195話:ラクス城校魔法学科5
ラクス城校の魔法学科との勝負はついたのに、僕たちを狙ってラクス城校の生徒が魔法を放つという暴挙を行うのは予想外だ。
けどそれに気づいたヴラディル先生が、魔法で音を立てて驚かし魔法を使えなくしてくれたのは、ちょっと手慣れてる気がする。
前世でも銃乱射事件とか聞いたことあったけど、こっちだと魔法乱射事件とか調べたらありそうだ。
位置関係から、どう見ても僕とネヴロフごとハマート子爵令息を狙った攻撃。
耳を押さえて座り込んでいる生徒たちは、ハマート子爵令息に罵倒をしていた人たちだ。
「恥を知れ。相応の処分を覚悟するんだな」
「と、突然魔法を生徒に向けるなんて! なんてことをするんだ!」
叱りつけるヴラディル先生に、耳を押さえていた生徒が言い返す。
けれどヴラディル先生は杖を降ろさず、淡々と告げた。
「教師を舐め過ぎだ。他の生徒を壁にして並べた程度で誤魔化されるわけがないだろう」
「なにも、何もしてないのにいきなり魔法を向けるなんて横暴じゃないか!」
まだ白切る生徒は、ヴラディル先生から魔法学科の教師に顔を向ける。
「先生は何も見てませんよね!?」
「え、そう、だね…………」
あ、向こうの教師がひよった。
ヴラディル先生も呆れてるというか、余計なこと言うなと言わんばかりに睨んでる。
「私は何も見てないし、その、もう今日やることは終わった訳だし」
「去年の王城からの通達をなんだと思っているんだ。教師が驕ることもそうだが、そうして生徒に阿るのをやめろということじゃないのか?」
「そ、そんなつもりは。それにあれはあの教員の独断であって、私には関係のないことだ」
なんか教師で内輪揉めを始める姿を窺いつつ、僕はホルスターの杖を掴んで身を起こす。
魔法を放とうとした生徒が、今も杖握ってるってセフィラが警告したからだ。
「あの先生情けねぇな」
ネヴロフが呆れる横で、ハマート子爵令息は唇を噛んで魔法学科のほうを見ていた。
何が起こったかはわかってるようだ。
「君、魔法撃たれるほど怨みでも買ってたの?」
「…………あいつらは騎士家の出身だ」
「あぁ、上だった相手を下に見られるから増長したのか」
「く…………」
ハマート子爵令息は否定せずに拳を握りしめて耐えるように俯く。
意固地になっていたハマート子爵令息の側も、下だと思っていた相手からの虐めに反発はあっただろう。
結果として見返すために錬金術を詐術だと証明しようとした。
つまりはレクサンデル侯爵派閥の内輪もめ、しかも子供のいじめの延長。
親の身分で仕事が決まるこの世界で、彼らは卒業してからも家の付き合いが続く。
そうなるとここで覆さないと一生モノの関係性になってしまう。
「面倒だなぁ」
「じゃあ、あいつらにもう一回魔法撃たせれば? そしたらあっちの先生も見てないなんて言わないだろ?」
僕の呟きにネヴロフがあっけらかんと提案する。
違うんだけど、そうしたほうが単純な話になりそうだし、もうそれでいいか。
僕が親指を立てるとネヴロフは首を傾げる。
「え、おい、何を…………?」
不穏な気配を察したらしいハマート子爵令息が止めようとするみたいだけど、知ったことじゃないよね。
「正面から勝負することもなく後ろから闇討ちなんて、魔法学科の生徒は随分怖がりなんだね。それなのに魔法学科を目指すなんて、向いてないんじゃない?」
「そう言えば、アクラー校の魔法学科の生徒も最後泣いてたな。勝負挑んで来たの向こうなんだから、泣くことないのに」
僕はあえて声を大きくすると、ど天然でネヴロフが煽ることを言う。
主語を大きくしたせいで、我関せずだった魔法学科の生徒もこっちを睨む。
けどそこで乗って来たのはイルメとウー・ヤーだった。
「えぇ、本当に。ルールも守れない、卑怯な手を使う、他人を盾にして、不正も見ないふり。プライドがないのかしら?」
「戦いの場にも出て来られない臆病者だ。誇りの意味すら知らないのかもしれない。見苦しく言い逃れするのが証左だろう」
僕より辛辣だぁ。
それだけ怒ってるのかもしれない。
関係ないところが言い返そうとするのに気づいて、ラトラスが釘を刺した。
「見て見ぬふりした同罪の卑怯者か、卑劣な手段に気づけもしない鈍間だね。どっちでもないなら、まず身を正すべきじゃないの? 同じ魔法学科の生徒として」
「あいつらと同じにするな!」
「そうよ! 後から手を出すとか馬鹿じゃないの?」
「なんだと!?」
ラトラスのお蔭で、反感は僕たち錬金術科と同時に、魔法を放とうとしたレクサンデル侯爵派閥の子弟にも向く。
教師相手には様子を窺っていたレクサンデル侯爵派閥の子弟は、同じ生徒となれば言い返す元気があるようだ。
本当に、わかりやすくて助かる。
「ほら、もう一度背中を向けてあげようか? そしたら怖がらずにいられる?」
「お前みたいなチビ、誰が怖がるか!」
あからさまな挑発を投げた途端、杖を持っていた生徒が魔法を放つ構えを見せた。
僕はけっこう平均的な身長だと思うんだけど。
そう考えた時、セフィラの声が聞こえた。
(主人に報告)
セフィラの報告を受けて、僕はあえて杖から手を放して何も持っていないことを示し、両手を肩の高さに上げた。
それでも魔法を放った魔法学科の生徒に、周囲もさすがに止めようとしたけど遅い。
魔法が放たれた次の瞬間、僕めがけて飛ぶ魔法の前に雷が落ちてかき消した。
「無手を相手に、さすがに授業の枠を超えていますね」
雷と声は、室内へやって来たウェアレルから。
どうやら気づいていたらしいヴラディル先生は落ち着いてそちらを見た。
けどウェアレルの後ろにいる人物に目を瞠る。
「テスタ老、どうしてここに?」
「変わった授業をしているらしいと聞いて様子を見に来たんじゃがのう」
封印図書館はテスタが表立って調べている態だから、錬金術関係のことでヴラディル先生とも連絡を取っている。
だから知り合いなんだけど、テスタが来たのって、こうしてやり合うこと知ったからだよね。
動きがあるとか忠告してたし、魔法学科の荒れよう知ってて、錬金術科をフォローしに来た感じかな?
「今のは明確な危険行為。しかるべき対処をすべきだと思うが、どうだね? 目に余る行いだ」
テスタが不快感を声に出して魔法学科教師に声をかける。
途端に魔法学科教師が震え上がって追従し始めると、ネヴロフから袖を引かれた。
「誰、あの爺さん? なんか偉い人?」
「ルキウサリアの薬学の権威で、学園で行われてる研究にも関わってる人」
「そんな…………テスタ老に睨まれたら、国の薬の流通が止められる」
ハマート子爵令息が愕然と呟く声がする。
そこまでなの?
あぁ、でも財産差し出すって書かれた目録の中に、結構な数の研究機関と薬の独自レシピによって入る金銭があった。
テスタの一存で販売中止にできる薬類が一定数あるんだろう。
帝国相手にはさすがに個人でそんな喧嘩売れないけど、相手をレクサンデル侯爵の持つ大公国に絞ればそれなりに効果ある制裁になりそうだ。
子供の喧嘩に親が出るという、前世の余計なことをするという意味合いの慣用句は、この世界だと当たり前のこと。
学園としては自国で戦火を起こしてほしくないから、学園の中の問題に外部からの口出しをさせないというスタンスのほうが珍しい。
その上でテスタは学園内部の身分があるので、ハマート子爵令息は学園で問題を起こしたことが、親どころか国を巻き込む事態に発展することを恐れてるようだ。
けど、村人なネヴロフには全く実感はないようで、気軽に僕へと聞いてくる。
「そんな偉い人がなんであんな怒ってるんだ?」
「錬金術に興味持ってるらしいから、それでヴラディル先生ともあるんじゃない?」
濁しつつ、ヴラディル先生に呼ばれて僕は、ネヴロフとハマート子爵令息と一緒に向かう。
授業は打ち切り、もちろん僕らの勝ちは宣言された。
その上で、勝負がついた後に攻撃したってことで、野次のうるさかったグループは魔法学科教師と共にテスタに連れて行かれる。
残された魔法学科の生徒はウェアレルが監督。
僕たちはヴラディル先生と、樽なんかを荷車に乗せてアクラー校の校舎に戻ることになった。
「どうしてあんなに馬鹿なことしたのかしら、信じられないわ」
「貴族って結構メンツに命かけるから、負けたくなかったんだよ」
お怒りのイルメにラトラスがちょっと適当に答える。
ウー・ヤーも思うところがあるらしく頷いた。
「実戦の殺し合いならそれも一つの手。だがここでやる利点はない」
「それはそれで物騒すぎる話になってない?」
「狩りなら後ろ狙うのありだけど、他人の喧嘩を後ろから殴るのは駄目だろ?」
おおげさな気がしたんだけど、ネヴロフは笑ってまた少し違う話をしてくる。
いや、命のやり取りとは違うって話ならあってるのか?
「なんにしても、これで例年よりは馬鹿なちょっかいかけてくる生徒も減るだろう。今年の新入生は手が早…………やられっぱなしじゃないって印象はついたはずだ」
ヴラディル先生はほぼ言ってしまってるのに、わざわざ言い直す。
言い方はともかく、これで少しは錬金術に集中できる環境ができるよう願うのは僕も同じだった。
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