175話:入学式5
「と言うことがありました」
屋敷に戻って、僕は側近に今日あったことを説明した。
だって、すごく疲れた様子のウェアレルが僕より遅く帰って来て説明を求めたから。
「あぁ、だからアーシャさまについてあれだけしつこく…………」
どうやら学校で僕らが帰った後に、ヴラディル先生に呼び出されたそうだ。
「やっぱりセフィラのことを僕が作ったと思ったのかな?」
「そう考えていたようですが、明言はしていません。というか、久しぶりに兄弟喧嘩なんてしましたよ」
「え!? そこまで? そんなことになるなら言っても良かったのに」
驚くとウェアレルのほうが驚いたような顔をする。
それにヘルコフが太い手を左右に振ってみせた。
「殿下、おおげさに言ってるだけでそこまでじゃないですよ、たぶん。歳がいもなく大声出した程度のことでしょう」
「アーシャ殿下は、そう言えば兄弟喧嘩の経験もないと言えるのかもしれませんね。あの時も弟殿下が一方的に怯えていただけですし」
イクトも思い至った様子で言うのは、たぶんテリーと二回目に会った時のことだろう。
確かにあれは喧嘩のつもりないね。
声をあげて叩かれもしたけど。
ウェアレルは僕の勘違いに気づいて言い直す。
「えぇ、質問攻めにされた上で、こちらも誤魔化そうと声をあげたという感じで。その、同僚に兄弟喧嘩かとからかわれたもので」
なんとなくそのまま言ってしまったらしい。
元教師で、僕のところで十年務めたとはいえ、かつての同僚は今も教職らしい。
「問題は、口束の魔法が上手く機能してるかどうかでしょう」
イクトは今日のことを冷静に整理して、そんなことを言った。
セフィラがやれると言った魔法だけど、ただ真似をして使っただけだ。
そもそも知らなかった魔法だし、禁術と言われている分危険か難度に他と違うところがあるかもしれない。
「そうだね。セフィラ、使った魔法をウェアレルに確認してもらって。あと、口束の魔法が禁術になった経緯って知ってる?」
知ってたらしいヘルコフが肩を竦めてみせる。
「なんというか、暗黙の了解で禁術扱いですが、結構国が管理する組織だと使われてる禁術になります」
あ、そうなんだ?
説明によると、禁術として危ない扱いなのは罰則についての制限が命にかかわるから。
「え、待って。制限軽くできたの?」
「アーシャさま、学生相手に口外した場合に命を奪うと言うような魔法は、完全に禁術です」
セフィラに確認していたウェアレルが、警戒するように耳を立てて言う。
僕が見る限り、セフィラはテスタたちと同じ条件にしていた。
つまり、禁止した言葉を口にした場合呼吸ができなくなるという制限がついている。
それをそのままクラスメイトとヴラディル先生にもかけてたってことは…………。
「と、ともかく、ウェアレル。知ってるなら制限を軽くする方法セフィラに教えておいて。あと、その魔法の解き方も」
「口外を禁じる上では良いのでは? 子供相手ですから、気のゆるみもあるでしょう。後ろ暗い依頼をねじ込む依頼主ほど、その禁術をちらつかせますし」
「絶対やりすぎだよ、イクト。あと、そんな依頼受けなきゃいけないの、狩人って?」
だいたい金額も相応なので受ける者はいるとか、イクトから世知辛い話を聞く。
そんな時、室外からノックがされた。
ここは錬金術部屋として用意された場所で、二階に上がれる人は許可制にして絞っている。
セフィラとやりとりしていたウェアレルには目で合図して続きの間に移動。
それを見て僕は入室の許可を出した。
「まずはご入学心よりお喜び申し上げます、ご主人さま」
やって来たのはノマリオラで、宮殿と変わらず僕の前では笑顔全開だ。
けれど宮殿と違って、その後ろには僕と同じくらいの女の子がいる。
ノマリオラの妹で、侍女見習いのテレシアだ。
数年前までは病弱でベッドから降りられなかったと聞いてる。
けど不完全エリクサーで元気になった今、黒に近い赤い髪が姉のノマリオラ似だけど、良く動く表情は普通の女の子だった。
「二人には僕が不在の間の工作もしてもらってるけど、どう?」
テレシアにも入学のことは明かしてある。
何故なら、この部屋で錬金術している風に偽装してもらう要員だから。
「ほら、テレサ」
ノマリオラが優しく促す。
愛称で呼ばれて気恥ずかしそうにしつつ、テレシアは一つの瓶を僕の前に差し出した。
それは精髄液ことエッセンスで、色からして地のエッセンスだ。
(沈殿物、色の濁り、想定量からの減を確認)
(そういうこと言わないの)
あまりいいできとは言えないけど、初めて作ったにしては形になってるだけ十分だ。
「うん、形にはなってる。作った感じどうだった? 慣れればもっと安定して作れるはずだけど?」
「は、はい。抽出とは全然、あ、いえ、えっと、全く違う工程で、決してうまくいったとは言えませんが、機会をいただけるのなら今以上のものを作れると考えます」
言葉遣いに気をつけながらも、やる気を口にするテレシア。
ほぼ寝てて育ち、教育にも手をかけられずにいた伯爵令嬢だと聞いてる。
粗はあるけど、一生懸命な心持ちは伝わったので、頑張ってもらおうかな。
「丁寧に作れば大丈夫だよ。ウォルドももう少し落ち着いたら見てくれるよう言ってあるから頑張って」
「はい…………!」
錬金術偽装要員は、その日暇な側近とウォルドを想定していたけど、そこにノマリオラのお願いで、テレシアも加えた。
僕が以前錬金術の道具を譲ったことで、ハッカ油や香水を自作するようになり、錬金術に興味を持っていたのだとか。
なので、行儀見習いとしての日課をこなしつつ、錬金術も教えることになってる。
ここは使用人揃ってるから、宮殿よりも忙しくないらしいし。
「そう言えば、ウォルドは?」
「執務室のほうで書類整理をしております」
「え? 昨日あれだけやったのに?」
ノマリオラに思わず聞き返した。
色々僕本人が確認して承認しなきゃいけない国同士のやり取り、さらに転輪馬や天の道と呼ばれるようになった移動手段についての相談。
この先半年の行動計画の確認と調整、ディオラから手紙も来てれば、ハドリアーヌ王国のナーシャからも新たに来てたりするそうだ。
「書類仕事なんて、宮殿だと全くなかったのになぁ」
「貴族からの誘いは一括でお断りしておりますから、まだ少ないほうかと」
ノマリオラが困った様子で教えてくれるけど、書類と言うか手紙なんかの紙類の確認は貴族として社交する上では当たり前らしい。
「俺ら時間あったんで、帝国貴族の動向も調べましたよ。すでに懇意にしている貴族子弟同士で交流のためやり取りが始まってます。他にも新たな交流を目指してやり取りと忙しそうでしたね」
ヘルコフとノマリオラ、そしてイクトは留守番の間に動いてくれていたようだ。
「アーシャ殿下は入学ではなく留学ということで警戒されています。逆に好奇の目も集めていますので、駄目元で送ってくる貴族もいるようです」
「正直、帝国皇子という看板は大きいですから。私も教員から情報収集のようなことをされました」
イクトが報告すると、ウェアレルも探りがあったことを明かす。
僕としては放っておいてほしいのが本心です。
ただその辺りは封印図書館に割く時間のこともあって、ルキウサリア王国のほうが対応に出てくれる予定だ。
ただ、そういうのは僕のほうで確認して仕分けして回すことになるから、結局やることは多いわけで…………。
「ってことはいつまでもここに引きこもってもいられないか。学生寮の食事の時間っていつだっけ? それまでにできる限り書類終わらせて、食事取った後、寝るまでにもう一度こっちに来てやらないと」
あれ、これってもしかして錬金術する暇ない?
いや、けど最初だから積み重なってるだけだと思いたいな。
っていうか十四歳で書類仕事って。
前世だと二十歳すぎからだったのに早すぎるよ。
しかも何が嫌って、こっちメールもなければパソコンもないんだ。
全て手書きで、代筆は可能だけど、サインだけでもハンコが欲しい。
(あ、転輪馬は馬車作りの職人に回したのか。で、ガラスの配合実験報告?)
なんだかかんだ書類を読み込んでしまうのも、時間がなくなる要因だった。
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