185話:留学皇子5
午前に行く封印図書館で、ヴィーラの試用が始まった。
見た目はナイラと同じなので、赤と青のリボンを巻いて見わけをつける。
感想としてはまだ挙動に粗のあるAIで、正しく受け答えするのも精度は六割。
学習した部分をあえて抜いてあるからそんな物で、最初から問題のなかったナイラは、八百年の経験があってこその完成度だったんだろう。
ヴィーラの今後の運用を考えつつ、僕は午後に学園へ向かった。
相変わらず登校までには、ルキウサリア側の護衛が潜んでる。
ただアクラー校に行くまでには、人目が嫌に集まった。
「同じ敷地だし、この間のことはラクス城校まで広まったかな?」
三週間目にして魔法使いを潰すという悪評が広まったけど、元から錬金術には詐欺のイメージがついてるから大したことでもない。
そのせいでアクラー校生に勝ったという話と同時に、何か卑怯なことをしたんだという話も広まっているのは、是正したいところだけど。
(あのいじめっ子も、錬金術に負けたのに同じこと言ってたよね)
(錬金術が勝ることを認めない思考は理解不能です)
(魔法の下だっていう偏見が常識化してることのバイアスがかかってるんだよ。その上で勝った事実があるなら常識を覆す悪辣な手を使ったんだって納得してるんだ)
(常識が間違っています)
(それも長年培われた事実扱いだからなぁ)
実際問題、錬金術を使う詐欺師がいるし、誇大喧伝に騙される者もいる。
そして規模が縮小している今、八百年前の天才のように大きなことができる錬金術師もいない。
(是正を求めます。宮殿と違ってここならば可能と推測。皇子の身分もなければ主人が手を抜く理由もありません)
(言い方に悪意を感じるけど、そのためにはまず、クラスメイトの錬金術のレベルを上げないといけないよ)
(了解しました)
(あ、やりすぎ注意。あと系統立てて学ばせて)
食いぎみに来たから、僕は慌てて釘を刺す。
ヴラディル先生に聞いてわかったけど、錬金術科にカリキュラムはない。
何故なら就学して卒業したとして、得られるのはラクス城校卒業という事実だけだから。
授業時間で得られる資格取得要件もなければ、そもそも錬金術師を名乗るための要件がない。
そのせいで上級生も卒業後の進路に難儀しており、登校よりも就職活動を優先する。
ヴラディル先生としては錬金術師になってほしいけれど、それで食べていけない実情もわかってた。
だからできるだけ生徒が志す錬金術を学生の今、できるように授業するんだとか。
(今やってる授業は、錬金術師の残した文章を読み解く基礎だよね)
(過去の錬金術師たちが何に仮託して暗号を作ったかを知るためかと思われます)
天文とか、錬金術とどんな関わりがあるか僕も現状では学習が足りずにわからない。
けど今までの経験から暗号に使われていた星の名前なんかがあるのは知っていた。
(基礎科学は知ってて損はないと思うんだ。物理、化学、生物、地学。それらを数式で理解するために数学も)
(四名の生育環境と志す錬金術の方向性から、化学を推奨)
ネヴロフは火山、ウー・ヤーは金属、そして蒸留装置使えるラトラスと、それによって生まれるかもしれない精霊に執心のイルメ。
確かに理解や興味関心から、入り口として化学はありだ。
イルメがいないからセフィラと話しつつ、アクラー校へ向かうと警告が発された。
(敵性反応。ハマート子爵令息です)
(うわぁ、野次馬っぽいの引き連れてる)
やる気満々で僕のほうに向かってくるいじめっ子は、取り巻きが二人に減ってた。
けど今は好奇心だけでついて来てるらしいラクス城校の生徒たちもいる。
詐欺だから暴くみたいなこと言ってたし、碌なことにならない予感がするね。
そう思ってたらさらにセフィラが告げた。
(右五十度を確認してください)
(あ、ウェアレルだ)
目を合わせると、異変に気づいたらしくこっちへ来てくれた。
あ、後ろには白いユキヒョウの獣人が一緒だ。
こっちに来たことで、ハマート子爵令息率いるラクス城校の生徒に気づいた。
「あらら、一人のとこに災難だねぇ」
ユキヒョウの獣人が太い尻尾を高くして、そう声をかけて来る。
その姿は教師の中でも目立つし、さらに長身のウェアレルも一緒だと印象深い。
僕の側に教師が二人やって来たと知って、野次馬根性の生徒は足を止める。
それでも僕に突っかかる気満々だったハマート子爵令息は、取り巻き二人に両腕を掴まれて止められた。
「ちょうどいいので、次の授業の資料を担任まで持って行ってください」
「わかりました」
ウェアレルは持っていた紙を僕に渡して言い訳にする。
内容は、ヴラディル先生に無茶ぶりされて一限分受け持つことになった授業の計画。
エッセンスの作り方を座学から始めて実際に試作、その後はエッセンス同士を混ぜ合わせて、蕾を開花させる無害な栄養剤を作るようだ。
顔を上げると長くて太い黒まだら模様の尻尾が右に左に振られている。
つい目で追うとユキヒョウの教師に笑われた。
「子供って本当、尻尾好きだよねー」
「触ると嫌がられるのはわかってるんですけど、触りたくなりますから」
ユキヒョウの教師に合わせて答えるのは、まだハマート子爵令息が諦めてないからだ。
去ることはできるけど追い駆けられても面倒なので、僕から教師二人の側を離れる気はない。
とは言え、話題どうしたものか。
ウェアレル相手ならいくらでもあるけど、ユキヒョウの教師は初対面だ。
だからつい話題を選んで沈黙した。
するとウェアレルのほうから話が振られる。
「鱗のある尻尾にも興味はありますか?」
「え? あぁ、竜人ですか? あまり近くで見たことないので」
「あはは、そう言えば学生時代は尻尾あるからってまとめて九尾とか呼ばれたなぁ」
「九尾って、あの?」
ユキヒョウ教師の言葉に、僕はついウェアレルを見る。
緑の耳が下がって嫌そうだ。
それを見た上で、ユキヒョウの教師は面白がって語り出した。
「そうそう、錬金術科のヴィーとこのウィー合わせて赤尾と緑尾の才人って呼ばれてて」
「そっちも、白尾と黒尾だろう」
「才人ですか?」
「いや、俺と片割れは賢人。俺たち九尾ではましなほうだよ。奇人や超人もいるから出会ったら尻尾見ずに逃げなよぉ」
なんかとんでもないこと言われたんだけど、ウェアレルも頷いてる。
すごい成績修めた卒業生のはずが、たぶんそれだけじゃない予感がするなぁ。
「はい、気をつけてみます」
「お、変わり者の割に素直だなー」
何故初めて言葉を交わしたのに変わり者認定?
いや、錬金術科に入ってるからか。
それにテスタの発言から、僕の受験時の成績を教師は知ってる。
その上で錬金術科に入ってることを思えば、周囲の反対を押し切るような形を想像するだろう。
一度アズロスの噂を拾おうかと思ったら騒ぎが起きた。
いや、ざわめき?
ともかくさっきまでの好戦的な野次馬とも違う声が聞こえる。
「おや、正統派のご登場だ」
白尾と呼ばれるらしいユキヒョウ教師に言われて見ると、オレンジの髪の美少女ディオラが、周囲の生徒の視線を浴びていた。
背筋を伸ばして堂々と歩く姿は、王族然としている。
いつも頬を染めて早口になってしまう姿とは別人のようだった。
さらにその後ろから、ソティリオスが声をかけるのが見える。
並んで歩く姿はさすが上流階級で、確かに正統派と言える注目度。
けれどさらに遅れてウェルンタース子爵令嬢が現われると、周囲の目も好奇心を強くしたのが感じられた。
「正統派…………三角関係?」
「火遊びも毎年何処かで起きるんだよねぇ」
「言っている場合ですか。勉学に支障をきたす前に止めないと」
困るディオラを助けにウェアレルが動いてくれる。
勉学を理由にしてるけど、たぶん僕がどうにかしようとすることを見越してのことだ。
すでに僕たちが見守る中で、ソティリオスを取り合うような状況になっている。
実情は一方通行なんだけど、こうして距離を置くと両想いのところにウェルンタース子爵令嬢が邪魔しに行っているように見えた。
まさか学園入ってからもこの状況とは、ソティリオス、少しは自重して。
「いやぁ、変われば変わるもんだ」
「先生は行かないんですか?」
「んー? 毎年のことだから別に? ただ、ウィーも火遊びに現抜かすバカは相手にしない手合いだったんだけどねぇ」
そうなんだ? 面倒見いい先生だったけど?
「…………ほんと、皇子さまってどんな人なんだろうなぁ」
ディオラを心配で見ていたら、そんな呟きが聞こえた。
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