177話:アクラー校生2
入学から二週間、アクラー校での授業の初回を終えて、僕たちは錬金術科の教室に集まっていた。
僕の感想としてはまぁ、最初の説明程度で本格でもない授業内容だったんだけど、学校が初めてばかりのクラスメイトは戸惑いが強いようだ。
「何か難しそうだと感じた授業あった?」
「文学、計算、詩文、歴史、生活…………いや、もう全部」
イタチ系獣人のネヴロフがさっそく弱音を吐く。
文学や詩文は国語のような授業で、計算は算数レベルだった。
歴史はそのままで世界史的な範囲、生活は人間の国なので他国出身者のための生活の仕方という選択科目だ。
「自分はまず帝国の言語の読み書きに弱い。その上で、音楽も帝国基準で勝手が違うようだ。それと、絵画の授業も基礎がないと厳しいと感じた」
一応育ちのいいウー・ヤーは自分なりに問題点を挙げてみせる。
錆柄猫の獣人であるラトラスは、耳を下げて乾いた笑いを吐いた。
「社会制度とか必要? 礼儀と作法の教科別々なのなんで? と言うか、剣術か槍術か弓術選ばなきゃいけない運動の授業って何?」
獣人の中でも小柄に分類される猫の獣人なせいで、運動が苦手っぽい。
けど歳の近い現状、僕らにはあまり身長差はないのに未知の話に怯えてるだけかもしれない。
僕からしてもこの世界のカリキュラムは未知だ。
けど大学ほど分野に別れてないしさわりだけだと、いってもまだ高校レベルだと思う。
「イルメは…………うん」
聞こうとしてやめた。
すごい不服そうな顔でいるから。
けど呼ばれたイルメのほうが、不機嫌なまま僕に目を向ける。
「私に問題はないの。けれどこの学舎の生徒の質が悪すぎることは、修学における害でしかないことははっきりしたわ」
うわー、怒ってる。
袖を引かれて見ると、他の三人が僕に顔を寄せて来た。
「イルメ目立つからって、一人にしたのやっぱりまずかったんじゃないか?」
「囮としては優秀だったが、何か働きに対する報酬があるべきだ」
「っても、俺何も思い浮かばないし。アズ、どうにかできないか?」
ラトラスや、ウー・ヤーの言い分はごもっとも。
けどネヴロフは諦めが早いっていうか、この二週間で僕に聞けば早いって覚えすぎだよ。
イルメは目立つ上に、学業においては問題がない。
だからあえて一人にして、アクラー校生の行状を見るために囮になってもらった。
「妙な気遣いは結構。私が効率的であると理解して受け入れたことよ。それよりも、この無駄な一週間の状況をどう生かすかの話をしてほしいわ」
イルメはそういうけど、不機嫌は変わりない。
優秀なエルフという話が教師に伝わり、さらに生徒にも伝わっている。
それがアクラー校生に流れて、ラクス城校に行けなかったやっかみをぶつけられたんだから当たり前だろう。
絡まれて投げかけられた言葉や状況、イルメに非がないことを証明して文面にしてある。
それをヴラディル先生に提出することで、後から問題起こしても一方的に弱い立場にさせられないよう下準備をするんだ。
(執事に言えばたぶんルキウサリア国王の耳には届くんだよね。けどそんな遠回りをする時間が今は惜しい)
(影響力、現状の手隙からテスタの口添えが手早いと思われます)
(そうだね。先手打たれてこれ以上罰を言うのも難しくなってるし、面倒ごと押しつける方向で行こうか)
イルメと同じくさっさとしたいセフィラがそんな提案をしてきた。
ちなみに声は聞こえないようにしてある。
そもそもなんで聞こえるかってことが気になったしね。
「今、精霊が囁いた気が?」
「そうなの? だったらフラスコ確認する?」
言ってしまえば僕にだけ聞かせる出力に押さえるようにした。
前はセフィラも周囲の一人にしか声を届けさせられなかったんだし、それをどうやってたかって調整してね。
そしたらイルメは囁きのように小さくて言葉として理解できなくなっている。
セフィラの側も自分がどうやって意思を伝えているかってことには興味がなかったらしく、ちょっとした試行錯誤を楽しんでいたように思う。
イルメはいそいそと、六つのフラスコが置かれた棚を確認するけど変化なし。
それでもセフィラの自我の目覚めが喋りかけたことというので熱心にお話している。
「さて、アクラー校生の行状は纏めたし、ヴラディル先生に持って行くよ」
「まだ具体的なことは話してくれないか、アズ?」
ウー・ヤーも実は逸っているのかな?
「これでどれだけ行けるかは、学園を知ってる人の意見もらってからのほうが安全だしね」
「過激かと思ったら、案外アズって手堅いよな。貴族ってそういうもの?」
長い尻尾の先を振りつつ、ラトラスが興味深そうに聞いてくる。
「僕は名ばかりの貴族だし変わり者だから、参考にしないほうがいいよ」
「そうか? 村に貴族で将軍って人来たけど、結構普通に俺らと風呂入ってたぜ」
ネヴロフ、それは特殊例です。
なんて言えない、ワゲリス将軍め。
そう言えば村人の大人は喧嘩するから警戒してたけど、子供相手に何かしたって聞かなかったな。
そんなクラスメイトを置いて、僕は側塔にある教員室へ向かった。
「失礼します、アズです」
数日何度も出入りした経験から、返事を気にせず入ると、間が悪く今日は先客がいた。
「あ…………すみません」
「いや、気にするな。ウィー、さっき話してたアズだ」
「…………初めまして、アズくん。魔法学科の教員をしているウェアレルです」
はい、見慣れた緑色のウェアレルです。
こうして見ると、本当ヴラディル先生ってウェアレルと色違いなだけだな。
普段オッドアイを隠してるウェアレルと、目の色も同じ。
目の色が違うと光の取り込み方が違って頭痛がすると言っていたから、ヴラディル先生も片目を隠してるのは同じ理由だろう。
毎日顔は合わせてるけど、校舎違うから学園で会うのは今日が初めて。
どうやらこうやってヴラディル先生を訪ねつつ、僕の様子を聞いていたようだ。
「お前、その喋り方やめろよ。いつも吹き出しそうになるんだから」
「せ、生徒の前で余計なこと言うな」
ウェアレルが、尻尾を膨らませてまでヴラディル先生を止めるのが面白い。
「これ、言っていた資料です。それで、喋り方がどうしたんですか?」
イルメに関わるアクラー校生の行動記録を渡しつつ聞いてみる。
だって面白い話が聞けそうなんだ。
もちろんウェアレルは止めたいようだけど、初対面設定だから強く言うこともできない。
あと普通に僕が持ってきた資料っていうのも気になってるっぽい。
「こいつ帝国の宮仕えからの出戻りなんだ。その間に貴族連中相手にしたせいか、なんかお上品ぶっててな。元は俺と大して変わらない口調で」
「ヴィー!」
慌てるウェアレルにヴラディル先生も笑う。
僕も笑いそうになるのを堪えていると、ウェアレルにじっと見据えられた。
「そんなことよりも、この内容はどういうことですか?」
双子の兄弟からの暴露に慌ててたなりに、資料内容はちゃんと見ていたようだ。
そしてヴラディル先生に聞きながらも、目は僕から離れない。
やり方決まってから報告しようと思ってたんだけどなぁ。
「お前も知ってるだろ、アクラー校のうるささ。二、三年に一回は両校生徒が衝突起こすし、それが今回錬金術科でもいいだろ」
「…………言い出したのは誰ですか? そんなに好戦的な生徒が?」
ウェアレルに聞かれて、他意なくヴラディル先生は僕を指す。
あの顔、絶対屋敷戻ってからお説教だ。
まだ何もしてないのに!
「というか、お前たち。一週間でどれだけ念入りに調べたんだ? イルメに絡んだ学生の学年から名前からがっちり調査済みか」
そこはまぁ、セフィラに。
ヴラディル先生と違ってわかってるウェアレルも、今さらそこは気にしない。
「暴力はないですが、明らかな暴言や暴力を想起させる言葉がありますね。これは上にあげれば対処可能でしょう」
「いえ、そこまではしません」
「はい?」
ウェアレルは僕の顔を見直して、何かに気づいたように耳をそばだてた。
そしてヴラディル先生を見る。
「ちょっと待て。衝突ってまさか」
「本人たちが自主的にやるんだ。ここまでやれるなら大丈夫だろ」
ヴラディル先生は放任主義なのか、いっそ心折れるよりましだとでも思っているのか。
大丈夫じゃないと言いたげなウェアレルは、けれど言えずに口を開閉するだけだった。
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