176話:アクラー校生1
入学から一週間が経った錬金術科で、悲鳴染みたブーイングが上がる。
「これでいったん打ち切りにする」
「「「「えー!?」」」」
ヴラディル先生の宣言に、クラスメイトたちが不満の声を上げていた。
目の前には六つのフラスコと六つの靄。
空気の分離自体が上手くいかず試行錯誤して作ったけど、どれもやはり喋り出すことはないままだ。
授業が始まるということで、ヴラディル先生も職責上退かない。
セフィラも不満そうだけど、そこは僕が心で語りかけて抑えた。
「オリエンテーションの一環としてやっていたが、これ以上は支障が出る。フラスコは貸し出しという形で教室に移動させていい。保管用の棚も作るから」
生徒五人に対しフラスコ六つの内一つはヴラディル先生のものだ。
赤い尻尾が不満げに垂れて揺れてるのは、ウェアレルと一緒で笑いそうになる。
「ともかく、まずは教室に戻るぞ。ここを片づけてフラスコの移動だ」
ヴラディル先生の指示に従いつつ、僕は疑問に思ったことを聞いてみた。
「一週間誰とも会いませんでしたが、上級生の方は何を?」
「そう、それも言わなければいけないことだった。今錬金術科に所属している者は、君たちを入れて十九人だ」
「少な」
イタチ系の獣人のネヴロフが、丸い耳をそばだてる。
ヴラディル先生も思うところあるらしく、一度口を閉じたけど続けた。
「…………現在登校し続けている上級生は一人だ」
「え、なんでですか?」
家猫の獣人ラトラスは疑わしそうな目を向ける。
「七人は就活中。六人は心折れている」
「はい? それはいったいどうしたことです?」
海人のウー・ヤーはフラスコに名前を書いた紙を括りつけつつ聞き返した。
「それを、レクリエーションで説明することも含まれていたんだが」
「必要ですか? 錬金術の可能性を目の前にして」
至極真面目にいうイルメは、エルフらしい知的な見た目で結構猪突猛進なのはこの一週間でわかっていたことだ。
僕たちは教室に戻って、まずフラスコを安全な場所に設置。
そしてヴラディル先生の指示で倉庫から使われていない戸棚を運び込み、フラスコを安置してようやくみんな机に向かうことになった。
「まず授業と言っても想像がつくのはアズくらいだろう。ちなみに家庭教師は?」
「いましたが、他の人と一緒に学ぶことは初めてです」
一応貴族ということで、当たり障りのない返答をしておく。
身分的にはイルメもエルフの国の特権階級だけど、まず基礎の文化が違うから除外。
ウー・ヤーは士分だそうで、帝国だと騎士家が近い家柄だそうだ。
そしてラトラスは商人にして町人、ネヴロフに至っては村民という身分ですごくバラバラな僕たち。
試験を受けたから読み書きと理論を考えるだけの知性はある。
小学校とは言わないまでも補欠入学を考えると高校レベルも怪しいくらいかな。
そして通う学校は王侯貴族御用達なので、勉強は学術ではなく社交に重きが置かれる。
「ラクス城校は王侯貴族が通うための学舎だ」
大前提をあえて口にするヴラディル先生が見るのは、ラトラスとネヴロフの平民組。
「アクラー校もそうだ。故に、礼儀作法は初歩以前だと周囲に後れを取る。その上で授業内容は基礎を知った上での応用的なところからだ」
「あ、そういう…………。二人は国外出身って言う言い訳も立つけど」
僕が言うと、イルメとウー・ヤーも思い当たったようだ。
僕たちの視線を受けてラトラスは気づいたようで尻尾を膨らませるけど、ネヴロフは自分の置かれた状況に全く気付いていない。
「なるほど、読めました。心を折られたのですね、先生?」
イルメに、ヴラディル先生はゆっくり頷く。
ただでさえ錬金術を学ぶということで風当たりは強い。
それでも目指す者はたぶん身分的に上位者ではない。
そしてアクラー校は、ラクス城校の補欠扱いの学校だ。
「なるほど、アクラー校生による虐めですか。馬鹿馬鹿しい」
ウー・ヤーの一言に思わず頷く。
ただ僕だけじゃなく、全員が。
ヴラディル先生まで頷いていた。
まぁ、いきなりセフィラ現われてそれどころじゃないのは先生も同じなんだろう。
ただここは聞いておかないといけない。
「お聞きしますが、学校側で防止策は?」
「もちろん教員間で注意と啓発はしていた。だが、昨年まではあまり効果もないままだ」
わざわざ昨年と言ったことには意味があるんだろう。
ハドスや前学園長のことを思えば、教員自体が特権階級扱いを受けていたことは想像がつく。
だとすれば、教員からも錬金術科の生徒に対する見下しがあったかもしれない。
その上で対応するのはヴラディル先生のみ。
いっそ僕たちの一年前が合格者なしだった一因そこにもあるのかも。
「基礎科目は担当者がいないためアクラー校生と共に受けてもらう。ただ今年は半年後に錬金術科専任の基礎科目担当講師が増員予定だ。だから半年、半年だけはなんとか授業には出てくれ」
まず出ないと評価を貰えない。
後は定期試験での点数だけど、やっぱり基礎も知らないとどうにもならないそうだ。
半年というのはこの現状を知った新学園長側が対処した結果かな?
雪で閉ざされてる冬の間じゃ用意できなかったんだろう。
それに極小人数しかいない錬金術科のためだけっていうのも、組織として名目が必要だったはず。
「アクラー校での授業では、教室の移動にかかる時間も加味して動くように」
校内の説明や授業内容の確認を今さら始めるヴラディル先生。
本当にこの一週間でやらなきゃいけないこと横に置いていたようだ。
ある程度心得のあるイルメとウー・ヤーに不安はなさそうだ。
けどすでに緊張を露わにしてるラトラス、そして未だによくわかってない顔のネヴロフにはこちらが不安になる。
「移動の際にはできるだけ全員で動くように。席も近いほうがいいが、組み分けをされた時は、ネヴロフとラトラスを単独にしないよう心掛けてくれ」
うん、なんの説明なんだかなぁ。
(これは、良くないな)
そう考えたら掌に熱を感じた。
見ればポインターを当てたような光があり、影を作るとすぐさまセフィラが文字を描く。
なのでちょっと相談しつつ、僕は説明に耳を傾けた。
「音楽の授業って何? 歌う?」
「歌うこともあるでしょうけれど、きっと歴史ある内容か、今の宮廷での流行歌だと思うわ」
「さすがにそれは自分も知らない。詩歌なら基本は国許でもやった。ただこちらとは違うはずだ」
「ダンスってあのダンス? それが授業? え、本気?」
わかってないネヴロフの疑問には、事前に調べたらしいイルメが答える。
教養関係は他国ということで警戒ぎみのウー・ヤーの横で、すでに怖気づいているラトラス。
そんなクラスメイトを見ていたら、ヴラディル先生と目が合った。
「可能なら、アズにはフォローを頼む」
「いえ、それも時間の無駄ですし、アクラー校生締めましょう」
考えていたことを言ったら、教室が静まり返る。
あれ、言い方悪かったかな?
けどせっかく貴族の思惑とか気にしなくていいんだし無駄は省きたいんだ。
「現状が初めてでないなら、向こうから仕掛けてくることは確定的なのでしょう。その上で分断してくる可能性が教員の側にもある。でしたら座して待つだけ意味がない。半年も待つのではなく無駄な時間を短縮するためにも、絡んでこられない環境を作りましょう」
僕が言い直すと、ヴラディル先生は硬直する。
ただウー・ヤーは手を挙げてみせた。
「乗った。確かにそのほうが問題はなくなる」
「えぇ、精霊に近づく時間も取れるでしょうね」
「客商売だからあんまり過激なのは、ただ舐められるのもな」
「なんかよくわかんないけど虐めなんてことさせないようにするならいいだろ」
ぶれないイルメに、迷うラトラス。
そして単純にとらえるネヴロフ。
「それじゃ、名を高める方向で考えよう。売られた喧嘩を買うことにすれば、無謀な学生のバカ騒ぎだ。ということで、ヴラディル先生にもお手伝いしていただきたいんですが」
僕の言葉でクラスメイトたちもヴラディル先生を見る。
視線を受けて、唸るほどに悩むと、最終的にヴラディル先生は頷いたのだった。
「わかった。そう、こちらも状況打開に動くべきなんだろう」
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