194話:ラクス城校魔法学科4
「あ! しくじった、悪い」
ウー・ヤーが悔しそうに杖を取り落とす。
運良くウー・ヤーの肘に魔法で作った土塊を当てたハマート子爵令息は、開いた片手で拳を握りしめた。
状況は二対一。
最初に武術の心得のないラトラスが落ちて、イルメは二人がかりで落とされたけど相討ちに持ち込んだ。
そして残ったのは僕とネヴロフ。
どっちも杖を手に取ってない者同士で、ハマート子爵令息の勝利条件は錬金術道具の消費となった。
(まだ樽は残ってる。そして向こうは魔法を打ち続けて消耗が激しい。これはもう)
(杖を奪う勝利条件の達成確率低し。主人の勝ちを断定)
(いやぁ、まだ手を残してるかも。窮鼠猫を噛むって言うし、ハマート子爵令息は最初から油断してくれてないからね)
野次馬たちはうるさいくらいに囃し立てて、僕らはもちろんハマート子爵令息すら応援はしていない。
ハマート子爵令息の負けを嘲笑うつもりでいながら、本当に負けたら徹底的に罵倒するつもりでもある。
それを知ってるからこそ、ハマート子爵令息は他の四人よりもずっと用心深く立ち回って生き残った。
お高い魔法の補助道具なんかも使い捨ててるし、出回る量は増えたけどまだまだ相応の値段がする魔力回復薬も使ってる。
授業でそんなこと普通しないから、それだけ本気だってことだろう。
「あぁ、また宝石が砕けた。もったいないなぁ」
消費した魔力を充填するために、魔法の術式を組み込んで触媒にした宝石が、ハマート子爵令息の手の中で派手に割れる。
用途を簡単に言えば魔力の電池。
事前に自分の魔力を宝石の触媒に溜めておけるというもの。
ただ、装飾品にもできる大きさの宝石を使うので、お値段は相応。
そして溜めた魔力を引き出すと、宝石は脆くなって色が落ちたり砕けてしまうんだ。
魔力回復薬も材料の薬草を人工的に生産できるようになったとは言え、飲み続ければ効きは悪くなる。
だから宝石と併用しているんだろうけど、庶民感覚の僕では心臓に悪すぎる。
「次どうする、アズ?」
ハマート子爵令息が何をしているのかもよくわかってないネヴロフが、次の作戦を尋ねてきた。
「じゃ、この樽で、ネヴロフはポンプ係して。これ以上長引かせても僕の心臓に悪いし、こっちも杖使おうかな」
一人奮闘していたハマート子爵令息が息を整える間に、僕は専用のホルスターから杖を手に取る。
「アズも魔法使えるのか?」
「初級くらいはね」
「だったらもう終わりだ!」
ハマート子爵令息が、格下と確信して逸った。
その子供らしさにちょっと笑う。
僕は樽から繋がるホースを片手に、もう一方には杖の先に火を灯した。
「魔法もね、使い方次第なんだよ?」
前にもハドスに向けてそう言ったけど、なかなか通じないものだ。
「危ないと思ったら避けてね」
「はったりだ!」
強気に言い返すハマート子爵令息だけど、目には警戒がある。
すでに仲間は全て錬金術科に落とされてるんだから、それくらいは当たり前だろう。
そしてやっぱり短期で決めようと、得意である火属性の魔法を放ってきた。
これだけ連打できるなら才能は確かなんだろうけど、性格と周りの状況が残念だ。
「ネヴロフはポンプ動かし続けてて」
「わかった」
放たれる火の玉に合わせて、僕はホースにつけた栓を外す。
するとポンプに押されて樽の中の気体が勢いよく噴出した。
杖の先の火種を下から添えると、ホースから吹きだす火炎放射が火の玉を迎え撃つ。
「うお!? …………どうせそれも樽の周りだけだ!」
火の玉がかき消されて火炎放射に戦くけど、ハマート子爵令息は今までのことをきちんと理解して対処を取る。
ただこの樽は、他とギミックが違うんだよ。
「ホース、もっと長くても良かったかな?」
言いながら、僕はホースと一緒に樽の周りを動く。
樽は動かせなくても放射口を動かせるから逃げるハマート子爵令息を追撃した。
そうしてこちらが優勢に立つと、途端に魔法学科から罵声が飛ぶ。
「逃げるな! 腰抜けの恥さらし! お前は卑しい鼠か!?」
「あーもー、うるさいな」
ネヴロフは疲れた様子もなくポンプを漕ぎつつ不機嫌に漏らす。
「今は集中して。ハマート子爵令息が向きを変えたら動いてね」
「おう」
地面にばらまいたエッセンスは、触れると魔法の精度が落ちる。
だからハマート子爵令息は逃げるにしても避けて進むしかなく、少なくとも魔法を撃てなくなるような失態は犯していない。
予想以上の粘りを見せている上で、まだ諦めてないのが、表情からわかる。
樽の中身がなくなると攻撃が続かないことも見たし、それを待ってるんだろう。
「おっと、ガス欠だ」
「今だ!」
ハマート子爵令息は風を叩きつけて、僕とネヴロフを引き離そうとする。
けど、僕も樽の横に用意しておいた袋に風の魔法を放って上へと飛ばした。
「よろしく、ネヴロフ!」
魔法優先で僕は吹き飛ばされながら、地面を滑り、足と片手で体勢を維持する。
魔法で打ち上げた袋は、口を縛る縄がほどけると一枚の布になり、中身は風と共に頭上に白く広がった。
「あらよっと!」
そこにネヴロフが発火装置を投げ込む。
ゼンマイと火打石を合わせた簡単な時限装置だ。
ただ白い粉の中で火花が散った途端、爆炎が一瞬で広がった。
うわ、小麦粉と火花でとんでもないことになるな。
これは前世でも倉庫を吹き飛ばすなんて事件を幾つも起こした現象。
頭上の開けた場所だから一瞬で燃え上がって一瞬で消えてくれたけど、初めて経験する化学的な爆発に、魔法学科の生徒の中には腰を抜かす者もいるようだ。
「うひぃ、こえぇ」
半笑いで漏らしたネヴロフは、足の止まったハマート子爵令息の腰にタックル。
山暮らしで鍛えられた足腰の強さはネヴロフが勝り、引き倒されたハマート子爵令息は、それでも杖を振ろうと足掻く。
けど僕も爆発はわかっていたからすでに走り出して近くに来ていた。
保持していた小壷を開けて、ハマート子爵令息の杖を握る手にかける。
「魔法の不発も一時的なものだろう!」
「いや、これ、エッセンスじゃなくて油」
「へ?」
ハマート子爵令息は、しっかり握ってたはずの手に油が染み込んで戸惑う。
小柄な僕が引っ張るだけでも、簡単に滑って杖を奪えた。
「へぇ、ちゃんと握ってたのに油入ったのか?」
「毛細管現象って言って、手の皺の間に勝手に流れて行くんだよ」
ネヴロフに答えると、ハマート子爵令息は何か言おうとして、脱力してしまう。
「…………くそ。また」
「いい加減詐術なんかじゃなく、ちゃんと理屈があるってわかった?」
僕の確認にハマート子爵令息は答えない。
戦意喪失と見て押さえつけるのをやめたネヴロフは、僕に向き直る。
「錬金術って魔法使うとすごいな、あの火とか」
「そりゃ、錬金術は人間が使うために作ったんだし。魔法の強化ならいっそ錬金術の分野だろうからね」
魔法の威力を上げる方法なんていくらでもある。
そう言おうとした時、セフィラが忠告を発した。
(敵性反応あり。後方より魔法を放とうとしています)
(後方!?)
目の前には地面に座るようにしてネヴロフとハマート子爵令息がいる。
後ろは野次馬の魔法学科の学生がいるはずだ。
僕は咄嗟に二人に体当たりするようにして飛びついた。
僕の背後の様子に気づいたのか、ネヴロフも引っ張ってくる。
「な、なんだ!?」
一人俯いていて状況把握ができていないハマート子爵令息。
その驚きの声は、激しい破裂音にかき消された。
そして魔法学科のほうから悲鳴が上がる。
肩越しに見れば、一部の生徒が耳を覆って座り込んでいた。
そして、そちらに向けて杖を構えているのはヴラディル先生だ。
(錬金術科教師が魔法を放ちました。しかし音だけの威嚇です)
どうやらこちらに魔法を放とうとした生徒に気づいて止めてくれたらしかった。
セフィラ曰く、他の生徒を壁に見えないよう一人の生徒が僕たちを狙ったらしいけど、怪しい動きにヴラディル先生が気づいたそうだ。
その上で魔法を放つ準備だとわかった途端、自分が先に生徒の頭上に向けて雷を破裂させ、僕らを助けてくれたのだった。
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