200話:先輩とお姫さま5
ヴラディル先生と移動した職員室は、半分本で埋もれている。
一人で使っているはずなんだけど、本のせいで手狭な印象だ。
「一応確認しておくが、ルキウサリア王室と関わると国許に強制送還とかは?」
「ないですよ。さすがに親も入学は知ってます」
どんな家だと思われているんだろう?
「あれ…………まさか、学園に通っていることを秘密にしている上級生が?」
「おう、表向き留学名目で来てるけど入学してる奴がいる」
わぁ、僕以外にもいるの?
しかもそっちは国や親にまで秘密で?
ヴラディル先生は僕の反応をみて、考えながら話す。
「今年の新入生は全員しっかりしてる。甘えてもいなければ、入学して終わりなんて学園に在籍する意義を見失ってもいない」
魔法学科を見ると、入学してステータスを手に入れたら、それ以上を学園に求めていない生徒がいることは想像がつく。
貴族子弟は意思決定を許される身分であると同時に、親という上位者から常に命じられる立場でもある。
だからこそ自主性はあっても主体性はない、言ってしまえば責任感の希薄さがあった。
卒業後は貴族として家に縛られることを考えると、逆に学生の内に羽目を外す者もいそうではある。
「中でもアズ、お前は他よりも先を学んでいる。だからこそ世話役を頼んでるんだが」
国外出身のイルメにウー・ヤー、そもそもの学習が追いついていないネヴロフとラトラス。
僕もアーシャとしてやることあるから午後だけだけど、それでもまだ四人との学業における隔たりが埋まる様子はない。
「それだとお前の学習にはプラスにならない」
「刺激は受けていますよ」
セフィラの実験も、さっきの石灰作りも、僕一人ではできなかったことだ。
それに学校生活は前世で大学まで行っているので、懐かしさ半分で楽しんでるところがある。
「学園でも学力に著しい差があると、学習に支障が出る。だから一年の内に足並みそろえることを目標にしてるわけだが。それでもなお、進みすぎてるような学生は毎年いる」
喋りながら、ヴラディル先生は手狭な職員室の一角から椅子を一脚掘り出す。
本に埋まってて気づかなかった。
それを僕に勧めて話を続ける。
「で、そういう学生には提携してる他国の学校への留学を案内してる」
「え? 僕入学したばかりですよ」
「だからこそだ。今なら学園の援助を受けて、他国の文化思想に触れられる。話で聞くのと実際に肌で感じるのでは、経験値が違う」
百聞は一見に如かずというし、僕の学習進度で相応しいと声をかけられたのはわかる。
ただ今持ちかけられた理由は、それだけではない気がした。
「それは、いつのことですか?」
「夏が始まる前から、半年」
「入学した時に、半年待ったら講師が増えると。それまで僕がって話だったはずでは?」
指摘したらヴラディル先生は困った様子でまた考え込む。
「…………大陸東の国に知り合いいたりするか?」
「そっちの出身者なら帝都で知り合った人が一人」
もちろんイクトのことだ。
「そいつ帰ったりは?」
「しないと思いますよ。帝都で就職して家も建ててあるので」
「じゃあ、大丈夫か。…………これからいうことは漏らすなよ」
留学にも驚いたけど、いったいなんの話をされることやら。
「さっき言った家に秘密で入学した奴らが、今回の留学を機に高跳びするつもりだったことがわかってな」
「ちょっと、ちょっと待ってください」
「おう」
僕の訴えにヴラディル先生は背もたれに身を預けて待ってくれる。
色々突っ込みたいことが多すぎる。
奴らって、一人じゃなかったの? とか。
留学で高跳びって何? とか。
「…………つまり、高跳びがわかって学園の責任問題になりそうだから、止めた。それで枠が空いたから僕を急遽?」
「おう、そのとおりだ。もう一つ追加するなら、高跳び画策したのも、錬金術師としてルキウサリアに留まることができそうにないってことが理由らしい。けど、ディオラ姫が言うように国のほうが錬金術に興味を持った。今打診されてる仕事受けてればもうちょっと国の込み入ったとこに踏み込めるかもしれん。まぁ、この国に骨埋める覚悟は必要だがな」
国に帰らず高跳びをするくらいだったら、顔も知らないその上級生たちは本の仕分けの仕事を受ける可能性があるんだろう。
だからこそ留学を止めたとはいえ、いったいどんな先輩たちなのやら。
そう言えばステファノ先輩が国名を上げていた。
その中で東の国って…………一つだけじゃなかった?
「その先輩たちはいったいニノホトで何をしたんですか?」
「なんでわかって…………あぁ、スティフが言ってたな」
ヴラディル先生は肩を竦めてもう下手に隠し立てするのをやめる。
「ニノホトの王族みたいな、その生まれで、帰っても宰相の息子とかいう年長者との政略結婚しかないから、いっそ逃亡とか言ってたんだよ」
「皇族ですね。息子とってことは、その先輩女性なんですか? すごい行動力ですね」
ヴラディル先生もうろ覚えだけど、ニノホトは人間たちの先祖の地にある国だ。
皇帝以外で皇を名乗る数少ない国でもある。
帝は歴史に名を残す為政者の尊称的に使われてるから、皇はレア感あるし貴族でさえなじみがないからしょうがないかもしれない。
けど生まれに縛られるのは同じらしい。
しかもこっちで言う王室の人間となると相当無茶してる人だ。
「皇族の奴と、その従者が就活生でな。引き留めも兼ねてそいつらに他四人の面倒みさせつつ、国からの仕事も手伝わせようかと思ってる」
国からの仕事が、図書館の仕分け作業だろう。
あんまり反応良くなかったようだけど、やってくれる宛はあったらしい。
そして僕がつきっきりの必要もなく、そもそも喧嘩売られる相手も〆て大人しい状態。
「お前も家に相談必要だろうし、すぐじゃないけど、資料は渡しておこうと思ってな。今回逃したら来年枠取れるかわからん」
「ちなみに留学先は?」
正直留学を誤魔化して入学してるのに、さらに留学ってどうかとは思う。
しかも半年となると、関係各所が頷くとも思えない。
それでも聞いてみたのは興味本位だった。
「ロムルーシだ。首都スリーヴァにある学校だから、船で西回りに移動になる。これが留学期間の半分とるんだよ」
「…………トライアン経由ですか?」
「そうだ。船は北西の国々からしか出せないし、トライアンはルキウサリアとはやり取りもあるからな」
資料をもらって読むふりで考えるのは、組織犯罪集団であるファーキン組。
最近ハドリアーヌからトライアンへ河岸変えをした。
元から稼ぎが悪くなったからハドリアーヌへ移ったのに、さらにファーキン組が弱ったためにトライアンへ戻っている。
それだけ腰の座っていない状態なら付け入る隙があるはずだとは、ナーシャの手紙をもらった時から考えていた。
帝国国内にいたサイポール組も、犯罪者ギルドがなくなって落ち着かないところを攻撃してホーバートの街から追い出せたんだ。
今なら、ファーキン組も叩けるんじゃない?
「…………持ち帰って相談してみるので、待ってもらえますか?」
気になってたし心配もある。
もしさらに動けないようにできるなら、手は打っておきたい。
(そもそもトライアン詳しくないし、帝国軍いるわけじゃないし。手立て思いついてないけど。ファーキン組に直接仕かけられるならそのほうがいい気はするんだよ)
(所在不明である実行犯を捜索するよりも現実的であると思われます)
考えていたら思考に入り込む声。
しかもけっこう前向きなことを言ってきている。
(セフィラ…………ファーキン組に興味あるようには思えないけど?)
(ロムルーシの留学によって得られる知見に期待。大型クレーンなるものの実物を見ることで、陸上での有用性を計るべきと提言)
結局知的好奇心か。
確かにハドリアーヌのナーシャから木造クレーンは周辺国で使用していると教えられた。
帝都の湖に浮かぶよりも大型だという船にも、セフィラは興味を持っていたはずだ。
(もう、だったらファーキン組の対処一緒に考えて。そこが固まったらみんなを説得するから)
(目的地の途上であるため、強力な攻撃を加えることを提案)
(国を敵に回す方法は却下。っていうか、帰りにも通るんだからね)
なんだかミサイル試射したいとか言い出しそうなので、その辺りも先に却下しておく。
反対を表明するだろう関係各所よりも、まずは身近なところから説得する必要がありそうだ。
定期更新
次回:説得と手回し1




