188話:錬金術科の新入生3
教会の図書館は閉館前に出て、学園のある街もちゃんと閉門前に戻る。
ノイアンはテスタに呼び出されてるらしく、そのまま馬車に乗ってもう一度街を出て別れた。
僕たちは街の門から徒歩で帰ることになる。
ノイアンには送迎すると言われたけど、さすがに一学生相手には目立つから断った。
ただ僕たちは男四人に女の子一人という構成だ。
「イルメ、送るよ。寮住まい?」
「いいえ、寮には従者を入れられないので借家を得ているわ」
イルメは僕の申し出を慣れた様子で受け入れた。
そのやりとりにラトラスが耳を震わせる。
「お貴族さまって感じだな、アズもイルメも」
「え、じゃあウー・ヤーは?」
なんの反応もないウー・ヤーに、ネヴロフが突き出た鼻先を向けた。
「自分は国許でなら人をつける。こっちでは自ら送るのが基本なのか?」
「そうね、エルフのほうでも人か馬をつけるわ」
「帝国でもそうだよ。でも僕はほら、使える人手そんなにいない程度だから」
適当に流して歩きだせば、結果的に全員でイルメを送る流れになった。
歩く街並みは、帝国ともまた違う尖った屋根がなんともメルヘン。
そんな中を友人と話しながら帰るというのは、自由な感じがした。
こういうなんでもない日常を手紙に書きたいな。
入学していることは秘密だから、知ってる父やテリーにもアーシャとしてそのまま書き送ることはできないけど。
アクラー校生〆たとか絶対書けないし、近況報告の手紙どうしようか迷ってたんだ。
こんな風に友達と図書館いって一緒に帰ったって、すごく学生っぽいからどうにか婉曲に伝えられないかな?
「お帰りなさいませ、お嬢さま」
辿り着いたイルメの家からは出迎えのエルフが現われ、そう声をかける。
執事的な役割の人なんだろうけど、見た目は若いし、お嬢さまと言う割に家は普通なのが少し残念だ。
イルメが住んでいるのは、屋敷と言うには小さいけど、ちょっと大きな民家くらいの借家だった。
「結構立派な家に住んでいるんだな」
「なんでも自分でやっちゃうイルメだけど、こうして見るとお嬢さまって感じだな」
「へぇ、綺麗な家に住んでるなぁ」
あ、はい、僕の基準おかしかったみたいです。
そうだよね、ルキウサリア王国が気合い入れて用意した屋敷と比べちゃ駄目だ。
遠方から周りの反対押し切って錬金術しに来たお嬢さまなら、これでいいほうのはず。
アズの部屋も、出入りに使うだけだから規模の違いを失念してた。
たぶんあそこも他の学生に比べるとそれなりの広さがあるんだろう。
「送っていただいたのだからお茶でもどう?」
「お気遣いだけでいいよ、ありがとう」
「自分たちも寮の門限があるからな」
「なんで? ちょっとくらい時間大丈夫だろ?」
「そういうもんなの。ネヴロフは少し黙ってような」
僕とウー・ヤーが社交辞令に答えると、ネヴロフが素直に疑問を投げかけて来た。
それをラトラスが長い尻尾を使って口を塞いで、後ろに引っ張る。
「えぇ、回りくどいことはしないほうがいいわね。私はすぐにでも自室に引き取って本を読みたいわ」
「お、お嬢さま…………?」
「そんなことだろうと思ったよ。それじゃ、また明日」
執事らしいエルフはイルメのあまりな対応に困るけど、僕の言葉にクラスメイトたちは納得した。
「えぇ、また明日。アズは決して本を持って来るのを忘れないように」
「はいはい」
イルメと別れて、僕たち四人は揃って歩き出す。
「俺たちの寮はあっちだな」
「初めての場所でよくわかるな」
方向感覚が優れているらしいネヴロフに、同じ寮にいるウー・ヤーが感心する。
「お嬢さまってあんなのが普通なの? なんかお固そうなのか、そうでもないのか」
ラトラスが困ったようにイルメの借家を振り返った。
「うーん、どうだろう? 装身具もつけない様子は宗教家っぽい?」
僕の勝手なイメージだけどね。
イルメはエルフの中でも特権階級だけど貴族ではないらしい。
精霊信仰に関わる家柄だとかは聞いてるから、たぶん帝国的には司教出す家柄とかが近いんじゃないかな。
「ウー・ヤーは? 貴族ではないんでしょ? 騎士の家みたいな?」
「いや、うーん、門番の家系と言って想像できるか? まずチトスは王はいても貴族がいなくて、官吏制度だ。その中で朝廷に関わることができる家が名門とされる。さらに政治を取る者が偉い。そして次に政治の場を守る者が偉い」
王がいて貴族がいないという前提に、ラトラスとネヴロフは頭から疑問符が飛び出しそうな顔をする。
気づいたウー・ヤーはちょっと乱暴にわかりやすく言葉を砕いた。
前世的に言えば、立憲君主制議会主義とかが近いかな?
それでも僕も異文化でわからないところがある。
「政治の場を守るって、軍とは違うの?」
「違うな。あくまで場所を守って規律を保つ権威。外敵相手じゃない」
そんな話をしつつ辿り着いたのは、アズロスとして部屋を持つのとは別の寮だった。
この街、多くの学生がいるから、その分寮も多く存在してるんだ。
身分で入寮できる場所に制限もある。
ウー・ヤーとネヴロフが暮らす寮はアパートっぽい外観をしていた。
帝都にあるヘルコフの住む所よりももっと部屋数の多そうな建物で、少なくとも貴族子弟向けのアズロスの寮とも違う実用性を感じる。
「げ、錬金術科だ」
「うわ、他のもいる」
何故か他の寮生たちがそそくさと逃げるように離れて行く。
僕とラトラスは錬金術科の寮生二人を見た。
「えっと、寮生活大丈夫?」
「二人は同じ部屋か?」
僕とラトラスの質問に、ウー・ヤーとネヴロフは揃って首を横に振る。
「世話する子弟や奉公人も家にはいたから、集団生活に問題はない。ネヴロフとは別部屋で、それぞれに同室者がいる」
「俺の所もじいちゃんばあちゃんの兄弟とか一緒に住んでたから別に。でも同室はうるさいから〆たぜ」
ラトラスが、寮住まいの僕にも疑うようなまなざしを向けて来た。
「僕の所は個室だからそんなことしてないし、特に絡まれたこともないよ」
「一人って逆に落ち着かなくない?」
「そうか? 自分は普通に羨ましい」
ネヴロフとウー・ヤーはそんなことを言い合いながら、寮に向かう。
「いちおう、困ったことや生活でわからないことあったら相談してね」
「ルキウサリアなら帝国の常識通じるから、アズいない時は俺でもいいから」
僕の心配にラトラスも頷くと、ウー・ヤーが思い出したように振り返った。
「入学したことを国許に報せたい。ここからどうすればチトス連邦に手紙を送れる?」
「あ、俺も俺も。村は無理でも、領主さまなら文字読めるから報せ送りたい」
思ったより難問で僕は商人の子であるラトラスに振る。
「チトス連邦って山脈越えだよね? そんなルートでの交易路ってある?」
「そこはある。けど場所によってはチトス連邦は船だ。そっちのほうが難問かも。あと、ネヴロフの故郷近くって今軍がいるだろ。商人によっては近づかないよ」
しかもネヴロフの故郷は国境を越えるルートもないところだ。
商人に頼んでついでに持っていってもらうことも難しいんだとか。
「ルキウサリア王国の知り合いに聞いてみるよ。各国から学生が来てるんだし、何かやり方があるかもしれない」
「伝手があるならアズに任せたほうが確かだろうな」
ラトラスが退くと、話はいったん保留になる。
「「また明日」」
ウー・ヤーとネヴロフはなんでもない様子で寮へ。
ただどう〆たのか知らないけど、他の寮生は明らかに距離を取っていた。
もしかしたらアクラー校生が一度の示威行動で大人しくなったのは、この二人の寮での立ち振る舞いもあるかもしれない。
「…………僕、余計なこと教えちゃったかな?」
「ウー・ヤーは元から戦うことに嫌悪がない。ネヴロフも結構力任せだし、遅かれ早かれだったと思うよ」
不安を漏らすと、ラトラスに慰められた。
見れば、ラトラスの尻尾がこちらを窺うように揺れる。
「それで、ここからだと俺は店に帰るから、あっちなんだ。アズの寮だと遠回りだけど…………」
「せっかくだし送って行くよ。お店どんな風か見たかったし」
「え、本当? あ、でも貴族的には逆じゃないか?」
「僕が送られるほうって? けどまだあまり街中うろついてないから散歩ついでに送らせてほしいな」
冗談めかして言えば、ラトラスも笑って受け入れてくれる。
まぁ、今日の寄り道は上に通知行ってるから、馬車降りてからずっと登校の見守りしてる人たちいるし。
僕に送り迎えって今さら増えても困るのが実情だった。
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