199話:先輩とお姫さま4
貝を熱して突き崩し、白い石灰にする作業中。
石灰が冷めるのを待つ間、ラトラスやイルメも竹大砲のほうへと行ってしまった。
そして竹大砲の原理を理解して説明しているのはネヴロフだ。
「だから、水って水のままよりも、白くもくもくしてるほうが量が多くなるんだよ。で、この筒の中で水が膨れるからさっきの音が出るんだ」
水の三態は、液体、固体、気体の順で体積は大きくなる。
言葉は知らなくてもネヴロフはその基本を理解していた。
それというのも、ネヴロフの故郷に作った装置が、水蒸気の力を使ったものだからだろう。
皇子として僕が残したもので、ちゃんと勉強していたようだ。
「えー、帝国の第一皇子さまって面白いことしてるんだぁ。そのエッセンスってどんなもの? 色違いせんせーい?」
「…………ウェアレルです」
「ヴィー先生の相方ならウィー先生って呼ぶねぇ」
「君は本当に我が道を行きますね」
色に興味のあるステファノ先輩が楽しげに聞くんだけど、ウェアレルはまず呼び方の訂正から。
ステファノ先輩は物おじしないね。
僕たちはある程度石灰を冷ますと、さらに不純物を取り除くため、片づけをして屋内に移動する。
「スティフ、笊出せ。ウィー、第一皇子に渡すのってやっぱり箱別に用意したほうがいいか?」
「その辺りは逆に障りが出ますので、あるものでかまいません」
錬金術科の実験室で、慌ただしく動く中、そんな会話が聞こえた。
秤も出して、作った石灰を半分にするために色々と準備をする。
竹大砲に使った分は、ウェアレルから実験の様子を話せばいいということで計算しないことにしてもらった。
実際別に気にしないし、石灰でどれだけ熱が出て、水蒸気でどんな音が響くかなんて、僕の所ではできない実験だしね。
「皇子への物なら相応の箱を用意すべきでは?」
イルメも聞こえていたらしく、相応の箱を用意することが障る理由を問う。
「マッチとか竹大砲とかで説明忘れてたな。まずはお前ら、手分けして笊にかけてごみを取れ。けど慌てるなよ。舞い上がるからな。ごみ以外の欠片は砕いてまた笊にかけるから捨てるな」
ヴラディル先生の指示で手分けして作業をしつつ、説明を聞くことになった。
「今回石灰作りは皇子からの依頼だ。だが、表向きはウィーが持ち込んだ素材の加工を授業の一環で行った。だからこれで皇子に特別箱や礼物なんて用意すれば、学外と表ざたにできないやり取りしてますって言ってるようなもんだ」
「本来支援者となるならば、表立って手続きを経て学園に動いてもらいます。ですが、それはアーシャさまの望むところではありません」
ウェアレルの補足に、ステファノ先輩が納得した様子で応じる。
「第一皇子って公式に動くと面倒な立場ってことなんだねぇ。色々悪い噂があるし、自粛してる感じー? けど錬金術趣味って聞くし、錬金術科の敵ではないってことをヴィー先生は言いたいんだよぉ」
わからない顔のネヴロフと目が合ったステファノ先輩は、説明を足してくれた。
「あとこうやって他人仲介してるやり方は、仲介者の立場も関係してくるから注意しろよ。ウィーは第一皇子に直接意見挙げられる立場だから、今回はこいつ通せばなんでもありだ。だが、その分こいつが壁になってもいるから、会わせろとかは絶対取り次がねぇ」
私怨も混じるヴラディル先生の説明を聞きつつ、僕らは手と共に口も動かす。
どうやら今回の石灰作り、王侯貴族の学園での立ち振る舞いを教える教材にもされるようだ。
「確かに荷を扱う時も、偉い人は決定権のある監督役同行させるもんなぁ。色違い先生がその役目か」
「そんな小難しいこと覚えて、卒業した後どう使うんだ?」
ラトラスは自分の経験に置き換えることができたみたいだけど、ネヴロフにはピンと来ないようで、ステファノ先輩にまた聞く。
「僕は卒業したら国に帰るだけだからぁ。就活してこっちに残るみんなは必要かもねー」
「ステファノ先輩は今年卒業か?」
ウー・ヤーがそもそものことを聞くのは、去年の入学生がいないことを知らないからだ。
するとウェアレルが、僕も知らない情報をくれた。
「錬金術科は少々生徒の構成が他と違いまして、ラクス城校は三年で卒業ですが、錬金術科は一年卒業を見合わせて就職活動をすることをしているそうです」
つまり、錬金術科に所属する十九人の内訳は、新入生、今年卒業生、卒業を見送った就活生となるらしい。
元より錬金術師で就職できる場所がないし、仕事としても自ら開業する準備が必要だ。
そのため一年卒業を見合わせての就活をするんだとか。
「スティフと同じ年齢が他に六人。就職活動をしているのが七人だ。去年の入学生はいない」
「そうなのですか。では出身国、もしくは種族の内訳を聞いても?」
ヴラディル先生に、一学年上がいないことを初めて知ったイルメがさらに聞く。
「スティフの学年は竜人とエルフ、就活生は竜人とエルフに獣人もいる。各一名ずつだ。出身国もばらばらだな」
「僕と同じリビウス出身の先輩いるけど、入学前までの面識はないよぉ。あとはウォルシア、ヨウィーラン、タロール、ニノホト、ナザリオン、えぇとー」
ステファノ先輩のあげる国名を、まず国名と認識できてないネヴロフに加え、他もわかっていない様子。
「ま、全部人間の国だねぇ。内訳で言えば、身分はほとんど貴族だよ。完全に村出身ってトリエラくらいかなぁ。他は家がお金持ちー」
この学園、基本的に王侯貴族向けだからね。
ウー・ヤーみたいに貴族でまとめられない身分の人もいるけど、僕らも五人中三人が国政に関わる家柄とも言える。
「リビウスとニノホト以外、聞いたことない国ばかりだ」
ウー・ヤーは笊をゆすりつつ正直に言った。
その間に、僕が目で合図を送ると、察してくれたウェアレルがヴラディル先生に話を振る。
「国のほうから錬金術師を求める話が出ているはずでは? 故国へ帰る者ばかりなのですか?」
「あぁ、本の仕分けな。それして数年働けても、その後が続くかどうか。教育内容が偏りすぎてて、上手くやれるとも思えない。それに、このスティフのように目的以外でやる気のない奴もいるからな」
おっと、就職先としてあまり魅力を感じられてないらしい。
それに先輩たちの出身国も問題だ。
一番遠いニノホトじゃ、一度国に帰ったら二度とルキウサリア王国には戻らないだろう。
(この国に骨埋めるくらいの気持ちないと、封印図書館関わらせたくないだろうし)
本の仕わけから働きを見て、封印図書館に回せないかと考えたんだけど。
まずその仕事に魅力を感じないなら別のアプローチが必要だ。
それに残って就職するかは僕のクラスメイトも怪しい。
ラトラスはまずモリーの所に就職内定してるし、イルメも精霊に拘ってるからやはり国に戻るだろう。
ネヴロフも小領主の支援で入学してるから戻るのが前提だと思っていい。
「これは一度、ルキウサリアに残るつもりのある学生を調べたほうがいいのでは?」
「そうだろうな。残るにしても自力でどうにかするつもりの奴らもいるし」
考え込むウェアレルにヴラディル先生が頷く。
「仕わけってなんですか?」
「お前らが図書館いって見つけたんだろ? 錬金術師が隠した薬の製法」
話について行けてないラトラスに、ヴラディル先生が意外そうに教えた。
「では、あの謎解きに興味がわかないような方々?」
「いや、それとこれとは違うと思うよ。イルメだってルキウサリアで錬金術師の仕事がしたくて入学したわけじゃないでしょ?」
僕の指摘にイルメは頷き、理解した様子でさらにもう一度頷いた。
ステファノ先輩もそのタイプで、目的の結果、錬金術に行きついただけだ。
これは一度先輩たちを調べたほうがいいかもしれない。
いっそ封印図書館に関わらせるかどうかは抜きにして、数年働くつもりがあるならその範囲で任せられる頭数が必要な作業をこなしてもらえないだろうか。
僕がそんなことを考えてたら、ヴラディル先生が思い出したように声をかけて来る。
「あぁ、そうだ。アズ、この作業終わったら職員室に来てくれ。ちょっと相談があってな」
「また対決か? 次は何処の学科が来るんだ?」
何故か楽しそうなネヴロフに、ステファノ先輩が首を傾げた。
「なになに? 何するのー? 君たちちょっと面白いよねぇ」
「知らない? アクラー校でもやったのに」
ウー・ヤーは呆れつつ、魔法学科を錬金術で倒して干渉を防ぐ活動を説明する。
力試しに興味はないようだけど、ステファノ先輩は色作りに通じるエッセンスの話には興味があるようだった。
そして僕たちは石灰を半分に分けて、ヴラディル先生はステファノ先輩に片づけの指揮を任せる。
僕はヴラディル先生に連れられて職員室へ移動することになった。
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