203話:説得と手回し3
ライアという強敵が現われて、そっちの対処に悩みもするけど、まだまだ説得と手回しが必要な人は残ってる。
僕は錬金術科のあるアクラー校の一角へ向かった。
場所は実験室。
そこに光でできた巨樹が現われていた。
「…………一年、離れられる?」
イルメが泣きそうなほど震える声で確認する。
僕がロムルーシに行ってる間、もちろんセフィラもついてくる気満々だ。
同時期にいなくなると関わりを疑われるから、セフィラには早めに姿をくらましてもらうことにした。
そして第一皇子はテレサを影武者に、僕がアズとして発った後に人前に出なくなるように偽装する。
「現状大きな進展なし。他の観察対象の下へ移動します」
セフィラは素っ気なく応じた。
本人曰く、こっちのフラスコの実験は後から状況報告受けるだけでいいらしい。
実際時間をかけて可能性を潰していく作業だ。
半年いない間に、セフィラのような知性体が生まれる理由を解明できるかは怪しい。
「あなた方には基本的な実証実験の手順に対する理解が不足しています。教員の指導に従うべきです」
「まだやれます! もしくはお話を! いえ、いっそ我がエルフの住まいに!」
「待て待て待て」
成り行きを見守っていたヴラディル先生が止めに入り、僕もさすがに口を挟む。
「イルメ、その性急さが進展なしって判断される要因じゃないの?」
「そうだ。基礎が足りてないって話なんだから、今できることやっても大きな進展はない。それよりも、進展させるためのやり方をじっくり考えろ」
僕に続いてヴラディル先生も説得する。
セフィラの不在宣言に驚いてはいたけど、ウー・ヤーは冷静にその申し出を受け入れた。
「あの靄が何かわからなければ進展も何もないな。そしてどう反応するかを調べる作業は、一々見ている必要もないだろう」
「この光ってるのも、それがわかんないから俺らに声かけたわけだしな」
「それに他に当てがあるならそっちに行くのも、こっちの進展に繋がるかもしれないし」
ネヴロフとラトラスまで受け入れ姿勢であるのを見て、イルメが真っ直ぐに手を挙げてみせる。
「ではその他の方の所に私が行きます!」
「邪魔です」
ノータイムですっぱり拒否した。
(セフィラ!)
(はい)
普通に返事されたよ。
イルメを見るとショックを受けて聞いてないっぽいけど、僕は声にならない声を絞ってセフィラに注意する。
(イルメ傷つくでしょ。言い方考えて)
(この学生は理論を覚えることは得意でも、そこから独自に発展させることをしません。自らに蓄えた知識を繋ぐのみです。現状その先を見据える主人の邪魔にしかなりません)
それを縮めて邪魔ですって?
確かに今はまだ錬金術は何かってところから始めている段階で、やってる期間が長い僕が先導する形を取ってる。
だからって、うーん…………。
(イルメの目標はセフィラなんだ。その目標がいなくなることで意欲を失くすかもしれない。それなら、他の目標を提示することも必要でしょ)
僕がセフィラに言い聞かせている間に、ヴラディル先生がフォローに回った。
「イルメ、弓の名手と共に狩りをすることは確かに経験にはなる。だが、弓の引き方を覚えたばかりの者が狩りに同行しても邪魔でしかない。そういうことだ」
「う…………」
反射的に言い返そうとしたイルメだけれど、邪魔とはっきりセフィラに言われたのが応えたのか口を閉じる。
もしくはエルフの血を引くヴラディル先生のたとえは、エルフにとって理解しやすかったのかもしれない。
その様子を見て、セフィラは疑問を投げかけた。
「そもそも私はあなたが精霊と呼ぶ者とは別物です。精霊とはなんですか?」
「え、でもこうして精霊の声が聞こえているのですから、あなたは精霊であるはずで」
「精霊はマナの凝集、世界の始まりから存在するとも言われるな。だったら確かに作られたというこの存在は違うだろう」
精霊について文化的に知ってるウー・ヤーが指摘する。
僕とセフィラも精霊という、語りかけることもあると伝わる知性体の存在には目を止めた。
けど超自然的な存在として語られる精霊は、僕が作りだしたセフィラとは違う。
「そう言われると、体がないのに喋るって、なんだか幽霊みたいだね」
「フラスコの靄がこう光るなら、可燃ガスに似てるかも。俺の故郷にあったんだ。燃えて光る靄」
ラトラスとネヴロフが別の見方を提示した。
幽霊や魂、そして精神と記憶も錬金術の中の哲学的な考え方に論じられる。
あと可燃ガスは違うけど、靄がなにがしかの消費エネルギーかもしれないって考えはありだ。
実際セフィラはフラスコの中の靄を吸収するような動きをしたことがある。
「うーん、可能性を潰していくにも、記録をつけて何が理に適っているか考えるべきだよ」
僕がイルメに今すべきことを伝えると、ヴラディル先生が今すべきこととして違うことを思い出した。
「そう言えば、アズ。親御さんとの連絡どれくらいで取れる? 帝都なら往復二カ月だからギリギリだろう?」
「あ、はい。今、説得するための材料集めをしているところです」
ロムルーシ行きについてはルキウサリア国王からの許可で伝声装置を使うことになってる。
けど表向きは帝都とのやり取りになるから、そこも偽装しておかないといけない。
「了承と捉えます」
別の話に移ったことで、セフィラはさっさと姿を消す。
イルメは納得いかない顔してるけど、同時に僕とヴラディル先生の話も気になる様子。
ヴラディル先生がこっちを見るので、僕は意思表示で頷いてみせた。
「アズは夏前にロムルーシのほうに短期で留学をする。その間半年不在になるぞ」
「「「「えー!?」」」」
口々に何故とかどうしてとクラスメイトが喋る。
ヴラディル先生は留学の意義や学習の差について話し始めた。
また就活生の高跳びは伏せて、就活生を手伝いとしてつけられるようになったと説明。
そしてラトラスは反射的に僕の袖を掴む。
別に二度と帰ってこないわけじゃないし、エッセンスのことも大丈夫って言ったのに。
「学園の補助を受けて他国へ学びに行けるなら、自分も興味があったな」
「…………この中で、ロムルーシ語できる奴?」
応じたのは僕とネヴロフ。
ちなみにヴラディル先生の質問はロムルーシ語だ。
もちろんネヴロフを単独行動させる不安があるため、実質僕一択になる。
限られた時間でとなると、ロムルーシ語を習得しているか、専属の通訳を雇える財力と身分があるかという話になるんだ。
「私も少しはロムルーシ語わかるけれど、あの国とは相いれないわ」
「あぁ、ロムルーシは悪霊伝承だからな」
不服そうなイルメにヴラディル先生が応じる。
また知らない話だ。
やっぱり本ばかりよりも実際に聞かないとわからないこともあるな。
どうやらエルフたちが精霊を良い物として奉るのとは逆に、ロムルーシなどの北の国では、悪霊と呼んで人を惑わす存在だと言われるそうだ。
精霊信仰の宗教家家系のイルメとしては、行く先がロムルーシと言うだけで、ない。
「ヴラディル先生、就活生っていう先輩はアズくらい物知りなのか?」
「それは…………うーん。貴族関係はちょっと文化的な違いがあるな」
ネヴロフへの答えが迷いぎみなのは、ニノホト出身だからなんだろう。
しょうがないとはいえ、それはそれで問題な気もする。
いや、これはいっそ先々を考えて手回ししておくべきかも?
「できれば先輩に持ち回りで必ずフォローしてもらえる体制整えるべきでは? そのためにも就活生に、講師がやってくるまでに頼めないか交渉をしたいです」
「授業内容は押さえているとは言え、ニノホトの二人だけだと確かにそうだな。国に帰る気の奴らなら、交渉の余地はあるか。あとはスティフの同学年。あいつら登校してくれたら、それはそれで俺も楽なんだが」
わからないクラスメイトに僕から、就職が困難な状況を説明した。
「えー、本見るのけっこう楽しそう。なぞときやれってことだろ?」
「だが自分の目指す仕事ができないとなると、確かに迷うな」
「国に帰るのはわかるけれど成果があるようなら残るべきでしょう」
「就職先がないなら、帝都に就職すればいいのに」
ラトラスはモリーの所のことだろうけど、クラスメイトたちもけっこうバラバラだった。
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