204話:説得と手回し4
「まず第一に協力を求めるべきは、登校はしているステファノ先輩じゃないですか?」
僕のロムルーシ行きから、手助けしてくれそうな先輩の話になった。
「この間のことでわかったと思うが、あいつは基本自己中心的だ。石灰作りのような益になることならやるが、そうでなければ聞くだけ。人当たりはいいから気づかれにくいがな」
ヴラディル先生がばっさりと、世話役には向かないことを告げる。
教師として他の生徒の不登校に対処していただろうことを考えると、その中でステファノ先輩に協力を依頼もしたかもしれない。
けど同級生の不登校にも気づかないって、どう考えても協力なんてしてない。
「つまり、確かな釣り餌があれば食いついて来てくれるということですね」
「考えがあるようだな、アズ」
「僕じゃなくて、ラトラスです」
「え、俺!?」
一瞬で総毛立ったラトラスは、すごく不安そうに僕を見るんだけど。
ステファノ先輩を釣る餌は、知ってるはずなのになぁ。
「色作りが目的で錬金術科にきたんだ。だったら触れたことのない色を目にすれば釣れると思うよ。エッセンスの色の話に食いついてたし」
「あ、ディンク酒」
「あの酒か? それに、色?」
作り方を錬金術として習得してるだろうラトラスはすぐに反応した。
けど一度飲んだことがあるというだけのヴラディル先生はわからないらしい。
もちろん他のクラスメイトは名前すら聞いたことがなかった。
いや、名前ならラトラスが自己紹介で売り込んだけどね。
だからラトラスも軽く説明をする。
「ルキウサリアで売り出しているのは基本的なディンク酒だけだよ。けど帝都だと色や味に工夫を凝らして売り出しているんだ。色が綺麗だから飲まずに専用の棚を作って並べる人もいるって聞いてる」
「錬金術の製法で作る酒だとは聞いたな」
「はい、錬金術にある薬酒を元に。色付けにはエッセンスを使うこともしてます」
「え、あれすぐ色落ちるのに?」
ラトラスの説明を聞いてネヴロフが興味を示す。
ウー・ヤーとイルメも、エッセンスを扱った経験から思案し始めた。
「粘性を持たせたら持ちが長くなる。つまり色だけを抽出するような行程を経ることでも、すぐに色が落ちなくなるということか?」
「エッセンスでお酒に色をつけるなんて、想像もしなかったわ。それも帝都では当たり前の錬金術なの?」
これはラトラスが僕を窺う前に、答えておこう。
「いや、薬酒ならまだしもディンク酒は違うよ。それに色も売りの一つだから独自技術で注目を集めてるんだ。帝都の貴族間では有名だよ」
確認をするようなふりで目を向けると、何故かラトラスの耳が寝てた。
ヴラディル先生もそれを見て、何かに気づいた顔をする。
「あぁ、だから妙に困ってるのか、ラトラス」
「そういう、わけじゃ、ないっていうか。俺も何処まで喋っていいか、わからないから」
僕を見ようとしてラトラスは踏みとどまるけど、目がうろうろしてる。
うーん家業にかかることと、僕が離れることで思ったより気負ってしまったようだ。
「別に作り方を開示しろって話じゃないよ。今言ったみたいに、エッセンスから色を作れるって言ってくれれば、それでステファノ先輩は興味を持つと思うよ?」
「うーん、どんな色かわからないから断言はできないな。できるだけ珍しい色、もしくは鮮やかな色ならあいつも食いつくだろう」
僕に対してヴラディル先生が断定はしない。
けどラトラスの耳が立った。
「だ、だったら、たぶん大丈夫です。ディンク酒の色は宮廷料理にもないくらい鮮やかって言われるそうですから」
食品色素は宮廷料理にも使われる。
サフランやパプリカは前世でも使われていた食用色素で鮮やかさが好まれた。
けれど問題は青だ。
前世の母が合成着色料を蛇蝎のごとく嫌っていて、前世でも青い色素は発がん性があると騒いでいた。
だからこそ前世で調べてみたら、日本で認可されているのは発がん性がないとされるもので前世の母の思い込みだったんだよね。
もしくは発がん性があるとされて、認可を取り下げられた他の合成着色料の話だったんだけど。
この世界でも青い染料はあっても毒性があることが多く、天然着色料ではくすんだ色しかできないし、濃くするなら相応の時間と手間が必要…………のはずなんだけど。
何故か水のエッセンスって、けっこうはっきりした水色してるんだよ。
だから色付けに使えないかと思って、数年研究した結果できたんだよね。
「ラトラス、色の作り方は知ってる?」
「いちおう、習ってるけど」
色作りのレシピはモリーに渡してある。
だって僕、いつ宮殿抜け出せるかわかったものじゃないし。
僕が不在で販売分の材料がなくなりましたじゃ申し訳ない。
ただ僕が知らないところで人員として教育されていたラトラスが、どれくらい教えられているかは僕もわからない。
「売り物の状態で持って来て見せるでもいいし、そのもの持ってこいとは言わないから、作れる?」
「…………だ、だったら、今日帰りにうち寄ってくれよ、アズ。見せるから、それで行けるかどうか判断して」
「俺も見たい!」
ラトラスが僕を誘うと、すぐさまネヴロフが反応した。
たぶんラトラスとしては、ディンカーに相談したいんだけど。
ネヴロフがいると、ディンカーであることを隠してる僕は手出しも口出しもできなくなる。
「そこはまた謎解きってことで。見て知って、ステファノ先輩が知りたいって言った時、黙ってられる?」
「う…………言っちゃいそう」
ネヴロフは自分の性格をわかってはいるようだ。
様子を窺っていたイルメとウー・ヤーも悩む。
「気になるけれど、暴くようなことを商人相手にするのも駄目ね。というか、ネヴロフも帝国の第一皇子の独自技術を知っているし。あまり言わないほうがいいのではない?」
イルメが指摘する横で、ウー・ヤーも興味が湧いたらしい。
「エッセンスについてはまだ始めたばかりだ。知ってもできるかは別の話だろう。だったら自ら探求するほうが面白そうだ」
「ウー・ヤーも色とか作ってみたいの?」
「いや、ヒヒイロカネがそもそも他にはない色の金属としてそう呼ばれている。だから錬金術でしか出せない色があるならそれに繋がるかもと思ってな」
「あぁ、確かにそう言う考え方もあるか」
ヴラディル先生は僕たちの方向性が決まるのを待って口を開いた。
「他にない鮮やかさと言うなら行けそうではあるが、ラトラスはまず親御さんに許可を取れ。アズはもしかしたら情報漏洩に対する損害賠償求められるかもしれないが」
「前にラトラスの家行ったことがあります。倉庫に近い店舗で、たぶん本当に重要な技術は帝都にあるので心配ないかと」
ラトラスも合わせて頷くけど、これはただの事実だ。
ヴラディル先生も詳しくないためともかく試しということで、先輩を誘う許可が下りた。
「そう言えば薬屋に薬酒ってあったな。買ってみるか」
「やめとけ。不味いぞ」
何処かで見たらしく興味を持つウー・ヤーに、ヴラディル先生は秒速で止める。
「本来飲めたもんじゃない。それでも血行促進や整腸作用があり、慢性的な冷え性に悩む者なんかが定期的に買うそうだ。薬類はちゃんと症状と薬効を確かめろ」
「わぁ、ルキウサリアだとちゃんと薬効があるんだね」
「帝都だと碌な錬金術師いなくてひたすら不味いだけって聞いたな」
僕が感心するとラトラスも頷く。
その感想って、もしかして一度は帝都で錬金術師探ししたことのあるモリーと三つ子の小熊から聞いたのかな?
そして僕たちの感想に、ヴラディル先生が落ち込んだ。
「こっちでどれだけやってもなぁ。結局は詐欺師まがいが大半だからイメージ悪くて就活生も苦戦してるし。いっそ半分が諦めて実家の伝手で働く気だし。まともな錬金術師が増えないんだよ」
ここは貴族の学校で、どちらかと言えば家名を背負って派閥の一端を担うほうが順当だ。
けどそうすると錬金術師を名乗る機会も、錬金術をする機会も得られないだろう。
「あ、だがスティフを引っ張りだせれば、就活生一人ついてくるぞ。リビウスの町人の出で、スティフの錬金術による色作りを手伝うことでリビウスでの就職が半ば内定してるのが一人いる」
就活生として残っているのは、ステファノ先輩を口説くためだったという人がいるらしい。
そしてステファノ先輩の卒業と共にリビウスに帰国する予定だとか。
「つまりラトラスが上手くいけば四人確保か」
「ステファノ先輩のような性格だといまいち不安だけどね」
ウー・ヤーに言われたラトラスの耳がまた横になる。
「精霊について話せる人はいないのかしら?」
「それって逆に、イルメが口滑らせそうだよな」
ネヴロフの指摘に、イルメは言い返そうとして口を閉じた。
ちょっと、そこははっきり否定しようよ。
けどこっちはなんとかなりそうだし、だったら僕は最後の大物の説得に乗り出そうかな。
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