閑話39:ハマート子爵令息
入学前から錬金術に対しては負けられない思いがあった。
訳の分からない現象、訳の分からない結果。
第一皇子に見せつけられた錬金術だと言うそれらは、受け入れられる物じゃなかった。
ましてや誰も説明できない状態なんて、詐術か何か種があるに決まっている。
もし理由がなくただただ強力だというなら、俺はただただ負けただけになるんだ。
錬金術科がアクラー校と勝負をしたと聞いて、これだと思った。
我が家より下の、将来俺の部下に収まるだろう級友たちが俺を貶すばかりの中、チャンスだと思った。
このままじゃ駄目だと思うのに、親は大人しくしていろ、兄は自分の蒔いた種だと助けてはくれない。
だったら俺自身が魔法で錬金術を上回る以外に、状況の改善はないんだ。
「あ、いた。エフィ、大丈夫?」
「怪我しているなら手当てをしないと」
水場で手を洗ってる俺に声をかけて来たのは、家同士の付き合いの幼馴染みたち。
他にも幼馴染みはいたけど、第一皇子に負けてすぐに離れた。
この二人が俺の側に残ったのは、気が弱いからだ。
それも魔法学科での罵倒が日常になって近寄るなと俺から言った。
今俺は級友たちから距離を取られた状態で、寄って来たのはこの二人だけだ。
「たぶん職員会議が終わったら俺も呼ばれる。だったらこの恰好のままのほうがいいだろ」
将来部下になるだろう騎士家の級友たちは、俺と一緒に錬金術科の生徒に魔法を放とうとして、錬金術科の教師に阻止された。
やり方は卑怯だし、教師の前でやるだけ相手を舐めてた上で、錬金術科が勝ちをさらう状況が受け入れられなかったんだろう。
かつての俺と同じように、魔法が錬金術に劣るなんてこと、受け入れられないんだ。
「俺は良く見えなかったんだが、錬金術科の教師が放った魔法は何だった?」
「僕も気づいたら、白い光がはじけて音がしたくらいで」
「たぶんその後に同じ顔の教師が放ったのと同じ魔法じゃないかな」
後から来た教師の魔法は俺も見た。
となると、風属性の上位、雷の魔法だろう。
錬金術は魔法の下位互換のはずが、風属性を極めるという稀な才能を持つ魔法使いは、錬金術科の教師をやっていることになる。
「魔法も、使い方次第…………」
錬金術科の銀髪の生徒が言っていた。
第一皇子との経験から、錬金術科と見て舐めたら隙を突かれることはわかっていたのに。
結果、俺の魔法は初級しか使ってない銀髪の魔法から生じた強力な火炎に相殺された。
初級しか使えないのに俺と正面からやり合った錬金術科。
俺に魔法の腕では敵わないとわかっていて、死角から狙った騎士家の奴ら。
そういうことじゃないんだろうが、使い方の差が、善悪の差にさえ思える。
「ちょっと、エフィ! いつまでそんな汚れた恰好でいるの? そんなことで同情を誘おうだなんてどれだけ軟弱になってるのよ。そんなだから錬金術科になんて負けるのよ!」
そう言ってやってきた気の強い少女は、入学体験までは俺の側にいた婚約者候補だ。
けれどあの後さっさと離れて、入学してからは目も合わせず、騎士家の奴らがうるさくなる頃には近寄りさえもしなかったのに。
気の弱い幼馴染みたちは俺に隠れるように身を引く。
「魔法の神髄は信じること。四百年前の大魔導士も疑うなと言葉を遺しているのに、あなたがそんなんじゃ魔法学科全体が侮られて、魔法の絶対が揺らいでしまうわ」
元婚約者候補が言うのは、魔法使いを目指す者には最初に教えられる基本。
魔法は疑えば形にならない、信じなければ発動さえできない。
だからこそ魔法は絶対であると疑わず、信じ込むこと、それを成せると己への自信あってこその技術だと。
だからこそ魔法使いを目指す者は自信家であることが美徳とされる。
同時に、こうして俺に突っかかってくる元婚約者候補の本心は、主語を大きくしているだけで、自分が自信を喪失しそうなだけなんだ。
「魔法の絶対を疑わない才能がある奴なら、揺らぐわけがないだろ。あの錬金術科に勝てる目算が立たないなら、素直にそう言え」
「な、何よ! それは私じゃなくてエフィでしょ!」
「そうだな」
肯定すると元婚約者候補は驚き、幼馴染みたちも口を開けている。
幼馴染みたちは魔法を使う才能と魔力がありながら気弱で、俺が発破をかけてやらないとこの学園入学さえ尻込みしていた。
そのせいで俺の肯定に不安そうだし、元婚約者候補も見るからに揺らいだ表情だ。
「二度目だ。しかも今回は何をされたか、何が理由だったか、はっきりと示された。錬金術で魔法を強化するすべがある。それを使えば俺の魔法を上回ることができるんだ」
今まで理由がわからなかった。
負けた理由がわからないなら、負けた原因が俺になる。
そんなの認められないし、周りだって俺を許さない。
だったら違うと証明しなければいけなかったが、それももう必要ない。
「魔法も使い方次第なら、きっと錬金術も使い方次第。向こうは使い方を知っていて、こっちは知らなかった。今思えば、これ見よがしな樽を破壊しておけばよかったんだ」
実際の場面でそこまで頭が回らなかったのは、明確に俺の落ち度だ。
そうして理由がわかれば受け入れられるのも、今はもう誰かの代わりに虚勢を張る必要もないからかもしれない。
一度は遊び半分で、魔法の絶対を示したくて皇子に喧嘩を売った。
何故か魔法が上手くいかなくて焦って、苛立って自信が揺らぎそうだったから自分から勝負を挑んだ、あれは確かに俺の蒔いた種だ。
そしてきっと、皇子が錬金術の道具を使う瞬間を見逃したのが敗因だったんだ。
「ま、負けたことを悔しがりもしないなんて、どうかしてるわ!」
元婚約者候補は訳が分からないと言いたげに去っていく。
幼馴染みたちは俺の顔を窺っていた。
「つまり、次があれば勝てるってこと? でも勝てる目算が立たないって…………」
「エフィの魔法の上をいくんだろう? やっぱり難しいんじゃない?」
「勝てるさ。道具は相手が用意してくれるんだ。見極めて奪えば、俺の勝ちだ」
それで気弱な幼馴染みたちは安心するが、次の勝負なんて無理だから目算は立たない。
皇子の時だって二度目はなかったんだ。
どころか皇子が直接俺に何か言ってくることなんかなく、まるで関係ないような扱い。
同じ国にいても、俺に特別報復をするでも難題を課すでもなく。
顔もよく見てなかった皇子の印象は黒髪くらいで、向こうも俺のことなんてもう忘れているだろう。
そうして思い出そうとした皇子の面影が、銀髪の錬金術科と重なった。
「あの銀髪の錬金術科。皇子に似てなかったか?」
「え、でも髪の色違うし、話し方が全然違うでしょ」
「でも背格好は同じくらいかも。年齢も同じだし」
共通点があったから見間違えた、そうかもしれない。
その共通点の一つは、俺と正面からやり合ったこともそうだ。
突然勝負を決めて準備もない中、どうして皇子は受けたのか、今思うと不思議だ。
俺を死角から狙った騎士家の奴は、俺に敵わないと恐れていたからだろう。
それで言えば、きっと銀髪が言ったように、皇子は俺を恐れて手を出せないなんてことはなかったんだろう。
「とんでもない自信だ」
騎士家の奴らとは決定的に違う。
あの皇子は一人で、余裕も失くさず、確かに錬金術を使って俺を負かした。
今でも何をされたかよくわからないが、あの銀髪に聞けば、皇子が何をしたかわかるだろうか?
あいつは、いい加減詐術なんかじゃなく、ちゃんと理屈があるってわかった? なんて言っていた。
その言葉も、皇子を思い出す。
皇子はやって見せて理解しない俺と引率の教師に、理屈を説明することはなかった。
きっと皇子からは、二度と聞かせてはもらえないだろう。
「…………せめて、銀髪と白っぽい獣人には礼を言いたいな」
「そう言えば銀髪すごい反応早かったね」
「獣人のほうも一呼吸後くらいには気づいて引っ張られたぞ」
「僕たち、直前まで気づけなかったのに」
幼馴染みたちはまた不安そうになる。
近くで魔法を使われると、魔力の放出に合わせて魔素の流れが生じてわかるんだ。
魔法使いにはそれを読む技能や、紛らわせる技能が教えられる。
ただどちらも魔素に感応するセンスが必要になり、それは魔法使いにとって後天的には得られない才能でもあった。
魔力を操る才能と並べられて、魔法使いとして大成するために必要だと言われる力だ。
「あの銀髪はもしかしたら、俺たちよりも魔法の才能があるのかもしれないな」
「でも錬金術科にしか行けなかったんでしょう?」
「あ、魔力が低いとか、そういうことかも」
錬金術は魔法の下位互換、その前提があるからこその言葉だろう。
けれど負けた俺としてはもうそうは言えない。
才能のある者がさらに高める技術を学ぶために錬金術科に行っているとしたら、それは恐ろしいことだ。
そうなったら勝てるわけがない。
だからと言って負けたまま勝つ見込みだけで満足するわけにもいかない。
「…………確か、教養学科の教師に、魔法道具に精通した獣人の双子がいると聞いたな」
今のままじゃ終われない。
今回の負けで、もう実家からも魔法使いとして不要と見限られるかもしれない。
そうなれば大公国で軍事関係の職に就くことも難しくなるだろう。
だからって俺が魔法使いとして大成できないわけじゃない。
俺は今も自分の魔法を疑ってはいない、まだ、これからなんだ。
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