181話:留学皇子1
学校のほうの一時的改善は済んだ。
他の教師もいたし、次に絡んでくるとしても同じ形式を強制できる。
そうなると教師同士での話し合いが必要で即座に次、とはいかなくなるだろう。
その間に僕は皇子として活動するため、髪を黒染めにした。
帝国から連れて来た人たちには、入学のことは言ってないからね。
「減らされてるはずなのに、結構来るね。招待状」
「贈り物も選別をしております。こちらは返礼品の目録ですので、ご確認を」
執務室でウォルドから報告を受け、渡された目録は一律とかじゃなく、結構細かく人を選んで選別した感じだった。
そしてそんなウォルドの後ろには、五人の文官がいる。
「招待状送ってきた相手について、ルキウサリア側に確認は?」
「いたしております。ルキウサリアの貴族は国王の下控えている様子。けれど他の国が関わるとそうもいかず。断って問題のない方々であることは確認済みです。その上で招待をお受けになる際にはルキウサリア側から補助役をお付けすると」
ウォルドがよどみなく答える辺りは、出会った頃と変わらない。
たぶんこういう招待とか贈り物とか、そういうのを捌くのも本来の財務官の仕事なんだろうな。
五人の部下はウォルドが留学に際して希望した人手だ。
帝都でのテスタを呼びたい貴族たちの動きを見て、ルキウサリアでもテスタの影響で注目が集まることを予想していたらしい。
「見た限り、大国は動かず、小国が興味津々ってところかな」
「帝国と直接のパイプを持っているかどうかの違いではないかと」
ウォルドの推測に僕も頷く。
帝都にでも人を送り込めば僕が何してたと情報は手に入る。
もちろん公には大したことしてないから、実際のところは出てこないけど。
それでも小国はまず帝都に人を送るために金と伝手が足りないんだ。
だから本人が近くにいるなら探ろうというくらいの気持ちだろう。
「それとこちらが、午前の予定表となります」
部下が増えたこともあって、ウォルドは秘書的なこともこなしてくれる。
この役目、たまにイクトとノマリオラが取り合ってるんだけどね。
「薬草園の視察、試験場の慰問、魔力回復薬製造所の見学、転輪馬試験工房開設の式典…………テスタ関係ばかりだね」
「その、やはり権威でして。他にも招きはあるのですが」
ウォルドが他予定候補を纏めたリストを見せてくれた。
畜産試験場や治水対策室という役所からの招き、図書館学会や歴史検証部会とかいう謎組合からの招待もある。
これらに比べればテスタ関係が確かに留学という名目上相応しいと言えた。
「転輪馬はテスタたちが表立ったほうがいい。だからこれ以外に行くよ。それで、今日はこの後テスタのほうに顔を出そうと思う。ウォルドも来てくれる? ちょっと計算できる人手が欲しいんだ」
「今日もあの老学者と書籍の分類かと思っていましたが、違うんですか?」
やることないけど執務室にいたヘルコフが確認してくる。
他の人員がいる時には、屋敷の中でも封印図書館は禁句で、代わりにテスタの名前を使う。
たぶんウォルドの部下になった五人なんて、僕がテスタに講義受けてるとでも思ってるんだろう。
ただ実際は情報の精査を基本僕が行い、出していいと思うものをテスタたちと帝国からの学者三人に回すやり方だ。
今のところ実用可能なのは転輪馬くらいで、物理を説明するところからだから結構進まない。
(ただ、どうも情報の抜け以外に何か見落としてる気がしてるんだよね)
(封印図書館内部をもう一度走査しますか?)
セフィラが読んだ書籍の中身を、単語検索的なことをして検めてはいる。
それでまだ見落とし感があるのが気にかかっていた。
(たぶん僕もセフィラも知らないことがあって、情報が足りてないんだ)
(八百年前当時の情報が不足しています)
だよね、そうなると八百年前どうだったかを一度知らなきゃいけない。
疑問の解消もしたいし、数字を揃えるところからだ。
そのためにウォルドに手伝ってもらおうと、封印図書館のあるダム湖に同行してもらった。
「お、おぉ、これは第一皇子殿下。お出迎えもせず申し訳ありません」
「いや、それはいいから、寝ようよ君たち」
元は仕立てが良かっただろう服もよれよれで、帝国の学者たちが目の下にくまを作っていた。
ここは封印図書館の入り口があるダム湖の小島で、もはやテントが常設となってる場所。
ほぼ顔ぶれ変わらないのに、全員顔色が変わっている。
食事や睡眠削ってるせいかゾンビが群れてるみたいだ。
「また酷い顔色になっていますね」
皇子として移動するから同行したイクトが、上機嫌な学者たちを眺めて呟く。
初めて見たウォルドなんかは、ゾンビの群れに唖然としていた。
「物理法則教えたらやってみて、どう活用するか考えるのはいいんだけど。実験機材開発とかまでするから、みんなで寝食削っちゃってね」
封印図書館からは持ち出し禁止なのは、書籍のみならず実験器具もだ。
封印図書館内部でやって見せて、それを地上で再現、もしくは発展させようとしてる。
今は封印図書館とは別に、前回開示した物理法則を実証するカチカチ玉を作っているらしい。
二本の紐で宙づりにした四つの玉を等間隔に隣接させて並べ、端を一つ持ち上げて自由落下。
すると玉から玉へ力が伝わって、触らずともエネルギーが存在する限り左右の端が勝手に動くと言うもの。
物理の保存の法則、視覚化できるから教えてみたんだけど。
実物ないから、理論教えて理論の実証のための器具として作るところから熱中してしまった。
「なんかすっげぇカチカチ音がしてんですけど?」
「ってことはできたのかな?」
ヘルコフが言う音のほうへ向かうと、テスタ、ノイアン、ネーグの三人がいた。
他のテスタの部下もいるけど、みんなでこぶし大の木の玉を見据えて動かない。
僕が前世で見たものより大きいし、近くに寄ると音がカチカチよりもゴスゴス聞こえる。
風の影響がないように周りに板を立ててまで観察してるけど、いっそ室内で実験すべきじゃないかな。
「これは第一皇子殿下、気づきませず…………」
ようやく僕たちの接近に気づいたテスタが声をあげると、それに合わせて他も僕に挨拶をする。
うーん、こっちもゾンビの群れだ。
口束の魔法でセフィラについては喋れないようにしてると言っても抜け道くらいはある。
だって言葉を限定して縛るだけの魔法だったから。
だったら別の言い方をすれば伝えられるっていうのは最初に気づいた。
ただ利点は、抵触した場合に魔法をかけた側に知れること。
テスタたちはその中でもペナルティが死なので、即座に結果として現れる。
顔色ゾンビになってるけど生きてるんだから漏らしてないのは見てわかった。
(まぁ、単語一つって括りを改変して、口束の魔法かけたけど)
(罰則を軽くすれば、口束の魔法を重ねてかけられる可能性があります)
ウェアレルに教えられてそんなことを考えてたの、セフィラ?
まぁ、初見で改変言い出したのは僕だけど。
だって抜け道丸わかりな魔法だったし。
たぶん罰則の重さで本気度示すような使われ方の禁術なんだろう。
僕としては実利が欲しかったから、僕に関しての秘密を禁句にした。
どれが該当するかは本人次第。
元の魔法だとかからないけど、そこはセフィラが改変して有効にした。
単語は一つだけどいくつか条件付加できる余裕があったから行けたみたいだ。
結果として、僕の秘密だとテスタたちが思うことを口にすると死ぬ形になってる。
「テスタは考古学やってたんだよね。だったら、八百年前の社会状況とかも詳しい?」
僕は口束の魔法をかけた三人と元教会に移動して聞いた。
ここの宿泊可能施設はどうも僕用に常にあけてある。
だからそこを話し合い場所として使っていた。
「調べられることは調べたとは思いますが、何をお知りになりたいのですかな?」
「うーん、物価かな?」
「ふむ、となると当時の貨幣価値の話からお聞かせしましょう」
当時は物々交換が物流の要で、塩の重さで値段が決まったなどの話があった。
「八百年前に三国同盟が結ばれ、塩の採取は国営事業となりました。また同盟によって貨幣の新造を幾度か試した記述があります。他国からの侵略があっての同盟でしたので、戦いが起こることで価値の変動も激しかった時代ですな」
歴史と公民の授業が混じったような話をされ、僕はさらに地理的なことも聞いてみる。
「三国同盟時代から、金属の産地って近くにある?」
「国内ではあまり。産出する物としては、塩、石英、黄鉄鉱などですな」
その三種類なら確かに一番価値があるのは塩だろう。
僕は他にも思い浮かんだ疑問をぶつけて色々聞いた。
その横で、ウォルドには当時の価値で必要素材を収集した際の値段を算出してもらう。
「うん…………無理だ」
計算した結果、当時のルキウサリアでは封印図書館を作るだけのお金がないことがわかったのだった。
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