174話:入学式4
どうやらセフィラの声が聞こえるらしいイルメは、エルフにいると聞いた、精霊の声が聞こえる人らしい。
ただそれで本当にセフィラが精霊かと言われると、僕も首を傾げるしかなかった。
(錬金術でできた謎の知性体なんだよなぁ。とはいえ、聞こえてるみたいだし精霊に近い何かの可能性は捨てきれない。いや、そもそもイルメの聞こえてるって言うのも、音じゃないはずで…………あぁ、セフィラ。光で文字書ける?)
掌を蔭になるよう傾けると、意図を察したセフィラが光の文字を描く。
すでに姿ない知性体として精霊の線は考えたことがある。
ただ僕とセフィラで調べた結果、超自然的存在が精霊と定義されるものだった。
だから僕が作った自覚も、作られた自覚もあるセフィラは違うと結論付けていたんだ。
(けどナイラが魂の錬成って反応してたし、じゃあ、そもそも精霊が魂だけの状態で自然界に存在しているものだとしたら、なしではないけど…………)
魂は神が生み出すものという考えは、帝国の宗教的な考え方だ。
魂に真理という知性が宿ると論じる書籍もあるけど、精霊とは別の扱い。
(そう考えると魂と精霊は別物だけど、それを検証した例はない。じゃあ、錬金術で精霊も作れるのかって疑問が出て来る。ただ精霊に関して、帝室図書館じゃほぼ触れてないし)
帝室図書館は結構蔵書は揃ってたとは思う。
エリクサーなんかもあれば、ホムンクルスについて語った物もあったくらいだ。
ただ実用的となると、やっぱり実際のところが残っている地質の改善や治水、それに関する化学的な手法だった。
魂や精神性に関する項目は机上の空論で、仮説でしかないとセフィラも断じてる。
ただその上で、精霊という今まで深い知見を持てなかった対象にセフィラの好奇心が向いたようだ。
(ちょっと、落ち着いて…………え? 駄目だよ。いきなりセフィラ作りましたなんて変に目立つことはしないよ。…………だから、テスタたちにばれたのだって…………はい? 口束の魔法? え、あれ、覚えたの? ちょっと、なんか禁術とかって…………確かにセフィラの正体に関する情報は欲しいけど…………可能性、可能性かぁ…………しょうがないなぁ)
僕はセフィラに説得されてしまった。
だって、精霊って本当よくわからない定義だし、ヴラディル先生もなんか言ってたから錬金術に関わるみたいだし。
と言うわけで僕に作られたとかは言わない方向で、セフィラが独自に探るってことで、色々注意した上でゴーサインを出す。
これも錬金術を学ぶためと言われたら、否定できなかったんだ。
「錬金術で生まれた?」
「俺の知ってるのと違う」
「誰かが作ったってこと?」
「人工的に精霊を?」
クラスメイトたちは困惑しきりだ。
その上ですでに全員に口束の魔法がかけられている。
僕は弊害がありすぎるからって魔法かけられたふりだけなんだけど。
禁術と知っていたヴラディル先生まで、禁術に乗ったのは驚いた。
「そこまでの錬金術を行使できる人物なんて…………まさか、第一」
「詮索をするならば去ります」
セフィラの釘刺しにヴラディル先生は口を閉じる。
そしてセフィラは声も出してるけど、姿がいつもの光球じゃない。
威圧感重視の光る樹木のような姿を投影して露わにしていた。
無駄に神々しくて、生まれて十年も経ってないとは思えない感じだ。
そのせいでクラスメイトからは、以前から錬金術科に隠れ住んでいた存在だと勘違いされているようだ。
「私を生み出した錬金術師も再現不可。同時に偶然生み出した時には錬金術を習得し始めた初期。故に私が何であるか、それを検証再現できる可能性があなた方にもある」
みんな熱心にセフィラの話を聞いてる。
その裏で、僕は掌に現れる文字でセフィラと方向性を相談しつつ話を進めた。
ともかく一回やってもらわないと、説明できない現象がセフィラの誕生だ。
なので必要な道具を説明して、できる場所をヴラディル先生に求めた。
「空気の分解? 実験道具なら実験室にあるな。だが、君の移動は?」
「可能です。見えずとも同行しますので、移動を開始してください」
セフィラがなんだかよそよそしい感じで素っ気なく応じる。
けど先生も気になってしょうがないようで、深くは聞かずに動きだす。
もちろん言い出したイルメも興奮ぎみだ。
ラトラスとウー・ヤーは警戒だろうけど、ネヴロフは素直に楽しそうだなぁ。
「あ、そう言えば、アズの自己紹介してないな」
ネヴロフが思い出して言うと、ヴラディル先生も申し訳なさそうに振り返る。
けど僕は気にしないと手を振って見せた。
「アズロスだから、アズって呼んで。今はまず移動しよう」
簡単に終わらせて移動を促すと、ヴラディル先生が案内を始める。
側塔の錬金術科は階段が狭い。
けれど城壁と一体になってる部分も含めたそれなりに部屋がある造りだった。
辿り着いた城壁の一室は、木製の作業台や木箱のような椅子が並んでいる以外は、結構前世の理科室に似た造り。
扉を閉めるとすぐにセフィラがまた樹木の姿で現れる。
「すぐに準備をしよう。指示を頼む」
「あ、僕手伝いますよ」
「俺も」
僕とラトラスが、器具を取り出すヴラディル先生に声をかけた。
つい手伝ったけど、ラトラスも結構手慣れてるね?
ガラス器具を小熊の手でも器用に組み立てるのは何度も見たし、猫の手だからって不安はなかったけど。
(セフィラ、水槽あったから指示出して)
知ってると思われないように、必要な道具見つけたらセフィラに使うと言ってもらう。
そうして置換装置を組み立てた。
空気はそこら辺にあるのでセフィラの説明の下、空気を別ける作業を開始。
そして集めた気体が別の性質を持つものであることの確認作業もする。
さらに全てを別け切った後には、やっぱり靄が残った。
「これが、精霊の元?」
「仔細は不明です」
感動するイルメにセフィラが淡々と事実を告げる。
ヴラディル先生はメモを取りながら観察していた。
「こんな現象は初めて見た。毒気を出す洞窟の調査をしたことはあるが、手順はその時の実験に似ている。ただ無害な空気をこうしてわけられるとは」
「これは燃えないな。だからって火も消えないけど」
「水にも溶けないなら、別けたのとは別のものということだな」
「つうか、何で浮いてるんだ、これ?」
ラトラスとウー・ヤーが理科的な変化を試す横で、ネヴロフも靄が気体ではないことに気づいた様子だ。
その姿勢は探求心が前面に表れているんだけど、ただイルメだけがなんだか目の輝き方が違う。
「それで、精霊さまはこの手順の上でどのように生まれたのでしょう? 精霊さまの権能は? 錬金術を助けるというのは本当で?」
「仔細は不明」
セフィラを質問攻めにしてる。
その上でセフィラは素っ気ない。
たぶんフラスコの中の靄にどうアプローチするかのほうが気になるからだ。
後は明確に答えられないし、精霊確定でもないから肯定も否定もしない感じかな。
イルメに迫られるセフィラに代わって、僕は実験を進めることにした。
「次、何してみる?」
「じゃあ、今度混ぜてみようぜ。さっき別けたやつをさ」
ネヴロフが僕のしたことないアプローチを提案して来た。
「数をこなして全部同じ性質ができるか試すとか?」
ラトラスはシンプルな方法だけど、ありだ。
僕は三つまでしか同時に試したことはない。
ただこの人数なら、数を揃えての差異の把握もできるだろう。
「自分はこのガラスの器以外でも留まるかどうかが気になる」
ウー・ヤーも目の付け所が違うようだ。
(ちょっと面白いな)
思ったら、光る大樹の枝が覗き込むように僕の上にいた。
やっぱり知的好奇心放っておかないんだな。
「今日できる範囲でだったら、ウー・ヤーの器の入れ替えかな。ヴラディル先生、この部屋はいつまで使用可能ですか? フラスコはやっぱり学生での共用ですよね?」
「そうだな、ここは上級生も使うから、あまり占有はよろしくない。今日は入学式で授業もないが、来週からは通常の授業が始まる」
どうやらヴラディル先生も興味に走ってしまったらしい。
そう言えば自己紹介から流れてしまって、こっちの授業ってどうなってるかも聞いてないや。
(これは時間見て引き上げるよう言ったほうがいいかな?)
そう思ったら、光の枝葉が頭の上でわさわさし始める。
音はないけど光ってるから目にちらちらうるさい。
これはあれだ、異議を申し立ててるな。
言いたいことはわかったけど、僕は知らないふりしてクラスメイトと実験を続けた。
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