189話:錬金術科の新入生4
図書館から戻って、僕はラトラスと帰路についていた。
「そっちの店は味悪くないけど、看板にしてる肉以外で腹膨らませようって狙いが見え見え。あっちの店はワインの管理がなってないけどチーズが美味い。こっちの店は学生狙いで味を気にしなければがっつり食える」
ラトラスは通りかかる店の感想を教えてくれる。
僕がまだ、この街のお店には何処も入ってないって言ったからだ。
ラトラスは商人の息子で一族経営みたいにして商売をしている。
だからモリーの所に出入りしていた時も、猫獣人ばかり色んな柄と色がいる集団で、初めて見た時には驚いた。
その中で前世でも見慣れた錆柄のラトラスが、同級生になるなんて思ってなかったし。
「もしかしてこの周辺は全部回ったの?」
「食い物屋を重点的にね。こっちも売りものに合わせた店や相手を見つけたいし。ただディンク酒はやっぱり王侯貴族向けなんだよなぁ」
ラトラスも商人の仕事を手伝ってるのは帝都で見たことがある。
その上でどうやらディンク酒の味も知ってるらしい。
そして平民も食べるレベルの味ではディンク酒にあわないと思ってるようだ。
なんとなく前世の意識から僕はまだお酒を飲まない。
けどこういう意見出るなら少しくらい味見したほうがいいのかな?
(けどヘルコフもモリーもカパカパ飲むし。三つ子も料理の味とかは言ってなかったなぁ)
(何を疑問に思っているか不明。ディンク酒の需要に食事が関わるのでしょうか?)
(あー、セフィラ飲食しないから。ほら、帝室図書館にもあったでしょ、いいお酒の見分け方みたいな本。あれでおつまみあるともっと美味しいって書いてあったの覚えてる?)
(つまみと食事の違いについて再考の余地あり)
そこから?
文章で読んでも、実際の場面で知識として繋がらないことがある感じかな。
「アズ、俺の親がやってる店ここ。で、入り口裏にあるんだ。ちょっと来てくれよ」
「うん、え? 何?」
「いいから、いいから」
セフィラと話していたせいで、ラトラスの言葉を聞き流してしまった。
するとラトラスに手を引かれて店の横を通って裏手へ連れ込まれる。
裏にも出入り口がもうけてあり、板壁で囲まれた敷地は轍が刻まれていて、庭と言うより搬入口だった。
そして間口の広い作業場らしい中まで僕は腕を引かれて入っていく。
「親父何処?」
「奥だよ、お帰り」
「ただいま」
「なんだ、ラト。お友達か?」
「そうそう。親父ー?」
猫ばっかり、知ってたけど。
いや、和んでる場合じゃないな。
「ラトラス、僕ここ入っていいの? っていうか、なんで連れて…………」
「「「「「え!?」」」」」
声を出した途端、近くにいた五人くらいの猫たちが一斉に僕を振り返った。
室内だからみんな瞳孔が丸くて結構可愛い。
じゃなくて、何?
そう思ってたら奥からラトラスと同じ錆猫の獣人が顔を出す。
帝都でも会ったことがある商人だ。
「ラトラス? 今、ディンカーの声がしなかったか?」
「あ…………声か」
自由になる手で口を押さえたけどもう遅い。
さらには店主の後ろから見慣れた赤い熊の獣人も現れた。
「あちゃー、直接来たらそりゃばれるか」
「ヘルコフ、今日は何してるの?」
「モリーから手紙来たって言うんで。ほい、ディンカーの分もありますよ」
もうばれたの確定なので、ヘルコフはそのまま手紙を僕に渡す。
受け取りつつラトラスを見ると、反応に困った末に愛想笑いを返して来た。
「いや、ラトラス。君が連れて来たんじゃないか」
「まさか熊の人いるとは思ってなくて。あとそうかなって思ってたけど、結構みんな反応するからびっくりした」
「それは僕もだよ」
僕らのやり取りに猫商人が髭を引っ張って教えてくれる。
「顔が見えない状態だと結構そのまんまだったよ」
「顔見せてないから平気かと思ったんだがなぁ」
ヘルコフも僕の姿が見えない状態で、猫商人が反応したのを見て駄目だとわかったらしい。
「あとは器具組み立てる手際よすぎたあたりで、同じ歳でそんな奴他に知らないし」
「あ、結構最初から疑ってたんだ?」
ラトラスに今さらの告白をされる。
猫商人は僕をじっくり見て頷いた。
「しかしなるほど。これは目立つ。顔を頑なに出さないわけだ」
僕がずっと顔を隠してた理由をそう解釈したようだ。
それもあるけど、本当に隠したいのは顔じゃなくて身分なんだけどね。
「えっと、できれば秘密で」
「いや、ここでできればじゃなくて、漏らしたら取引停止でいいんですよ」
ヘルコフが強気に言うんだけど、僕は商売にノータッチだし。
モリーがどうするかが問題だと思うんだけど、猫商人は当たり前の様子で請け負った。
「それはもちろん。事情があるのはわかっててこの仕事も引き受けたわけですから。こちらこそ、愚息が暴くような真似をして申し訳ない」
当のラトラスは、商売が立ち行かなくなる可能性にやばいって顔で尻尾をもさっと膨らませて慌ててる。
「ごめ、アズがそうならもっと色々聞けると思って。ばらすとかそんなつもりじゃ」
「考えが足りん」
親に頭を押さえつけられ、ラトラスは僕相手に腰を折るように頭を下げさせられる。
その間にヘルコフと目配せをした。
今のところばれたのはアズがディンカーだという点だけ。
そこから皇子という正体までは至ってない。
ただ同じ年齢で錬金術に造詣が深いとなると結構絞られるし、関連を疑われる。
だったらここ以上に広められては困るし、なんだったら別口に誤魔化す人員が欲しいところだ。
「じゃあ、これ以上僕のことがばれるようなことあればディンク酒扱いなしで」
「ま、実質店の取り上げだな」
「わかっています。お前たちも他言するな。身内であってもだ」
「「「「「へい」」」」」
「うぅ、勢いで連れて来ちゃった、悪い」
ラトラスは、僕を連れて来ただけで突然親の仕事潰しそうになってしょげる。
「それで、モリーさんのほうはディンカーの入学知らないみたいでしたが」
「あ、念のためこっちではアズで通しとけ。モリーにもいってないんだよ」
猫商人とヘルコフがすり合わせを始める。
なので僕はラトラスと隅に行って小声で聞いてみた。
「学校のこと漏らしてない? 大丈夫?」
「漏らしてたら俺死んでるって。それに説明できる気がしないから話してないよ。なんかすごいくらいは言ったけど」
ラトラスも今のさっきで心配される自覚があるため、早口に弁明する。
どうやらセフィラのことは漏らしていないようだ。
一応死の制約はすでに改変してあって、漏らしたらその場で気絶するようにしたけど。
実はそこからさらに魔法の条件の変更をセフィラといくらか試してみてる。
結果、気絶してから三日くらい目が覚めないよう錬金術科には制約を変更してあった。
「だからディンカー、じゃなかった、アズ。頼むから見捨てないで」
「そもそも入学でディンカーは消えるつもりだったんだけど」
「え、それは勿体ないよ」
「いや、お金稼ぐための偽名だったし。長続きするとも思ってなかったから」
「あぁ、入学金高いもんな」
お金が欲しかった理由は違うけど、訂正する必要もないか。
何よりラトラスは必死の様子で僕に訴える。
「本当、アズいないと俺、あそこでやっていける気がしないんだよ。暗記だけじゃどうしようもなくなってきてるし」
「ちょっと待って。ネヴロフよりも実は僕に聞けばどうにかなると思ってるの?」
「そうじゃないけど、ネヴロフは知らないものは知らないって開き直るけど、俺そこまでずぶとくないし。っていうか、イルメもウー・ヤーも結構自分本位で、あそこでアズが方向性決めてくれないと絶対五人しかいないのに誰も足並み揃えないって」
早口に言い募るラトラスの予想は、簡単に想像がつく。
「あー、みんなやりたいこと決めてるからね」
「アズがディンカーならエッセンスのこと何処まで話していいか聞けると思ってさ」
「そんなこと気にしてたの? 別にいいよ。知ってること喋って」
「なんか皇子さまとか偉い人が知れる秘密っぽいじゃん。下手したら俺首飛ばない?」
そういう勘違いかー。
どうやらラトラスが僕をディンカーか確かめたかったのは、僕が皇子だと知らないからこその不安のせいだったようだ。
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