178話:アクラー校生3
アクラー校生と一緒の授業は基本昼までで、その後は錬金術科での授業になる。
ただ錬金術科は教員が一人のため、本来の予定では基礎レベルを合わせるための課題を出して自習の予定だったそうだ。
けど、現状授業が必要な上級生は一人なので、ヴラディル先生は僕と一緒に教室へ向かった。
「ウィーは宮仕えから妙に口うるさくなってな」
「まぁまぁ、あの先生も生徒を心配しているんでしょう」
ヴラディル先生は生徒にやらせるだけにしようとしたんだけど、ウェアレルが僕主導と知って絶対最初から監督すべきだと言ったんだ。
うん、僕が何するか心配なんだろうね。
入学体験でも、目を離した隙にエフィとかいういじめっ子に絡まれたしね。
ただ今度は相応の対策立てるし、他と足並みそろえるつもりだから大丈夫だよ。
「あ、帰って来た。ヴラディル先生、やり返していいですか?」
ラトラスが錆柄の尻尾を揺らして尋ねる。
その手元を見れば、どうやら残った四人で課題を進めていたようだ。
初回の授業から宿題を出す人は出すようで、すでにネヴロフが弱音を吐いていた。
勉学に真面目なイルメは予習の合間に手伝い、文化の違いを意識してウー・ヤーも一緒にやっている。
「と言うか、今のところ錬金術の授業って何もやってないですけど、本来どうするつもりなんですか?」
教室に入りながら僕が聞いた。
「まずは錬金術の成り立ちから基礎的な座学。実験なんかは翌年の予定だった」
ところがセフィラの顕現で最初から実験コースだ。
ヴラディル先生も気になってフラスコの靄に関する実験にこの一週間を使ってる。
もちろん納得のいく成果はないんだけど、そこはすでに僕とセフィラがやったことも多く試行してるから、頭数が増えたのは実験として良い方向だと言えた。
「では、僕たちはそもそもの基礎がないので、これ以上は行き詰ることが見えています。予定どおり座学に移行したほうがいいでしょうね」
「無駄を省くと言っているのに、どうして目の前の探求を蔑ろにするのかしら?」
精霊が目的のイルメは座学こそ後回しにすべきだと言う。
「それはイルメの理屈で、僕はそもそも独学の錬金術を深めるために基礎を学びに来たんだ。焦っても結果が近くならないことと本当の無駄はわけて考えないと」
「確かに自分もヒヒイロカネが目標だ。けれどあのフラスコを見ると、そもそも錬金術というものに対する見識がなさすぎると思ってる」
「俺も思ってた錬金術と違うから、他に何があるか知りたいぜ。絶対こんな歴史の表埋める課題より面白そうだしな」
真面目に検討するウー・ヤーと、早くも宿題に飽きたらしいネヴロフ。
それを見てラトラスが指を立てて、話を戻す。
「そこは一度話し合うべきだとは思うけど、まずはアクラー校生の対処だね」
ラトラスのもっともな言葉に、僕たちは席についてヴラディル先生に注目した。
「正直お前たちは上級生よりずっとしっかりしてるから、俺としては楽なんだけどな」
先生が何か言ってるよ。
「それで、何をするかはまだ俺も聞いていないんだ。現状やり返したという名目は立つ。貰った資料をこのまま上に上げて問題提起して学園側で動いてもらうのもありだ」
「ただそうすると所属を跨ぐ問題となって時間と労力が増えます。生徒に下知される解決策が決まるまでは、たぶん僕たちの行動範囲を制限する形で安全策が取られるんじゃないですか?」
僕の指摘にヴラディル先生は皮肉げに笑う。
ウェアレルと同じ顔なのに、こういう表情の作り方は違うなぁ。
「アズの言うとおりだろうな。もちろん学園側として生徒同士で軋轢を残さない対処を考える。だがその分時間はかかるし、その処分にお前たちは関われない上に、決定した処分に物を言えなくなる。そしてアズのいう手間を省くやり方は、自らの手で相手を処す。ただ時間短縮にはなるだろうが、軋轢が残る分次の問題を誘発するだろう」
簡単に言えば、舐めてかかるアクラー校生を見せしめに〆るんだ。
だからこそ、汚名返上とばかりにさらに絡まれる可能性が浮上する。
そこは学園から子飼いを引いてもまだ影響力あるならテスタに投げるつもりだから、すぐさまの報復はさせない。
また、いっそ時間がかかる手を使うならルキウサリア国王を動かせばいいんだけど。
それを知らされていないヴラディル先生は、大人として一長一短であると説明してくれた。
なので、僕も安心させるために言っておく。
「やり返しは警戒しなきゃいけないけど、そうなった時にはいっそ実験に協力してくれる相手が志願してくれると思えばいいよ」
「…………アズって、上品そうに見えて、なんていうか」
「結構とんでもない奴だよな」
ラトラスが言葉を濁したのにネヴロフがはっきり言ってくれる。
出会って二週間目にしてその評価は、ひどくない?
「じゃあ、やめる?」
「相手が下に見ている状況で、退くだけ無駄だな。有効に使えるなら良しと言える」
「えぇ、すでに錬金術科と言うだけで下に見られるなら、覆すためにも衝撃を与えるのは効果的よ」
ちょっとひよったら、ウー・ヤーとイルメが〆ることにはもろ手を挙げて賛成する。
これは体面大事なお育ちのせいかな?
宮殿で弱いふりのまま過ごしてきた僕とも、なんだか違うような気がする。
「お前たちがいいならいいさ。去年と違って、問題にしても口添えしてもらえる伝手はある。まずはやってみろ」
ヴラディル先生って、ウェアレルより放任かな?
そしてその伝手ってウェアレル伝いで錬金術推奨したい僕かな?
うん、話が来たら素直にルキウサリア国王に上げよう。
「じゃあ、やり方どうするんだ、アズ?」
「初日にネヴロフとウー・ヤーが絡まれてたあの貴族子弟のやられ方を倣おうかと」
「魔法で錬金術に負けたという、子爵子息だったか? アズ」
ネヴロフに答えたらウー・ヤーが確認してくる。
「あぁ、ハマート子爵令息のことか。帝国子女がラクス城校の入学体験をした時にな」
そしてそれだけで特定できてしまうヴラディル先生。
イルメとラトラスはわからないので、先生が当時のことを説明をしてくれた。
「魔法でもないのに、足元を凍らせた? それは本当に?」
「手を一切触れずに地面を泥に変えるとか、できんの?」
「それ、本当に錬金術? いや、でも魔法とも違うのか」
「そこまでは知らなかったな。帝国の皇子か…………」
「そーだねー」
驚くクラスメイトに合わせて、僕も驚いたふりをする。
ヴラディル先生は報告を受けて場所を検めたとか話が脱線していった。
「その辺りは俺よりも皇子の家庭教師をしていた奴のほうが詳しくてな」
「ヴラディル先生、今は、アクラー校生の話を進めましょう」
ちょっと危ない気がしたので、僕は軌道修正を試みる。
「えぇ、つまり錬金術で相手を負かすというんだな? 確かにできれば印象は変わるだろう。ただ皇子がやったように上手くいくとは思わないことだ。あの方は例外だと思え」
「なぁ、さっきから言ってる皇子ってもしかして…………」
「ネヴロフ、考えること多すぎると集中できなくなるだろうから、今はアクラー校生どうするかに集中して」
さらに逸れそうな気配のあったネヴロフにも軌道修正をかける。
「まず僕たちの錬金術で何ができるかを考えよう。一人でできたなら五人いればできないなんてことはないはずだ。僕はちょっと調合ができるから、相手を驚かせたり怯ませたりできると思う」
僕の言葉でまずイルメが応じる。
「錬金術は座学的に学べるだけの書籍は目を通したわ。だから実際何をするかは正直経験がないの。それ以外なら風魔法と弓術をほどほどに扱えるわ」
「自分は鋼なんかの合金を作るくらいなら国許でやっていた。水魔法と武器の扱いと体術も修めている」
ウー・ヤーが続くと、ラトラスは耳が垂れてしまった。
「え、えー? 俺が思ってた錬金術と違う。蒸留ってなんになる? あとエッセンス作りとかって何?」
「調合でいいと思うよ、ラトラス」
「俺が知ってるのとも違うぜ。がっちゃんがっちゃん勝手に石砕くのって何?」
ネヴロフ、それってあれかな? 水蒸気で作ったあれだよね?
わかるけど、それだけの情報で知らない人にはわからないんだよねー。
「勝手にということは、動力を自作するようなことか?」
ヴラディル先生さすが。
とは言え、うーん、ほぼバラバラだ。
あと、ラトラスが僕と同じようなこと言ってるの、明らかにモリーたちの影響だよね。
これは調合以外のことができるって言っておいたほうが良かったかな?
(基礎だと思ったけどそうでもない? イルメなんて座学だけってどういうこと?)
(文献を当たったのみと解釈できますが、フラスコを触った時に初めてだと自己申告していますので、全く触れる機会もなく入学したのでしょう)
道具がなかったとかかな?
あと逆にウー・ヤーは鍛冶仕事っぽいことしてるし、これは専用の道具ないと今はできないと思う。
「面白そうだな。課題は出さないから錬金術でどうやれるかやってみろ」
ここまで来ると、ヴラディル先生は自主性を重んじる教師と思っていいようだった。
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