、間に山脈という自然の障壁が現われるんだ」
前世でもテレビ電波は山脈を越えて隣県へは通じなかったし、ラジオもそうで、山の上には基地局が設置されていた。
だったら伝声装置も同じことが起きないとも限らない。
「ふぅむ、まだわたくしも理解が足りないようです。お恥ずかしい」
「これは音というものがどう伝わるかを知ってるかどうかの知識だね」
「…………情報技官も錬金術を修めるべきでしょうか?」
「まず体系を確立しないと、必要な知識も何かわからないんじゃないかな? その辺りはテスタたちにまとめてもらう予定なんだけど…………時間かかりそうだよね」
「錬金術科から専任の者を雇用できないかと考えてもおりますが」
「一応ラクス城校だからね。アクラー校にしても学生はルキウサリアに留まる率は低いでしょう?」
王侯貴族の通う学校だから、卒業したらほとんどが自国へ帰る。
入学して箔をつけて、自国で権力を振るう立場になるわけだ。
就活生として一年在学期間を長くしている錬金術科が異例だというのに、やはり錬金術科に所属する生徒の大半は貴族階級出身。
もっと身分の低い者が通う学舎、もしくは学術の道を進むと決めて進学するならまだ雇い入れる目もある。
けど錬金術科があるのはラクス城校のみで、上も下もない状況だ。
「お待たせいたしました。帝都よりの通信がこちらになります。ご確認ください」
息切れする情報技官の横から、書記官がこっちへやって来る。
父の返答として渡された内容は、あまり芳しいものじゃない。
やっぱりひと月でいきなりさらに移動なんて相談は想定外で、その上半年音信不通は心配すぎるようだ。
まぁ、そう言われると思って魔導伝声装置の実験名目で連絡取れないかと思ったんだけど。
僕の不在でご機嫌麗しくない妹のライアのこともあるしね。
僕は父から上げられた問題点に関する回答を書記官に書かせ、また情報技官に通信を依頼する。
仕事だから文句言わないけど、女の子が苦しそうなのは正直罪悪感があった。
「ちょっと、紙とペン貸してもらえる?」
僕は書記官に声をかけて、壁を机代わりにペンを走らせる。
「見たところ魔力の放出を続けることが疲労の元だ。これはウェアレルが開発した当初からの問題点。あの時は場所の問題で改善案として却下したけど、この場所でしか使わないって括りを設けるなら、いっそ外付で魔力充填装置を作ったほうがいいよ」
言いながら、僕はウェアレルに説明された際の術式を思い出しつつ書く。
その術式と繋げる形で、今度は小雷ランプの機構を模した術式を書いた。
魔力の流れる方向性と、溜めた魔力を流すかどうかのオンとオフの設定も書き足して、それらの機構を作るのに必要な材料を別途記載する。
「あ、けどだいぶお金かかるな、これ。でも帝国のほうにも同じ機器作れるなら予算融通してもらえるかも?」
魔力を溜める電池の役割ができる素材は、宝石だ。
そして魔力を流すのには良質な木材がいる。
どちらも魔法以外でも使われる品で、さらに宝石に至っては魔力充填のために使うと傷がつくので使い捨て状態になる。
「伝声装置の特性上、同じ魔力波長が必須だから、情報技官一人一人で充填装置を用意しないと。それに相性のいい宝石も違うだろうし、あ、水晶本体とハウリングしないようにすることも考える必要があるかぁ」
大まかに問題点と注意事項も書き出し、接続部分の改良についても書いた。
(セフィラ、チェックお願い)
(すでに伝声装置に改良の痕跡あり。この状態では接続時にノイズが増大する可能性)
(改良って? …………なるほど。音良くしようとしたんだね。だったら、やっぱり完全外付で本体に組み込まない形で、こうは?)
(可能です)
セフィラのチェックを受けて、僕は書いた物を文官に渡す。
皇子である僕に話しかけて来たし、たぶんここで一番偉い人だ。
「通信の時間を確実に取るためにも考えてみて」
「…………は、い…………」
「あ、やっぱり宝石使い捨ては予算的に厳しいかな?」
「いえ、その、第一皇子殿下は、魔法もお得意で?」
「そうでもないよ。まず覚えてる呪文が少ないし、自分で使いやすいようにしか使ってないし」
「それで、これですか?」
「術式? そこは基本覚えただけで、後はウェアレルの見様見真似だから」
「見様見真似でこれは…………いえ、左様でございますか。確かにお預かりいたします」
何か言いかけた文官は、思いとどまる様子で言葉を切る。
その後は大切そうに僕の走り書きを懐にしまい込んだ。
「天才って、いるんだ…………」
声がして見ると、情報技官の少女がこっちを見てる。
たぶんそこは皇子っていう身分で触れられる情報が多かったお蔭だと思うよ。
何せ中身は皇帝どころか皇子だって柄じゃない、庶民なんだから。
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